「トンだカップル」
その日,朝から啓介は興奮していた。
否,正確に言うと昨日から,いやいや一週間前から興奮し続けていた。
この日を待ちこがれ待ち続け,天に祈るような気持ちでじっと耐え続けた苦節半年。
ようやく念願かなって今日という日を迎えられるのである。
「長かった」
部屋を掃除しながら啓介は涙ぐんだ。
ちなみに啓介が部屋を掃除する事は滅多に無い。
と言うよりもほとんど無い。
ちなみに啓介は我慢強い男だ。
ちょっと位辛いことや痛い事があったって泣いたりしない。
その彼が部屋を掃除しながら鼻をすすっている。
それだけ今日という日を夢見てきたのだ。
「一生来ないかと思った」
啓介はちょっと本音を呟いた。
苦節半年,何時かは来る,きっと来ると念じていたけれど,信じていたけれど相手の態度を見る度にちょっと・・・相当不安になっていたのも事実だ。
だからこそ今日の幸せが身に染みる。
一生忘れない,今日の喜びを。
そして生涯手放さない。
やっと自分のものになってくれる恋人を。
そう考えると胸が熱くなる啓介であった。
ついでに海面帯もじんわりしてきた。
「はっいかん,大切にとっておかねば」
啓介は急いで煩悩を振り払おうと頭を激しく振った。 その時である。
背後から声がしたのは?
「なにを踊っているんだ?啓介」
声を聞いた瞬間,啓介は嫌な予感がした。
何故だ?
見たくないけど見ないことには始まらない。
おそるおそる振り向くとそこには兄が立っていた。
「あっ兄貴,今日は出かけるんじゃないのか?」
「ああ,そのつもりだったがやめた」
「何故っ」
啓介の絶叫に涼介はにっこりと笑って答えた。
「今日は拓海が来るんだろう,だから予定を変更したんだよ」
にっこりと笑う兄は悪魔のようであった。
今日という日がどういう日か兄は分かってやっているのだ。
そうだっそうに違いない。
啓介は拳を握り締めてぷるぷる震えた。
兄の嫌がらせには幼い頃から慣れている(慣れさせられている)啓介であるがこれはあまりにも酷すぎる。
そう,だって今日は拓海と啓介の記念日になる予定だったのだ。
お付き合いを初めてから半年。
二人はまだ清い関係である。
というのも拓海がホテルは嫌がるし家には家族がいるし中々条件とタイミングがあわないのだ。
この前,秋名峠でちょっと触ったら無茶苦茶どつかれた。(青姦はいかんやろ)
啓介は拓海が好きだ。
拓海も啓介が好きだ(と思う。断言出来ないところが辛い)
ちょっと強引だったけれど告白(泣き落とし)もしたしちゅうもした。(後で無茶苦茶どつかれた)
恋人同士の階段を一歩ずつ二人で上ってきたのだ。
(と啓介は信じている)
こうなれば二人は若い恋人同士。
青い体がお互いを求めている。
啓介の股間は何時でも臨戦体制であったが拓海のOKが頂けなくてじっと耐え忍んだ苦節半年。
そして今日,家族が全員いないこの日に拓海は高橋家に遊びに来てくれる事を了承してくれたのだ。
いいんだな,拓海。
本気にしても。
これはもうOKという意味であろう。
そうだ,そうに違いない。
だって二人は恋人同士。
誰もいない家で二人きりだったらやることは一つ。
二人の体は一つに結ばれるのだ。
啓介は燃えた。
一週間前にOKを頂いた時から啓介の瞳孔は開きっぱなしで脳味噌からはアドレナリンが噴出していた。
毎日毎晩,この日の事をシュミレ−トしてきた。
(一人で興奮していた)
もうこの右手ともおさらばなのだ。
そうにやけながら妄想の海を漂う啓介は相当無気味であった。
そんな啓介の様子に兄が気が付かない訳が無い。
高橋涼介23歳,乙女座,医大生で天才カリスマな兄の唯一の趣味は弟いじめであった。
「拓海は可愛いからな,俺も一緒に遊んでもいいだろう」 兄の一言に啓介は凍りついた。
まっまさか兄貴は俺と拓海の愛の営みを邪魔するつもりなのだろうか?
いやっそれだけでは無い。
啓介が恐る恐る涼介を伺う。
涼介はにっこりと笑った。
(間違いない,あれは獲物を狙うハンタ−の目だ)
兄は拓海を狙っているのだ。
弟の恋人である拓海をあのいやらしい目で虎視眈々と狙っていたのだ。
(一緒に遊ぼうだとぉ)
俺と拓海が恋人同士だという事を知っていて横恋慕した挙げ句に一緒に遊びたい?
まさかっ
啓介は自分の考えに恐怖した。
まさか兄は愛の営みに交ぜてくれと言っているのでは。 3P?
兄弟で拓海を兄弟どんぶり?
「兄貴なんて不潔だ−」
啓介はそう叫ぶと家を飛び出した。
愛車である黄色いFDを爆走させながら啓介はちょっと泣きそうだった。
今日と言う日を待ちわびていたのに兄に邪魔されてしまったのだ。
おまけに兄の本気を見せつけられて(と啓介は信じている)焦っていた。
「拓海は俺のもんだ」
例え兄がどんな卑劣な手段を使っても俺は負けない。 拓海を守ってみせる。
FDの中で啓介はおたけびを上げた。
「拓海,待ってろよ,俺が守りにいくからな」
きっと今頃拓海は啓介の元へ向かうためおニュ−のパンツに履き替えているころだろう。
拓海も今日というこの日を待ちわびていた筈。
なのに自分が不甲斐ないばかりに台無しにしてしまった二人の記念日。
そう考えると涙がちょちょきれる啓介である。
「エッチしたかったなぁ」
つい本音がもれてしまうのは若い男だから仕方ない。 だってずっと待っていたのだ。
初めて峠で会った時から一目惚れして追いかけて追いすがって口説いて口説いて口説きまくってやっとOKしてもらえたのだ。
本気なのだ。
大好きなのだ。
愛しているんだ。
だから早く合体したい。
拓海の裏も表も中も奥も全部知りたいし全部自分の者にしたい。
そう思うのは啓介が恋しているからだ。
決してエッチだけがしたい訳では無いのだ。
今日という日をずっと頭の中で思い描いていた。
初めはちゅうから始まって恥じらう拓海の服を脱がして舐めて舐め回して。
「でへへっ」
想像したら鼻の下がでえれんと伸びてしまった。
ついでに運転中なのに股間もびびんと元気になってしまった。
淡い胸のさくらんぼ
下の可愛いぞうさん
全部啓介がれろれろしてあげる予定だったのに。
「啓介さん,もういやぁ」
と拓海が焦れるくらいに念入りにねっとりと丹念にほぐしてあげる予定だったのだ。
そして十分に慣らした後啓介のバズ−カで二人は繋がるのだ。
拓海は初めてだし啓介のナニは大きいし,最初は手間取るかもしれないけれどそれは愛のエッセンス。
将来こんな事もあったねと笑って話せる時もくるだろうと夢に見ていたのに。
夢は散り,残されたのは元気いっぱいの自分の股間だけである。
これは泣ける。
今日を逃したら次のチャンスがやってくるのは半年後かもしれない。
いや,愛想をつかさてもう二度とこないかもしれない。「いやじゃ−っそれだけはいやじゃ−っ」
啓介が叫んだその瞬間,車の外から声がした。
「何がいやなんですか?」
妄想の海を泳ぎまくっているうちに何時の間にか渋川商店街,藤原豆腐店の前まで来てしまったらしい。
拓海は聞き慣れた啓介のおたけびに家から出てきたところであった。
「今から啓介さんの家にいこうと思っていたんですけど」 どうしたんですか?
そう言って小首をかしげる拓海は壮絶可愛い。
こんなに可愛かったらあの鬼畜生の兄が目をつけるのもうなずける。
「拓海っ」
啓介はFDから飛び降りると愛しい恋人を抱きしめた。 いや,正確に言うと抱きしめようとしてエルボをくらった。
「なにするんですかっ往来の真中で」
近所のおばちゃんが何事かと二人を伺っている。
拓海は急いでこの男前に見えるヤンキ−にいちゃんを豆腐屋に連れ込んだ。
「兄貴が拓海を狙っているんだ,っ大丈夫だ,俺が拓海を守るからな」
捲し立てる啓介,呆気に取られて話を聞いていた拓海はふうっと大きくため息をついた。
また涼介さんにからかわれている。
学習能力が無いのか啓介は毎回あの手この手で涼介のおもちゃにされているのだ。
まあ涼介さんの気持ちも分からないでもないけど。
「ま,お茶でも飲んで落ち着いてください」
茶の間に連れていかれて啓介は出された番茶をすすった。
「拓海−っ俺は本当に今日という日を楽しみにしていたのに,ごめんよ−」
兄に台無しにされてしまって二人の記念日をふいにしてしまった啓介はしょぼんとうなだれた。
「なにがですか?」
とぼける拓海は壮絶可愛い。
「何がって今日だよ,拓見がやっとOKしてくれてさ,家には二人っきりだしさ」
啓介は頬を赤らめてもじもじした。
その姿は壮絶情けない。
しかし拓海はそんな啓介がお気に入りだった。
それにしてもはて?
拓海は眉間に皺を寄せた。
「今日って何かありましたっけ」
問いかける拓海に罪は無い。
「え,だからさ,ほら,分かるだろう」
啓介は恥ずかしそうに畳にのの字を書いている。
嫌な予感がして拓海は更に眉を寄せた。
「はあ?」
啓介は照れたのか辺りをきょろきょろと見渡した。
「拓海,親父さんは?」
「親父は商工会の寄り合いでいないですよ,きっと今日は飲んで泊まりじゃないですか」
その瞬間,啓介の頭の中にハレルヤが鳴り響いた。
神様ありがとう。
今日という日はもう駄目だと諦めていたけれども,そうか,そうなんだな。
うちが駄目なら拓海の家がある。
「二人っきりなんだな,拓海」
はあはあっ
心無しか啓介の息が荒い。
にじり寄ってくる啓介に拓海は後ずさった。
はっきり言って気持ち悪いかも。
「今日を二人の記念日にしよう」
「ちょっと啓介さんっ?」
拓海は驚いて視線を下に向けて固まった。
ジ−ンズの上からでもはっきりと分かるその膨らみ。「昼間っから何考えているんじゃ,ぼけぇっ」
拓海がそう言って立ち上がった瞬間,手元にあった湯飲みに当たってお茶が零れた。
「んぎゃあああっ」
いれたての熱々のお茶がどこにヒットしたかはご想像にお任せする。
二人の記念日はまだまだ先の話のようだ。
その晩,股間を張らせて落ち込んでいる啓介を哀れに思ったのか拓海がちゅうをしてくれたのは二人だけの秘密である。