[最速理論におけるファッションコ−ディネイト考察]

 高橋涼介23歳,群馬大学医学部主席,高橋総合病院の跡取りでありIQ230を誇る天才
 それに加えて眉目秀麗,才色兼備,性格も温厚
なにもかもがパ−フェクトのこの男は今,半生の集大成ともいうべきプロジェクトに取り組んでいた
 プロジェクトD
走り屋ならばこのプロジェクトを知らぬ者はいないであろう
関東の名だたる峠を攻めて攻めて攻めまくる
その偉業は伝説になることは間違いない
プロジェクトは始まる前からネットを通じて挑発的なまでにその存在をアピ−ルしていた
 そのエ−スに選ばれたのは二人
ダブルエ−スというだけでも異例の事である
 ヒルクライムに選ばれたのは高橋啓介
涼介の2歳下の弟であり関東でも有名な走り屋
赤城レッドサンズの特攻隊長,そのキれた走りは見る者を魅了する
兄の頭脳プレイとは違い本能で峠を攻め込む熱い走りはギャラリ−を熱狂させるだろう
また高橋啓介の容姿は兄に見劣りすることなくワイルドなフェロモンを振りまいて追っかけギャルを虜にする
 そんな高橋啓介がエ−スであり,あの白い彗星がプロジェクトのオ−ナ−,
これだけでプロジェクトは成功に思われたがこれだけで終わらないのが涼介の手腕である
 ダウンヒルのエ−スになんとあの秋名のハチロクが選ばれたのだ
 秋名のハチロク,まったく無名でありながら高橋啓介を破り,その後,数々のバトルで連勝,
しかしその姿は秘密のベ−ルで覆われている
 なぜなら秋名のハチロクはまだ現役高校生の若葉だったからである
バトル直前になると風のように現れてバトルが終わるとそのまま去っていく
その神秘的ともいえる秋名のハチロクを涼介は口説き落としたのだ
これは走り屋を熱狂させた
 あの秋名のハチロクが表舞台に現れる?
自分からバトルを申し込むこともせず,
あれだけのバトルに勝っていながら決して表に姿を表わさない謙虚な態度の謎の走り屋がプロジェクトDのダブルエ−ス
 プロジェクトDは始動する前から注目を集めまくっていたのであった


「にいさんが−よなべをして−洋服編んでくれた−」
見事にビブラ−ドを利かせたアカペラが深夜,兄の部屋から聞こえてくる
 明日はプロジェクトDの初バトル,興奮のあまり眠れなかった弟はその奇妙な歌に違和感を覚えて兄の部屋をノックした
 トントンッ
「兄貴,もう遅いのに何してんだ?」
弟は恐る恐る兄の部屋を覗いてみる
いつもならばパソコンに向き合って難しい顔をしている高橋涼介だが今晩だけは違った
「ああ,啓介か,丁度よかった,今お前の意見を聞きにいこうと思っていたんだ」
爽やかな笑顔と共に兄はその手にあった物を広げて弟に見せる
「どうだ,可愛いだろう」
「・・・兄貴,これって」
どう返答したらいいのか分からない
嬉々満面の兄が広げて見せてくれたもの
それは黒いドレスにレ−スがついた世にも可愛らしいメイド服だったからである
「おそろいでヘッドドレスも作ったんだ,どうだ?」
いや,どうだと言われても困るんですけど
弟は恐る恐る兄に聞いてみることにした
「兄貴,夜更かししてこんな物作ってどうするつもりなんだ?」
その一言に兄の冷たい視線が向けられる
そんな事も分からないのか?という無言の非難が啓介に突き刺さる
でも分からないものは仕方ない
冷や汗をだらだら流す啓介にため息をつくと涼介は教えてやることにした
「もちろん明日のバトル服だ」
「・・・バトル服?」
分からない 兄の考えている事が
「いいか,啓介,プロジェクトDは俺の最速理論の集大成だということは前に説明したな」
そう,このプロジェクトは兄のカタルシス,
それがどういう結末をつけるのかを見届けたくて啓介はプロジェクトに参加しているのだ
 だがそれとメイド服とどういう関係があるのか
「教えてやろうか,メイド服の訳を」
得意満面で説明する涼介
その瞳は遠くを見ている
「従来の走り屋としての価値観を崩すことがこのプロジェクトDの目的,
走り屋が走りだけを追求すればいいという時代は終わったんだ,
俺は未来に向けて走り屋のあり方をこのプロジェクトで提示したいと考えている」  
 話が全然分からないがとりあえず啓介は黙って話を聞くことにした
「これからの走り屋はそのドラテクだけでなく全てにおいてその存在価値を,自分のドラテク美学をアピ−ルし,なければならない」
その兆候は確かに出てきていた
 走りだけのチ−ムがホ−ムペ−ジを開設したりして自分達の走りに対するポリシ−を訴えてきている
これは時代の流れなのかもしれない
「プロジェクトDの真の目的,それは全てに置いてパ−フェクトにコ−ディネイトされたカリスマ的走り屋を作ることなのだ」
興奮しているのか兄は手にあるメイド服を握り締めた
「走りだけではない,そのスタイルから考え方,理論,信念,全てがギャラリ−を魅了する走り屋アイドルを育成すること,それがDのカタルシスだ」
 いや,それはカタルシスとは言わないのではないだろうか?
「拓海のプロジェクトDデビュ−を飾るのに相応しい服の選択にはさすがの俺も一週間悩んだよ」
ふっと笑って兄は弟によれよれになった服をかざした
「そしてやっと結論に達した
秋名のハチロクの魅力を十分に引き出し,藤原拓海のドラテクを見せつけるのに一番相応しいのはこのメイド服以外にありえない」
 そうか,そうだったのか
啓介は感動に打ち震えた
「さすがだぜ,兄貴,そこまで考えてのメイド服だったのなら俺は文句は言わねえ,思う存分拓海にメイド服を着せてやってくれ」
俺も協力するぜっと弟は兄の手を握り締めた
「分かってくれたか,啓介,では手始めにこのメイド服にアイロンをかけてきてくれないか」
先ほど興奮のあまり握り締めてよれよれになってしまったメイド服を弟に差し出した
「オッケ−,皺一つないようにアイロンするぜ」
弟は嬉々としながらアイロンをかけに走った
その瞳は輝き,鼻の下はでれ−んと伸びまくっている
「拓海のメイド服,でへへっ楽しみだぜ」
拓海がメイド服っということは啓介のバトル服は執事服かもしれない
「ということは拓海とおそろい,でへへ」
蝶ネクタイの啓介とヘッドドレスの拓海
それはきっとお似合いの二人と噂されるだろう
たら−っと啓介の鼻から熱いものが流れ落ちた
「おっといけねえ,鼻血が,こんなんでメイド服よごしちまったら兄貴にしばかれるぜ」
妄想にふけながらアイロンをかける弟
興奮のあまり今夜は眠れそうになかった


 弟が出ていった後,兄はクロ−ゼットから一着の服を取り出した
それはメイド服とおそろいの生地で作ったタキシ−ド
「これで明日は拓海とおそろい,ふふふ」
拓海のメイドと涼介のご主人様,それはそれはお似合いの二人と噂されるだろう
「拓海は俺の物だと最初にアピ−ルしておかないとな」そう,峠は拓海を狙うけだものでいっぱいなのだ
このバトル服はそう言う牽制の意味も込められている
「明日のバトルが楽しみだな,プロジェクトDは無敗だ」兄の眼がきらりっと光る

 プロジェクトDは明日の夜,神秘のベ−ルを脱ぐのであったがそのコ−ディネイトについてはまだ誰も知らない