高橋涼介,群馬大学医学部主席を独走中のこの男の今日のお弁当は肉じゃがである
涼介はそれはもう幸せそうにその肉じゃがを咀嚼していた
噛めば噛むほど幸せが口の中いっぱいに広がっていく
(美味しいよ,拓海)
心の中で愛妻を誉めたたえながら涼介はゆっくりゆっくり一口ずつ味わっていた
そんな至福のひととき
それはこころない無頼者の手によって破られた
「おっ高橋,今日は愛妻弁当かあ,美味しそうじゃん,頂きっと」
一人の命知らずがその弁当からじゃが芋をつまみ出すと口の中に放り込んだのだ
ぴきっ回りの空気が3度下がった
周囲の同僚がおびえる中,男はもぐもぐと口を動かしながら一言
「うまいなあ,高橋の嫁さんって料理上手だな」
「・・・うまいか?」
背筋にぞっと寒気が走る涼介の声
命知らずの男は自分が致命的な失敗を侵したことに気がついた
ぶんぶんっと首を縦にふる男に涼介は壮絶な微笑みを投げつける
「そうか,うまいか」
もぐもぐっ
あまりの恐ろしさに男はそれを飲み込むことが出来ない「・・・飲み込め」
地を這う涼介の一言
男は新婚さんの弁当をつまみぐいするというおそろしさを身を持って体験したのであった
男の名前は山田佑介
涼介と同期のこの男はワンダ−ホ−ゲル部でガテン系
男は強くたくましくっというのをモット−としている山男である
彼は持前のおおらかさと明るさと脳天気さと無神経さで涼介と結構仲がよかった
しかし彼はその脳天気さゆえに地雷を踏んでしまったのだった
「許してくれ,俺が悪かった」
この事件より一週間,山田は涼介にわびを入れ続けた
「なにがだ?」
にっこり笑う涼介
だがその笑顔が何よりもおそろしい
「じゃが芋を食べるつもりはなかったんだ,でもあんまり美味しそうで,つい」
手が伸びてしまったんだああっ
誤り倒す山田
「だからなにがだ?」
にっこり笑う涼介
だが眼が笑っていない
「俺がいけないんだ−っゆるしてくれ−っ」
悲鳴を上げる山田に涼介はにっこりと一言
「俺は全然気にしていないよ」
同僚の教訓
高橋家愛妻弁当には手を出すな