『一徹兄貴の挑戦」
これは昔むかし、といっても今から十年も前の出来事である。
高橋総合病院の御曹司、涼介くんは従兄弟のお兄さんにドライブに連れていってもらっておおハシャギだった。
「お兄ちゃん、これなんて言う車なんですか?」
幼い涼介はしきりに車のことについて聞いている。
「ハチロクだよ、レビンっていって今一番すげえ車なんだぜ」
そう、十年前といえばハチロク全盛期、猫も杓子もハチロク状態、そしてこの従兄弟のお兄ちゃんも走り屋であるのだ。
今日はお兄ちゃんに峠に連れていってもらう約束である。何でも秋名の峠にすごく上手い走り屋がいるらしい。
涼介は遊園地に行く前みたいに胸をワクワク膨らませていた。
「・・・すごい」
涼介は始めてみる走り屋の世界に圧倒されていた。
横では従兄弟も興奮に目を輝かせて騒いでいる。
秋名の峠で見たダウンヒルスペシャリストのドライビングテクニックは涼介の心に焼き付いてしまった。
特にあのハチロク、パンダトレノのすばらしさときたら言葉では表わせない。
見事なコ−ナ−ワ−クで他の車など眼中にない。
「あれが有名な秋名のハチロクだぜ、俺憧れてるんだよな」
従兄弟が横で教えてくれた。
あの涼介がはしゃいではしゃいで喜ぶくらい。
それくらいあのハチロクは凄かった。
その夜、一家団欒の席で涼介は今日も報告を両親にした
。「それでね、すごいんだその車、僕も将来あんな風に運転してみたいな」
「そ、そうなの、涼介ちゃんは走り屋になりたいの」
「そうかあ、涼介は走り屋が好きなのか、ははは・・・」
両親は長男の初めて興味を持った趣味について喜んでいいのか悩んでいいのか複雑であった。
子供らしく夢を持つのは大賛成。
しかしこの高橋総合病院の跡取りが走り屋になって跡を継ぐのを嫌がったら・・・・
そんな両親の一瞬の動揺に聡い子供であった涼介は気がついてしまう。
「もちろん僕はお医者さんになるよ、走り屋は趣味にとどめておくからね」
涼介は走り屋になる夢を見ると同時に走り屋になれない自分の境遇を知ってしまった。
でもあのバトルはすごかった。
高橋涼介12年の人生で一番の衝撃。
あんな世界があるだなんて知らなかった。
出来ることならあの世界に少しでも関わっていたい。
その時涼介の脳裏に天啓が走った。
「そうだっお父さんお母さん、僕は走り屋あきらめるから啓介を走り屋にしてもいいでしょっお願い」
涼介の言葉にう−んと考え込む高橋父、
「しかし啓介は生まれつき虚弱体質で普通の10歳児より発育も遅れている。走り屋なんて無理じゃないのか?」
高橋母は賛成だ。
「でもお父さん、走り屋になることで啓介が丈夫に元気に育ってくれればいいんじゃないですか」
「お願いお父さんお母さん、俺責任持って啓介を走り屋にしてみせるから」
「う−む、お願いなんか一度もしたことのない涼介の頼みだ、よしわかった、涼介の気のすむまで啓介を走り屋にしてごらん」
「お母さんも応援してるわよ」
一家に暖かい愛が流れた。
その頃、お多福風邪で入院していた啓介は自分の運命がこんな風に決まっていたとは思いもよらなかったのであった。
ようやくお多福風邪が直り退院してきた啓介。
生まれたときから未熟児でしょっちゅう熱を出しては学校を休んでいたので友達もいない。
家でごろごろしていてスポ−ツもしていないので筋肉なんてついていないしちょっと肥満気味。
いいもん、僕にはお兄ちゃんがいるから。
お兄ちゃんはかっこよくて頭も学校一で体育も10ですごいんだからな。
その兄と久しぶりに遊べる、啓介はワクワクしていた。
「啓介、走り屋になろう」
開口一番、この兄の台詞。
「走り屋?お兄ちゃん新しい遊びを発明したのか?
素朴な啓介の疑問。
「違うよ、啓介は走り屋になるんだ、お兄ちゃんと一緒にがんばって走り屋の星を目指そう」
なんか兄の目がきらきら光っている。
これはきっとすごい遊びなんだ。
「うん、僕走り屋になる、だからお兄ちゃん遊ぼう」
「よし、啓介、今日から特訓だ」
「うん、僕がんばるね」
こうして啓介の試練の道が始まったのだった。
思い込んだら試練の道を行くが−男の−ど根性。
走り屋になるにはまず体を鍛えなければならない。
何事にもまず体が資本。
啓介はお多福風邪が完治すると同時にマラソン5キロ、腹筋100回、うさぎ飛びに縄跳び走り幅跳びとあらゆる筋肉トレ−ニングを課せられた。
「うわ−ん、お兄ちゃん苦しいよ」
「がんばれ啓介、走り屋になるにはもっと苦しい道がまっているぞ」
今ですらこんなに苦しいのに走り屋になるにはもっと苦しいのか?
啓介は始まって1時間ですでに後悔していた。
縄跳びにつまずいて倒れる啓介に涼介の容赦ない叱責が飛んでくる。
「たてったつんだ啓介、そんな事で走り屋になれると思っているのか」
もう走り屋になるのを止める。
啓介はこの一時間で何度思ったことか。
しかし啓介は言えなかった。
それは兄が恐ろしかったから。
この兄は普段は優しいお兄ちゃんだが一度怒らしたら恐怖の大魔王に変身するのだ。
啓介も地雷を踏んで何度その恐怖にちびったことか。
そうして兄は恐怖の走り屋トレ−ナ−に変身していったのであった。
「にいちゃ−ん、疲れたよ」
「啓介、走り屋に必要なのは動体視力だ」
走り幅跳びでへろへろになっている啓介には次の特訓が待っていた。
「さあ、僕が出した指が何本か答えるんだ」
そう言うと涼介はさっと手を啓介の前にかざしてすぐに引っ込める。
あまりの速さに数える事が出来ない。
「え−と、三本?」
「馬鹿もの、今は指を出していないぞっさあもう一度」
結局その日、啓介は涼介の指を数える事が出来ず腹筋50回の罰を言いつけられたのであった。
「啓介、走り屋に必要なのは強い精神力だ」
縄跳びで汗だくになっている啓介に兄の容赦無い一言。啓介は思った。このままでは死んでしまう。
しかしこの兄に逆らったら死ぬほど恐い目に会うだろう。「イメ−ジトレ−ニングだ
、自分が走り屋になったことを思い浮かべるんだ
。峠を攻める啓介、回りのギャラリ−は啓介の走りに驚いている。女も啓介のことをうっとりと見つめている、はっきりいって走り屋啓介はモテモテだぞ」
うっとりと中を見つめながら啓介は思った。
もう少し続けてみようかな。
啓介がある程度身体も鍛え精神も頑強になってくると兄はもの足りなくなってきた。
やはり走り屋は車で練習しなければ。
その時涼介はゲ−ムセンタ−の前を通って閃いた。
「これだっ」
次の日から高橋家のプログラムに新兵器登場。
ゲ−センによく置いてある車を走らせるシュミレ−ションゲ−ム、これを涼介は独自の技術で峠使用に改造した。
これはガッキ的な事で無免許のため練習できずに苦しんでいた高橋兄弟の救世主となった。
赤城の峠はもちろん日光華厳滝、いろは坂鹿見学コ−スなどいろいろなシュミレ−ションがあり今では高橋家のデ−タ−にない峠は無いくらいだ。
兄に鍛えられていつしか啓介は立派な若者に成長した。やはり15歳の時につけられた走り屋養成筋肉増強マシ−ン、
なんかこの説明だけえどんなのか解かるでしょ。をつけられたのが利いたのか昔の面影など見る術もないちょっとむきむき入っているいい男が誕生したのであったが・・・
18歳の春啓介は念願の免許を取得するため教習所の合宿に入った。
「じゃあいってくるぜっ兄貴、免許お土産にもってかえってくるからよ」
さっそうと出かける弟を眩しそうに見つめる兄。
「啓介、成長したな」
しかし世の中はそんなに甘くなかった。
実技は満点の啓介がなんと学科の方で落ちたのだ。
その晩、兄は無言で自分の部屋から出てこなかった。
それがよほどこたえたのか死ぬ気で勉強した啓介は次の試験で見事合格を果たした。
「おめでとう、啓介、それでこそ我が弟、これでお前も走り屋の仲間入りを果たしたわけだ、しかしまだここはスタ−ト地点だ、走り屋の星になるためがんばるんだ」
「お−っ兄貴っ俺は絶対赤城のカリスマ走り屋になってみせるぜ」
ごおおお−っともえる兄弟は熱い絆で結ばれていた。
この絆は拓海とファ−ストコンタクトした瞬間に崩れさるのだがそれはまた次回
THE END