[entrapment]
藤原拓海を闇討ちにする?
その情報をケンタから知らされた啓介は怒り狂った
事の起こりは新参ものである藤原拓海への嫉妬,
その才能に対する妬み,そして兄弟に優遇されている拓海に対して思い上がるなという警告らしい
啓介と一緒にプロジェクトDのダブルエ−スを組んでいる藤原拓海に対して熱狂的な啓介のファンが闇討ちを仕掛けようとしている
プロジェクトDのミ−ティングの帰りを狙う計画
拓海が帰り道で使う秋名の峠,そこの人気のないコ−ナ−で待ち伏せを企てている
ケンタがこの情報を入手して,急いで啓介に伝えた時には,もう拓海は家路へと向かっていた
「このことは誰にも言うんじゃねえ」
啓介はケンタにそう言うとFDに飛び乗り秋名へと向かった
「お前生意気なんだよ」
拓海は三人の男に取り囲まれていた
皆,走り屋独特の匂いをプンプンさせている
「ちょっと早いからっていって啓介さんに馴れ馴れしくしやがって」
「お前なんかがダブルエ−スなんて百年早いんだよ,たこが」
男達は口々に拓海を罵る
(またか)
拓海はうんざりして天を見上げた
人気のないコ−ナ−で三角版を出した車,エンジントラブルかと思ってハチロクを止めたのが間違いであった
どんなに車を転がすのが早くても所詮拓海は高校生である
体格のいい,大人の男達三人に囲まれると分が悪いのではと思われた
(どこの世界にもこういう奴らっているよな)
自分の走りを置いておいて人をけなす奴
兄弟に心酔していて拓海を邪魔だと見なす奴
拓海を高校生だと思ってなめてくる奴
どいつもこいつもくずばかりだ
大きくため息をついた拓海のその態度が三人の勘に触ったらしい
「なんだよ,てめえ,おい」
「ぶるってんじゃねえよ」
どうやら拓海を袋叩きにすることが決定してしまった
・・・拓海の今の態度で
初め,男達はそこまでは考えていなかった
ちょっと脅して,拓海がぶるってわびを入れてきたら許してやるか,くらいに考えていたのだ
だが目の前の高校生は怯えた様子を見せるどころかうんざりとした顔で男達と対峙している
やっかいごとなら早くしろっといわんばかりの態度だ
そこが男達の卑小なプライドに傷をつけた
「やっちまえ」
「かまうこたあねえ,足の一本でも折ってやれ」
「その生意気な面,叩きのめしてやる」
男達は拓海に襲いかかった
FDを走らせながら啓介は焦っていた
拓海が出ていったのは20分前
それから後,全速力でFDを走らせたとして,追いつけるだろうか
闇討ちが行なわれた後では兄貴にあわせる顔がない
啓介のファンがそんなことをしでかしたとあってはプロジェクトの存続が危うくなる
どんなに早くとも,藤原拓海はまだ高校生なのだ
「無事でいてくれ,藤原」
啓介がコ−スレコ−ドを塗り替える勢いで秋名の峠に滑り込んだ
「藤原っ」
コ−ナ−で拓海は二人の男に囲まれていた
ギギギ−ッ
猛烈な音を立ててFDをスピンさせて止める
一瞬男達が見ほれて動きが止まった
拓海がその隙を逃すわけがない
ガキッ
強烈な蹴りが片方の男に決まった
腹を抱えて男が倒れ込む
「やろうっ」
もう一人の男が殴りかかるよりも早く,拓海が男の鳩尾に拳を入れた
急所を外さない見事な攻撃に男は泡を拭いてうずくまる
「おいっお前ら何やってんだよ」
啓介が車から降りるのを見ると三人の男はよろよろとしながら自分達の車で逃げ出した
「藤原っ怪我はないか?」
啓介が拓海の側へ駆け寄った
拓海は息一つ乱していない
(こいつ,喧嘩慣れしていやがる)
可愛らしい外見とは裏腹に相当の場数を踏んでいる
先程の喧嘩の場面を見て啓介はそう判断していた
拓海はうんざりした顔で啓介を見る
その表情には邪魔しやがって,という言葉がありありと浮かんでいた
「何しに来たんですか?啓介さん」
「お前が闇討ちに会うって聞いたからよ,悪かったな,あいつら俺のシンパらしいんだ」
啓介の言葉に拓海は反応をしなかった
「いえ,別に,何もされませんでしたし」
啓介の詫を素直に受け取っている
その態度が啓介にはひっかかる
「藤原,ひょっとしてこういうことは初めてじゃねえんじゃねえか?」
今度の啓介の言葉にも拓海はポ−カ−フェイスで答える
「いえ,別に」
啓介は確信した
藤原の闇討ちは今日に始まったことではない
今までに何度もあったのだろう
だから驚いたり慌てたりしていないのだ
慣れるくらいに頻繁に喧嘩を仕掛けられていたのでは?
「なんで俺か兄貴に相談しねえんだよ」
怒りが啓介の中に沸き上がった
拓海を襲った奴に対する怒り
そしてその事を兄弟に微塵も感じさせなかった拓海に 対する怒りである
「相談してどうするんですか?」
拓海がたんたんと聞いてきた
「そりゃあ俺達が対処するぜ,大切なDのエ−スに傷つけられたとあっちゃプロジェクトの沽券に関る」
拓海が呆れた顔をして啓介をまじまじと見る
「これは俺の喧嘩です,ほっといて貰えませんか」
今度は啓介が唖然とした
言葉使いこそは丁寧だが拓海は啓介にひっこんでいろっと言っているのだ
「馬鹿いってんじゃねえよ,これはD全体の問題だぜ」
「俺が売られた喧嘩ですから」
「そういう事言ってんじゃねえだろ」
啓介ががんっとFDのボンネットを叩いた
その態度に拓海が眉を潜める
「じゃあ相談してどうなるんです?ダブルエ−スに喧嘩をしかけるのは止めましょうっと広告でも出すんですか」
辛辣な拓海の言葉
「ああ,ホ−ムペ−ジにも載せてやるぜ」
くくっと拓海が笑った
「それこそ物笑いの種だ,いっとくけど自分の始末は自分でつけます,啓介さんには関係ない,あの人にも」
「兄貴は知っておく義務があるぜ」
「義務なんてくそくらえだ」
拓海がにやりと笑う
(こいつっ楽しんでやがる)
今まで啓介の中にあった藤原拓海感が覆される
藤原拓海といえばクレバ−な走りをするくせに普段はぼんやりとした奴っという印象しかなかった
走りに関して言えば藤原拓海は高橋啓介の最大のライバルである
それは兄も,メンバ−の誰もが認めている
プロジェクトを通じて啓介と拓海は戦っている
どちらがより早いか
どちらが涼介の最速理論を実現でくるのか
だが日常生活の拓海に啓介はあまり興味がなかった
覇気のないぼんやりとした表情
大人しい小動物のようなイメ−ジはプロジェクトのマスコットとなっていたが啓介の好みではなかった
啓介の好みはもっとこう,お互いのパッションを高めあえるような相手
今の拓海のような
「てめえ,猫かぶってやがったな」
あのプロジェクトでの態度はなんだったんだっと暗に指摘する
「別に,面倒くさいから」
啓介は唐突に思い出す
親友のいつきとかいう奴は確か藤原拓海の事をこう評していた
(普段はぼ−っとしているけれどキれると恐い奴)
その話を人伝てに聞いた時にはぴんとこなかった啓介だが今はわかる
「そういうことかよ」
ぞくぞくする
啓介は今までにない高ぶりを覚えた
藤原拓海,こいつは強い
喧嘩なれしているとかそういう問題ではない
軟弱そうな,女のような優しい顔立ちの下は硬派な魂を持っている
それが啓介のつぼにはまる
今までぼんやりとしか見えなかった顔も今は燐としていて啓介の好みだ
その二面性に,ギャップにそそられる
藤原拓海は他にどんな顔を隠し持っているのだろうか
知りたくて堪らない
そしてそれを独占したくて堪らない
(俺男には興味ない筈なんだけどな)
啓介がため息をついた
ぼんやりとした大人しい拓海はプロジェクトのアイドルで密かに思いを抱いているやろうも多かった
だが啓介が魅かれたのは強烈な個性をもった拓海の内面である
「んじゃあ,俺は帰ります」
話は終わったとばかりに拓海はぺこっと頭をさげると帰ろうとした
「帰すかよっおいっ待てって」
啓介が拓海の腕を掴んで引き寄せる
すっぽりと腕の中に納まってしまう拓海のコンパクトさに啓介はある疑問を覚えた
「おいっお前の喧嘩って普通の喧嘩ばっかだったかよ」啓介の問いかけに拓海が顔をしかめる
「どういう意味ですか?」
「あ−っもうっお前にセクハラしようとした奴とかいなかったのかって聞いてんだよ」
「はあ?」
拓海の間延びした返事に啓介は苛々する
「こういう事だよっ」
言うなり啓介は拓海の唇を塞いだ
(すげっ興奮する)
男の唇だというのに拓海の唇は柔らかくて弾力があって啓介の性欲をそそる
強引に舌を差し入れて拓海の口腔へと進入を果たした
生暖かい舌が絡み合う
甘い蜜の交換
ぞくぞくする
啓介が更に深く口付を交わそうとした
ガキッ
強烈な痛みに啓介の顔が歪む
拓海が思い切り歯を立ててきたのだ
舌を絡ませあっているから必然的に拓海は自分の舌も噛んでいるというのに躊躇なしで遠慮なしの攻撃
二人の血の味が急速に口内に広がる
ぎりりっ
拓海は顎の力を緩めない
啓介も引かない
このままでは二人とも口内炎になるだけだ
拓海は顔を歪めると歯の力を抜いた
そしてそっと啓介の腰に手を回した
(おちた?)
拓海が自分を受け入れてくれたと喜んだのも束の間,拓海が全体重をかけて啓介を押し倒す
啓介の背後には彼の愛車
ガキッ
思い切り背中をFDに打ち付けて拓海を抱きしめる啓介の力が緩む
その隙をついて拓海が啓介の腕の中から擦り抜けた
バキッ
それだけではなく背中の痛みに呻く啓介の鳩尾に魂身の膝げり
「げほっそこまでやるかよ」
啓介がずるずると座り込んでむせる
拓海はぺっと口の中の血を吐き出すと口元を拭った
啓介の血で赤く濡れた唇
それが啓介の雄をそそる
「なあっ拓海」
いきなり呼び捨ての啓介,その態度に拓海は顔をしかめた
「お前さあ,俺とつきあわないか?」
「・・・冗談っ」
嫌悪を露にする拓海を啓介はいっと見つめる
その瞳は興味をもったものを見つけた子供のように輝いている
(やっかいな奴にひっかかちまったな)
それが正直な拓海の感想
こういう奴には関らないに限る
へたりこんでいる啓介を無視して拓海はハチロクに乗ろうとした
背後から啓介の声がかかる
「なあ,エッチしようぜ,拓海」
こいつだけは許せねえ,拓海はくるりっと反転するとFDの側に近寄ってその脇の啓介を思い切り踏みつけた
「ぐっくううっお前,それ男として反則」
前を押さえてうずくまる啓介に侮蔑の視線をむけて,拓海は宣言した
「絶対あんたとだけは付き合わねえ」
啓介はにやりっと笑って答える
「絶対おとしてみせるぜ,拓海」
ふてぶてしい啓介の態度が勘に触る
もう一回踏み潰してやろうかと思ったがさすがにそれは男としては忍びないので拓海は啓介を無視すると置き去りにすることにした
残された啓介は前を押さえた情けない格好のまま笑いころげる
とりあえず,いつものぼ−っとした顔ではなく,あの不適な表情でもない拓海の素顔を啓介は少しだけ引き出した訳だ
「絶対俺のものにしてみせるぜ」
ここまで啓介を夢中にさせたのは拓海が初めてだ
プロジェクトの残り期間
おとすと鼻息荒い啓介に対し,逃げ切るつもりの拓海
どちらが勝つのかはまだ分からない
勝敗は神のみぞ知るっというところか
藤堂塾とのバトル
プロのドライバ−を出してまでしてメンツを保とうとする相手に対して選ばれたのは啓介ではなく拓海であった
屈辱で目がくらむ
兄が選んだのは弟ではなく藤原拓海
だがその事実よりも啓介にとって重要なのは拓海が負けるかもしれないということであった
俺以外の奴に藤原拓海が負ける?
それだけは許せない
あいつを破るのは俺,高橋啓介だ
だが状況は全て,拓海の不利に出来ていた
勝てる確立は無いに等しい
やるせなさとふがいなさで啓介はいたたまれなかった
結果はまさかのプロジェクトDの勝利
誰もが予想していなかった結末である
呆然とする藤堂塾のメンバ−
喜びにわくプロジェクトD
否,高橋涼介だけはこの勝利を確信していた
だからこそ啓介ではなく拓海を選んだのだろう
拓海は啓介にないものを持っていてそれが今回のバトルの勝利には必要だったのだと兄は言った
一歩先にいかれたっという焦りがあるが今,啓介の中にあるのは純粋な喜びと興奮だ
やはり藤原拓海は強い
プロのドライバ−相手に一歩もひかないその矜持
それでこそ啓介のライバル
啓介が選んだ相手である
いつもは冷めている拓海もさすがにこのバトルには真剣だったらしい
普段はぼんやりとしている瞳が輝いている
それは啓介を虜にしたあの輝き
ぞくりっと啓介の中の雄が動いた
いますぐ拓海を押し倒して突っ込みたい
無茶苦茶に泣かせてやりたい
危険な衝動が啓介を突き動かす
嘗めるような視線で拓海を激視する啓介
ふいっと拓海が啓介の方を向いた
今まで涼介と話していた時のような頬を染めて素直にしていた表情ではない
にやっと片頬だけ上げて啓介に笑みをよこす
(俺に勝てますか?啓介さん)
拓海の声が聞こえたような気がする
性欲よりも激しい衝動が啓介の中で吹き荒れた
こいつに勝ちたい
藤原拓海を完膚なきまでに叩きのめして俺のものにしたいと願う
雄としての征服欲
藤原拓海は啓介を刺激する
啓介の本能を誘ってくる
それがやけに心地いい
(負けるかよ)
最後に勝つのは藤原拓海ではない
俺,高橋啓介だ
拓海に勝つのも,拓海を手に入れるのも俺だけだ
今回は涼介の作戦によりバトルは取られたが次は負けない
エ−スの座も,拓海の恋人の座もライバルの座も全て独占してやる
勝負はまだ始まったばかり
プロジェクトDはこれから無数のバトルをひかえているそれの中には啓介が持っていて拓海にかけているものが必要なバトルもあるであろう
今回だけは華をダブルエ−スの片割れに譲った
だが二度と譲りはしない
挑戦的な拓海の瞳が啓介を貫く
こいつにだけは負けられない
啓介はにやりっと拓海に笑いかけた
拓海は一瞬,毒気を抜かれた顔をしてその後楽しそうに笑った
「拓海,何がおかしいんだ」
兄が突然笑い出した拓海に問いかける
「いえ,別に.ただ車って楽しいなって思ったんです」いいながら拓海はころころと笑う
そう,車は楽しい
そして戦い,競いあう相手がいればそれは更に楽しいゲ−ムとなる
賭けるものは己のプライド
お互い一歩もひかないゲ−ムはまだ勝敗が見えない
「拓海,好きだぜ」
啓介は事あるごとにその言葉を囁く
それが拓海には分からない
からかいやがって
それが正直な感想だ
啓介は楽しんでいる
このゲ−ムを
プロジェクトDは走りを追求するゲ−ム
啓介は裏のゲ−ムを用意した
恋愛シュミレ−ションゲ−ム
男同士の擬似恋愛
お互いを征服しようとしのぎを削りあう
それは生温い女との恋愛よりも遙かに緊張と興奮を生む心地よい闘争心
拓海もこのゲ−ムを気に入っていた
賭けるものは自分自身
どんな大金をだしてもこの緊張感は味わえない
啓介は眠っていた拓海の闘争心に火をつけた
拓海が本気になることはめったにない
本気になったとしてもそれは一瞬のことですぐに冷めるだが啓介とのことは違う
持続する緊張感
征服欲は啓介だけの専売特許ではない
拓海もまた,啓介を屈伏させたいと思っていた
あの,自分を従属させたいと思っている男に目にものみせてやる
啓介の思い通りにはさせない
身体中の血が騒ぐようなこの感覚
他のどんなことでも物足りなくなる
啓介に諦めさせる
それが拓海の目的
色々な方法がある
例えば,拓海は啓介の獲物には値しないと落胆させるとか,これは簡単だ
負ければいいのだ
だがそれは拓海のプライドが許さない
啓介には思い知ってもらわなければ
自分には叶わない相手なのだと
啓介ごときに手に入れられる相手ではないっと諦めてもらわなければいけない
身体中が興奮で熱くなる
あれほどの男を屈伏させる快感
「負けるかよ」
男としての矜持を賭けたゲ−ムに拓海は全てを賭ける