「気に入らない」
不機嫌さを隠そうとしないその口調を聞いて拓海は顔をしかめた。
「なにがですか?」
それでも一応返事を返してやる。
「全部」
答えを聞いて拓海は大きくため息をついた。
「なら俺、帰ります」
本当なら拓海はここにいる予定ではなかったのだ。
いくら今日が2月14日という恋人にとって大切な日であったとしても、拓海は社会人であり、14日は仕事が入っている。
拓海の恋人は3歳年上といっても気楽な大学生
いつもいつも付き合って入られないのだ。
「駄目」
しかし大学生の恋人は我侭だ。
ベットから出て行こうとする拓海を後ろから羽交い絞めにして毛布の中に引きずり込む。
「啓介さん、離してください」
「やだ、だって俺まだ足りない」
我侭で甘ったれな恋人
しかも恋人は男。拓海と同性だ。
「俺は今日も仕事あるんです」
拓海はきっぱりとそう言った。
今は14日の深夜2時
どんなに辛くとも朝の8時から仕事はやってくる。
「さぼれよ」
啓介は簡単にそう言ったけれど
「休めるわけありません」
「どうして?」
「クリスマスに休んだから」
自主休講の多い俺様な恋人に拓海は懇切丁寧に教えてあげる。
「俺、クリスマスは啓介さんと一緒にいるためにお休み取りましたよね、だからバレンタインは出勤しないといけないんです」
クリスマスとかバレンタインはみんな休みたがる。
当然だ。特別な日なのだから。
両方休むなどと社会の仕組みで許されるわけが無い。
「風邪ひいたとか言えばいいじゃん」
それでも恋人は我侭をやめない。
すねて口を尖らして精一杯駄々を捏ねる。
「それ以上言うと怒りますよ、俺」
拓海は精一杯怖い声を出した。
そして拓海に悪戯している手を叩き落す。
「いいじゃないですか、今もあってるし、仕事終わったらまた会えばいいんですから」
仕事を休めない拓海はこれでも最大に譲歩したのだ。
今日、仕事を終えた後、啓介の予約したレストランで一緒にディナーなるものを食べる予定になっている。
「何が不満なんですか?」
だらだらと文句を言い続ける恋人に呆れながら拓海は再度問いかけた。
「だってさ、お前仕事いくんだもん」
「俺は社会人なんです」
「仕事いったらお前絶対チョコレートもらうだろうが」
ふがふがと怒りながら啓介はぼやいた。
「お前のとこ、事務の女とか結構いるし」
拓海は呆れて天井を見上げた。
「そりゃあいますけど、みんな結婚しているパートさんですよ」
「それでもお前にチョコレート渡すじゃん」
だから気に入らないのか。
拓海は思わず笑い出してしまった。
「啓介さんだってチョコレートもらうでしょう」
多分、絶対に拓海の3倍以上もらう。
大学の女友達、峠のおっかけ、近所のお姉さん
この甘ったれな恋人はとても女にもてるのだ。
女たらしのフェロモンが出ているのではないかと言われている。
「俺は受け取らないぜ」
拓海の言葉に啓介はもごもごと答えた。
「そういうわけにもいかないでしょう、勝手に送られてきたりするんでしょう」
拓海は彼の兄から毎年の状況を聞いていた。
「でも受け取らない、俺はお前からのチョコレート以外は絶対に受け取らない」
「・・・まだそんなこと言っているんですか」
拓海は呆れながら笑ってしまった。
去年の暮れから啓介はしつこかった。
どこでもかしこでも、人目もはばからず2ヶ月も先のバレンタインにチョコレートをくれと迫ってきた。
「だってそこまで言わないとお前くれないじゃん」
確かにそうだ、
「俺はお前と恋人同士なのに、ちっとも甘いムードにならない」
「そりゃあそうです、俺達ライバルでもあるんですから」
拓海は俺に冷たい。
啓介はそう言ってすぐすねる
「啓介さん、馬鹿だなあ」
笑いながら拓海は恋人の肩に手を回した。
「どうせ俺は馬鹿だよ」
すねた口調のまま、犬のように拓海の胸に鼻面を押し当てて啓介は甘えてくる。
「拓海は冷たい、意地悪だ」
「はいはい」
「でもそこも好きなんだ」
そして啓介は少し頼りない声を出す。
「拓海は俺のどこが好きなんだ?」
「馬鹿なところ」
笑いながら答えると啓介はすっかりすねてしまう。
拓海は笑いながら立ち上がるとバックの中からチョコレートを取り出した。