M.BUTTERFLY 1

 

涼介は小さい頃から奇麗なものが好きであった
特に蝶の美しさに興味を示して中学になるまで集めていた気がする
標本よりも生きている方が美しいのだと悟ってからは集めなくなったが
今でも大切にそれらは保存してある

 


 高橋涼介を初めて見たとき,
拓海は言い知れない不安を心のうちに感じた
穏やかな微笑みで周囲の信望を得ているこの青年に拓海は恐怖を覚える
何故か涼介の瞳が恐い
拓海を見るときだけは瞳の色が違う
涼介の視界に拓海が写ると一寸眼を細めて観察するように見つめてくる
その視線の意味を知りたくない
涼介の微笑の裏にある真意が拓海を怯えさせる

 

 ふとしたきっかけから誘われたプロジェクトに参加することになって一カ月が過ぎた
ようやく拓海も走り屋の世界に慣れてきたところだ
涼介とも啓介とも拓海は上手くやっているように人の目には写る
確かに啓介と拓海は喧嘩しながらも仲が良かった
まるで兄弟のようにじゃれあう二人はチ−ムのム−ドメ−カ−である
しかし,涼介と拓海の関係は上っ面だけのものであった
表面的にはお互いを信頼しているかのように見えるが拓海は涼介に対して一歩線を引いている
それが何故なのか他人には分からない
 その意味を知っているのは涼介だけ
拓海ですら気がついていない
自分の性癖に拓海はまだ目覚めていないのだ
涼介は初めて拓海と会った瞬間から気がついていた


 拓海が望んでいる物を
 拓海が気がついていない事を


それは図らずして涼介が望んでいたものと一致していた

 

 


 プロジェクトの打ち合わせで高橋家に呼び出された拓海はそこに涼介しかいないことをいぶかしんだ
「他のメンバ−の人はどうしたんですか?」
幼い問いかけに涼介はあの微笑を浮かべて答える
「今日はこないよ,拓海」
きょとんとした表情で涼介の言葉を繰り返す
「こない?どうしてですか」
「俺が呼び出したのは拓海だけだからだ」
猛烈な不安が拓海を襲った
「あっ俺,帰ります」
そういって玄関に向かおうとする拓海の背後から涼介が声をかけた
「拓海,帰るんじゃない,ここに来るんだ,
そうすれば拓海が望んでいるものを与えてあげよう」
涼介は応接室のソファにくつろいで座っている
座っているだけなのに逆らえない力を感じた
 近寄ってはいけない
 この男は自分の隠していたものを引き摺り出してしま うから
分かっているのに拓海の体は持ち主の意志に反してのろのろと動き涼介の前のソファに腰掛けた
「俺の望んでいるものって?」
涼介の唇が優美に円をかく
「気がついていないんだね,それもまた一興だが」
「だからなんの話ですか」
苛々する,涼介の話が見えない
突然涼介がぐっと体を前の出してきた
机を越して拓海の頭を引き寄せる
「やあっなにするんです」
非難の言葉は涼介の唇で塞がれた
「あっふうぅっあぁ」
くちゅくちゅと舌の絡み合う音が響く
角度を変えて巧みに奥を蹂躙する涼介の舌先が拓海を困惑させた
 たっぷりと時間をかけて涼介は拓海の唇を,口内を味わい尽くす
つぅっと糸をひいて二人の唇が離れた
「なにするんですか」
語気からは怒りがにじみ出ているが拓海の唇は涼介の唾液で濡れそぼっている
「拓海が望んでいたことだよ」
「俺がなにをっ」
言い終わらぬうちにもう一度唇を奪われた
 先程よりも深く,執拗に舌が絡んでくる
「あうっひっ」
突然唇に強い刺すような痛みを感じた
どんっと涼介を突き飛ばして唇を拭うと指には血がついている
「なにすんだよっ」
涼介に噛まれたのだと気がつくと拓海の中に猛烈ないきどおりが沸き上がった
 怒りに震える拓海を涼介は面白そうに見つめる
ゆっくりとソファに座り直しす涼介に肩すかしをくらわされて拓海は無言で部屋を飛び出した

 

 拓海は全速力でハチロクを飛ばして家に戻ると自室のベットにつっぷした
噛まれた唇はもう血が乾いていた
欝血した部分がじんじんと熱を持っている
そっと指先で触れると刺すような痛みを感じた
「・・・痛い」
心細い小さな呟きは誰にも聞かれることがない
「何故?涼介さんはあんなことを?」
 分からない
あの男が何を考えているのか

 


 恐い
近づいてはいけない
 警鐘が鳴り響く
あれは危険だ


to be cotinue