「はああ,なんでこんな事になっちゃったんだろう?」
拓海は大きくため息をついた
横の運転席では先輩がなにやら車の説明をしている
だがメカ音痴の拓海にはちっともさっぱりわからない
「いや,悪かったかな,すっかり僕の趣味に付き合わせちゃったね」
全然悪びれない態度でそういうのは拓海の高校の時の先輩,
名前は青髭 珠男
名は体を表わすとはまさにこの先輩のことだなあ,と拓海は先輩の玉のお肌と髭跡を見ながら思っていた
この先輩,塚本先輩のお友達である
その日,拓海はバイト帰りに見慣れない車に呼び止められた
「おや,藤原君,渋川高校の藤原君じゃないか」
久しぶりだねえと言って声をかけてくる先輩の事を物忘れが激しい拓海でも覚えていた
渋川高校一のお金持ちぼっちゃんで髭の跡が生々しい個性的な先輩,だから拓海も覚えていたのだ
「青髯先輩,お久しぶりです」
ぺこっと頭を下げる拓海,可愛い
青髯はにこにこでれ−んと笑いながら拓海をナンパしてきた
「いい車だろう,このスポ−ツカ−,えっ?藤原君乗ってみたい?いいよ,乗せてあげるよぉ,可愛い後輩の頼みじゃあねえ」
しきりに拓海を車に連れ込もうとする青髯
拓海は丁重にお断りを入れようとしたが,その時昨日の涼介の言葉を思い出した
拓海はこうやってナビで勉強することもいいことだよ,これからも俺のナビに乗せてあげる
涼介さんは他人の車のナビで勉強することはとても大切だといっていた
しかも青髭の乗っている車は拓海の見たことのないスポ−ツカ−
ちょっと興味をそそられる
「こう見えても僕はけっこう走りには自信があるんだ,ドラテクってやつだよ,わかるぅ?藤原君」
拓海くらいの年齢の子はスポ−ツカ−に対する憧れが強い,青髯はそう思い込んでいた
「それじゃあ,ちょっとだけ」
拓海が大人しくナビに乗り込んだ
はあはあはあ,先輩の玉のお肌が何故か汗をかいている「赤城にでもいってみようかぁ,僕はあそこのコ−スには自信あるんだよぉ」
赤城の峠は夜のデ−トスポット
青髯の心は高鳴ってついでに股間も高鳴った
「はあ,よろしくお願いします」
あやうし拓海,貞操の危機
「やっぱりこういう車に乗っているとたまにワインディングロ−ドを走りたくてさあ」
赤城の峠を上りながら先輩がなにやら言っている
その時の拓海といえば,
すさまじい吐き気と恐怖で倒れそうだった
(まじ恐い,青髯先輩ったら運転下手すぎる)
池谷よりも数段レベルの落ちる走りに拓海はもうギブアップ状態
「うちはそろってドイツ車系なんだ,パパはメルセデスでママはアウディ,けど僕はやっぱりこいつだね」
自慢げな先輩,夜になると青髯がますます濃くなってきている
「やっぱりいいなって思うよ正直,アクセルにダイレクトなこのエンジンのレスポンス,タイヤの状態が手に取るように分かるインフォメ−ション」
自分の酔っている先輩
拓海は髭跡が気になってしょうがない
「あ,ごめん,難しい話題だったかな,いやあ,今宵の僕はいつもより饒舌だよね,僕って仲間内でも車好きで通っているから,あきれているんだろう,まいったな はずかしいよぉ」
といいながらちらりと拓海を見る青髯は獲物に飢えた狩人の目をしていた
青髯は拓海の可愛いリップや白いシャツから見える鎖骨を舐め回すように見ている
(藤原君は僕のテクニックに感動している筈だ,今ならおとせるっふふふ,僕の計算に狂いはない)
と考えている青髯の妄想になど当然拓海はちっとも気がついていなかった
拓海は今,別のことに気を取られていたのだ
後ろから聞き慣れたエンジン音が聞こえてくる
「このロ−タリ−サウンドッ涼介さん」
しかもこの音は涼介の全開ダウンヒル
どうしたのか?拓海の体に緊張が走った
「なんだよぉっ煽ってきちゃって,何を急いでいるか知らないが失礼な奴がいたもんだ」
せっかく拓海といい雰囲気なのにっと青髯は不機嫌になる
後ろからFCがべったりと張り付いてきたのだ
これはいっちょかっこいいところを見せて藤原君の心をゲット
青髯の腕がうなる
「わかってない,まったくわかってない,スポ−ツドライビングってやつは車との対話を楽しまなきゃあ」
そう言って青髯はにたりと笑った
「ちょっとこの車の性能を見せつけてびっくりさせてやろうか,おっと心配は無用さ,僕のテクニックなら
あれ?言ったことなかったっけ,若い頃はレ−サ−になろうと思ったこともあったんだ」
青髯の言葉に拓海はびっくりした
プロのレ−サ−?ということはこの人は啓介さんのライバルになるはずだったかもしれない人なんだ
ちょっと先輩を見る目が変わる拓海である
ゴオオオ−ッッ
全開で攻めてくる涼介のFC
それは当然青髯テクニックとは段違い
あっという間に,本当にあっという間にFCは青髯を抜き去ってしまった
「やっぱりすごいなあ,涼介さん」
涼介のテクニックを間近で見れてぼ−っとしてしまう拓海君
「いやっていうか今の車は何千万もするイタリア製のス−パ−カ−だったよ,まいったな,あんなのがでちゃあいくら僕のテクニックでも歯がたたないよぉ」
悔しそうな先輩の言葉,拓海はまたもやびっくりした
(マツダのFCって何千万もするイタリア車だったんだ,しらなかった,俺マツダって日本のメ−カ−だと思っていた)
まだまだ勉強が足りないな,と反省する拓海
その時である
ものすごい勢いで先を行ったはずのFCがものすごい勢いでバックしながら戻ってきたのだ
ブオンブオンブオンッッ
仰天する青髯と拓海
FCはすっと止まり涼介が下りてきた
「拓海,なにをしているんだ,こんなところで」
怒った涼介の声,恐い
拓海は怯えながらスポ−ツカ−から下りた
「こんばんわ,涼介さん」
「どうしたんだ?こんな夜中に赤城で,しかもこんな下品なスポ−ツカ−に乗って」
「下品とは失敬だなあ.君」
青髯が文句を言うが涼介は無視した
「あ,こちらは渋川高校の先輩の青髯さんです,先輩,こちらは高橋涼介さんです」
律儀な拓海は紹介するのを忘れない
「青髯さんはプロのレ−サ−になろうと思ったこともあるんですって,啓介さんのライバルですね」
涼介は無言で青髭を無視した
「拓海,危険な車に乗っちゃだめだろう,拓海は俺のナビに乗っているのが一番安全なんだよ」
涼介のお説教が始まった
なんだかよくわからない,拓海には何故こんなに涼介が怒っているのかわからない
その時,FCから史紘の断末魔の声が聞こえた
「しまった,忘れていた,史紘を病院に運ばねば」
「えっ史紘さん,どこか悪いんですか?」
「ああ,陣痛が酷い,このままでは病院まで持たない」涼介の言葉に真っ青になる拓海
「いざとなったらこの赤城で産むしかないんですね」
拓海はぷるぷると震えながら言った
「大丈夫です,俺,馬と牛の出産ならボ−イスカウトで見たことがあります,安心してください,史紘さん」
涼介も頷いた
「俺もついているからな,史紘」
もうそういう漫才はいいから早く病院に連れていってくれ−,史紘の声にならない悲痛な願い
拓海はきりっと顔を引き締めると青髯先輩の方を向いた
「すいません,先輩,非常事態なんで,俺は涼介さんの車に乗っていきます」
そういうとFCにさっそうと乗り込む拓海
「いくぞっ目指すは群大病院」
ぶおんぶおんっロ−タリ−サウンドを鳴り響かせてFCはダウンヒルを下っていくのであった
次回に続く,