[愛の食生活事情]

 前橋一の高級デパ−ト 三越地下一階
最近5時をちょっと過ぎるとこのフロアは俄然騒がしくなる
5時過ぎの食品売り場が戦場なのはお約束
しかしここ三越地下一階では一週間前から別の戦いが繰り広げられていた

ばたばたと化粧直しをする女子社員
うっとりとエスカレ−タ−を見つめる売り子さん
そう,みんな待ちこがれているのだ
白い彗星がやってくるのを

 涼介はここ一週間,帰りにこの三越地下一階に寄るのが定番となっていた
「今日はモンブランな気分だな」
某有名店のモンブランなら愛しい恋人の口にあうだろう(拓海の定番は不二家なのだが)
涼介は優雅な足取りでエスカレ−タ−をくだっていったその間にさりげなく渡されたちらしをチェックする
そこには輸入高級ワイン3割引の広告が載っていた
「ワインか,それもいいな」
ワインの香り漂う拓海を食するのもム−ドがあって中々よろしい
鼻の下をでれ−んと伸ばしながら目指すは食品売り場
そしてワイン売り場である


「きゃああっいらしたわ」
一気に生鮮売り場の温度が3度跳ね上がる
涼介がやってきたのだ
エスカレ−タがゆっくりと降りてくる
涼介もゆっくり降りてくる
段々見えてくる輝くオ−ラ
「きゃああっふうっ」
それにあてられた売り子が倒れること続出
(売り子はバイトだからまだ初な子が多い)
しかし勤続3年以上,生鮮売り場で鍛えられたプロは並みではない
「いくわよっ戦闘開始だわ」
「今日こそその足を止めてみせるわよ」
彼女達はトレイを構え直した

「ご試食いかがですか」
「どうぞっ一口だけでも」
涼介にむらがる試食の数々
皆,この瞬間に命をかけているのだ
なんとかこの素敵な彼に私の試食を食べてもらいたい
あの子の試食には負けられないわ
ここはワイン売り場なのに何故か隣の惣菜売り場やフル−ツ売り場からの遠征試食もやってくる
「いや,すまないが夕食があるから」
新婚だからね,と涼介は微笑む
優雅な仕種で断わりながら高橋涼介はワインを吟味する今,涼介を悩ませているのはただ一つ
フル−ティ−で辛口の白にするか
それとも重厚な味わいの赤にするか
「拓海の真珠のごとき肌には白がよく似合うが」
かわいい下のお口に濃厚な赤,というのも捨て難い
涼介はしばらく苦悩した後,レジに向かった
「すいません,両方頂けますか」
もちろんプレゼント用に包装してもらうのは忘れない
それを小脇に抱えて涼介はエスカレ−タ−上りで帰っていくのであった

 「ありがとうございました」
 「またのお越しを従業員一同お待ちしております」
 三越を震撼させる白い彗星おそるべし