楽園を追われたアダムとイブの子供のカインはアベルを殺した 何故,兄は弟を憎んだのだろうか
[高橋 啓介]
夜の戸張が落ちてしばらくすると峠の宴が始まる
誰もが熱狂し,魅了される祭りの名はプロジェクトD
高橋涼介がチ−ムオ−ナ−,高橋啓介,藤原拓海をダブルエ−スとして編成している走り屋でもトップレベルのチ−ムだ
一年だけの限定チ−ム
一年だけ走りを極める涼介のゲ−ム
それに啓介はかけている
これでプロの道が開けることを
このプロジェクトDは伝説になる
その伝説は走り屋の間だけでなくレ−ス関係者にも伝わるであろう
そしてオファが来ることを啓介はずっと願っていた
しかし実際に夢の入り口が開かれた時,啓介は即答が出来なかった
遠征先の峠,啓介は黙ってFDにもたれていた
今はまだプラクティスの段階なのでそれほどの緊張感もない
啓介はぼんやりと煙草を吸いながらサイドミラ−に視線をやった
即答出来なかった原因が映っている
(俺はまだあいつに勝っていない)
まだ,ナンバ−2なのだ
レッドサンズでもプロジェクトでも
(勝ちたい)
強く願う,勝てば何かが変わるような気がする
勝てば罪が許されるような錯覚すら覚える
サイドミラ−には兄と拓海が映っている
兄を信頼しきっている瞳
寄りそうようにして説明を受けている
胸をえぐる嫉妬
心がきしみを立てる
(勝ちたい)
今の啓介はその思いにすがるしかない
[藤原 拓海]
啓介の視線にはずっと前から気がついていた
ガラス越しに,ミラ−越しに,何かの媒体を通して啓介は拓海を見つめている
何かを訴えているような切ない瞳が拓海を苦しめる
何故あんな瞳で俺を見るのか?
知りたいと拓海は強く思う
あの瞳の意味を?
何が隠されているのだろうか
啓介を理解したいと切実に思う
そうすればあの行動の意味も分かるのだろうか
あの晩,啓介が拓海にした行為の意味も
何故 彼は俺を抱いたのか?
拓海は啓介が何を考えているのか知りたい
あの行動の意味を知りたい
知らなければ,自分は先に進めない
[高橋 涼介]
拓海は涼介に教えて欲しいと願った
「あっあんっはあぁ」
涼介の身体の上で拓海の初々しい肢体が跳ね上がる
「身体は辛くない?」
涼介は拓海を労りながら小刻みに腰を突き入れた
「やあっあっりょうっりょうぅ」
限界が近いのか拓海も腰を揺らして涼介に答えている
「いい子だ,拓海」
愛している,という言葉を飲み込んで,涼介は拓海の望む通りに腰を突き入れて犯した
拓海は涼介に頼んだ
啓介の行為の意味をしりたいと
だけれども拓海は臆病な子供だった
啓介に近づいて,拒絶されるのが恐かった
涼介ならば,絶対に拓海を拒絶しない
何があっても拓海がどんなに変わっても無条件で拓海を守ってくれるだろう
残酷で臆病な子供
涼介は拓海の望むことなら何でも叶えてくれる
抱いてほしいと拓海は願う
追体験することで何か見つけられるだろうか
涼介は拓海を拒まない
拓海は完全に涼介に依存していた
「ゆっくりでいいから,そう,息を吐いて」
あまりにも激しい射精感で拓海は恍惚の表情を浮かべている
「拓海,大丈夫?」
涼介の言葉に拓海はうっとりと頷くと腰を擦り寄せた
「もっとぉっもっとして」
もっと激しく突き上げてもらいたいと拓海の身体がねだる
息が出来ないくらいに,骨がばらばらになるくらいに抱きしめて雄で突き入れて欲しい
嫌だといっても許さないで何度も何度も奥に注ぎ込んで欲しい
あの時の啓介さんのように
拓海の内壁が涼介を煽るかのようにざわめいた
「くっいいよっ拓海」
キスを繰り返しながら拓海は涼介の上で乱れ狂う
「いいのぉっ涼介さんっあっああぁ」
我慢できなくなったのか拓海は自分の果実を弄りながら腰を振り立てた
「上手だね,拓海」
涼介が激しく抜き差しをすると拓海はのけ反って果てた
満ち足りた顔で眠る拓海
涼介の腕の中 安心しきって眠っている
それを確認すると涼介はベットを抜け出した
そっと,拓海を起こさないように注意を払って
弟の部屋までいって涼介は声をかけた
「啓介,いるんだろう,はいるぞ」
しばらく間を置いてから涼介はドアをゆっくり開いた
ベットの横で啓介は膝を抱えてしゃがみこんでいる
「・・・啓介,見たのか」
兄の問いかけに弟はぞっとするくらい低い声を出した
「大学の用事がキャンセルになったんだよ,だからだ,こんなんだったら峠にでも走りにいくんだった」
見たくなかったといって弟は膝に顔を埋めた
「・・・啓介」
「どうして兄貴なんだよっ,どうして俺じゃ駄目なんだよっ俺だって真剣なんだよ」
ぶつぶつと弟は呟く
「啓介,落ち着け」
「いつだってそうだ,兄貴はなんでも手に入れているじゃないか,俺,今回は本気なんだよ,俺だって真剣なんだよ」
弟の言葉に兄は黙ることしか出来ない
「なあ,兄貴と俺とそんなに違うのかよ,わかんねえよ,俺は馬鹿だからさ,教えてくれよ,兄貴」
膝を抱え弟は無気力な視線で兄に問いかけた
だがその問いかけに返答を期待している風でもない
弟は兄に対して質問しているのではない
自分に問いかけているのだ
そう感じたから涼介はそっと啓介から離れると部屋を後にした
涼介のベットでは拓海が安心しきって熟睡していた
[高橋 啓介]
これが罪を償うという事なのだろうか
用事がキャンセルになって啓介は珍しく早めに家に帰ってきた
玄関には兄の靴,そして隣に一足のスニ−カ−
藤原拓海のものだということはすぐに気がついた
あいつは最近コンバ−スの新しいタイプを買って峠で履いていた
ここにあるのと同じタイプのスニ−カ−だ
何故,藤原拓海が昼間,高橋家にいるのだろうか?
いやな予感がする
兄を慕っていた拓海
拓海を守っていた涼介
そんな二人を見ていた自分
涼介の部屋の前を通るのが恐い
そんな馬鹿げた思いにかられた自分を啓介は笑った
兄と拓海が?
まさか,そんな事がある筈がない
だが部屋の前を通るとき,耳をそばだてて聞いてしまった,
ただ一度だけ聞いたことのある喘ぎ声を
甘い声で男をねだっている
俺の時には,泣いて嫌がっていた
兄の雄を欲しがる拓海の声が廊下に聞こえる
どうしてそんな事をしたのか分からないが俺はそっと兄の部屋の扉を開けた
そこには兄にまたがって腰を揺らす最愛の人の姿
拓海は啓介に背を向けているから気がつかないらしいが涼介とは眼があった
兄の瞳の奥にあるもの
それは啓介に対する哀れみであった
[藤原 拓海]
涼介に抱かれてもやはり啓介の考えている事はわからなかった
啓介の考えている事を知りたい
どうしてあんな事をしたのか
自分の事をどう思っているのか
次の日,拓海はいつも通りの日常に戻った
いつもの配達 いつもと同じ峠
いつもと違うのは帰り道で見慣れたFDが自分を待っていたことである
「・・・啓介さん」
拓海は戸惑いを隠せない
「ようっ」
啓介は泣きはらした子供のように情けない顔をくしゃりとさせた
二人は無言で向き合う
先に口を開いたのは啓介であった
「俺さ,プロのチ−ムに声かけられているんだ」
唐突な啓介の用件に拓海は困惑する
「アメリカのチ−ムだ,まだ2軍の扱いだけどすぐ来てほしいって言われた」
「いくんですか?」
拓海の問いかけに自嘲じみた笑みを浮かべて啓介は頷いた
「ああ,もう二度とお前の側にはいかねえ,だから安心していいぜ」
何を安心しろというのか?
啓介の言葉が意味するところを拓海にはわからない
「お前には触れねえ,兄貴のもんだからな」
その言葉が拓海の怒りに火をつけた
この男は何を言っているのだろうか
そうやって都合よく逃げようというのか
自分の前からしっぽを巻いて
自分に気持ちを隠して
がつっ激しい音がして気がついた時には拓海は啓介を殴り倒していた
「いいぜ,俺はお前にそれだけの事をしたんだ」
啓介の言葉は拓海の怒りに火をそそぐ
そうやって,何もかもわかったような大人のフリをし て啓介は拓海から離れようとしている
「なんで,あんな事をしたんだよ」
怒りに声を震わせながら拓海は叫んだ
ずっと聞きたくて聞けなかった問いかけ
それに対して啓介は酷く驚いた顔をした
「好きだからに決まっているだろう」
他に何があると言うのか?
呆然とする啓介に拓海はぶつかってきた
そして唇を貪ってくる
最初は拓海の態度に驚いた啓介であったが焦がれた唇の感触にすぐ我を忘れた
滑った卑猥な音が峠に響く
二人は獣のように舌を絡め,唾液を啜った
「離れるなよ」
しばらくして唇を離すと拓海が荒い息の下で叫ぶ
「俺が好きなんだろう,だったら離すんじゃねえよ,そんな2軍なんかのチ−ムに入って,
自分を安売りして俺の事を忘れるなんて,そんな事は許さない」
拓海は本気でキれると口が悪くなるな,と啓介はぼんやり考えた
まだ驚きすぎて思考がついていかない
「俺が好きだからあんな事したんだったら責任とれよっ償えよ,その身体で」
拓海が再度啓介に口付けを仕掛けてきた
「俺が好きだから離れるっていうのかよっだったら俺の身体やるよっ啓介さんにやるから,だから」
離さないで欲しいという拓海の言葉が聞こえる
まるで獣のように二人は倒れ込んで睦みあった
いつ他の車が通るかもわからないというのにFDの影に隠れてお互いを高めあう
「いくときは一緒だ,一緒にいこうぜ」
啓介の言葉が今の状態を指しているのか,
将来の事を言っているのか,
それとも両方なのか拓海には分からない
ただ分かるのはこの男を離すことは耐えられないということだけ
「拓海,拓海,俺のもんだ,誰にもわたさねえ」
啓介は無心で拓海を貪っている
熱い,激しい啓介の思い
これが欲しかったのだと拓海はようやく己の気持ちに気がついたのだった
[高橋 涼介]
明け方近くに弟がそっと出かけていった事に兄は気がついていた
弟の行き先は検討がつく
そこで何が起こるのか,兄は知っていた
ふうっと大きくため息をついて涼介はパソコンの電源を落とす
そしてしばらくやめていた煙草に火を付けた
今頃拓海を手に入れたと思い込んで弟は浮かれているだろう
そんな弟の浅はかさに涼介は同情する
あれはそんな生易しいものではない
貪欲な自分の感情に素直な子供なのだ
拓海は啓介が離れることに耐えられないから身体を許すだがそれは愛では無い
啓介を失うことが嫌なだけだ
だから身体を開く
それ以上でもそれ以下でもない
拓海は啓介を欲しがるただの子供だ
煙草をふかすと紫煙が辺りに漂った
啓介に対して行なった拓海の行動
それは涼介に対してもいえる
もし涼介が拓海の側から離れようとしたら拓海は間違いなく同じ行動をとる
自分の身体を餌にして涼介を引き留めようとする
それがわかっているからこそあえて啓介が秋名へ向かうのを止めなかった
「分かっているのか,啓介」
本当の勝負はこれからなんだよ
拓海が大人になるその時まで,自分は拓海の保護者を演じよう
大人になった拓海が自分を選ぶ時まで
優しく労って守ってあげよう
自分なしでは生きていけなくなるように
涼介は低く笑った
久しぶりに吸う煙草は少し苦い
兄と弟は刻印を受けた
無垢な存在を汚した罪の刻印を