[ナ−スコ−ル]

「痛いところは?」
医者の声が聞こえてくる
拓海が首をふると医者は症状の説明をして出ていった
それと入れ代わりに誰か入ってくる
「拓海,大丈夫か」
男の声 低い声,優しい声は涼介さん
「痛むかよっ目を火傷しているんだもんな,痛いよな」
この声は啓介さん,
ぶっきらぼうな声は性格を表わしている
「大丈夫ですよ,これくらい,すぐ直ります,
それよりすいませんでした,こんな豪華な部屋に入れてもらえて」
くすりっと笑う声
「といっても拓海は見えないんだから仕方ないね,
早く,一日も早くよくなってプロジェクトに復帰してもらわないといけないから」
「そうだぜ,拓海,ここで一日中しっかり寝て上手いもの食って元気だそうぜ」
二人の心づかいを感じる
目が見えなくなってから感覚が鋭敏になったのだろうか
兄弟が拓海を思ってくれているのを痛いくらい感じる
重荷になるくらいに
「それじゃあ,拓海,明日もまたくるからね」
「明日は桃を持ってきてやるよ,甘くて上手いぜ」
毎日兄弟はやってくる
しかし時間は短い
用事の帰りにふらりと寄るという感じで15分くらい話をして帰っていく
 目が見えなくなってから強く感じる

 不思議な距離感


 拓海の家の近所でぼやがあった
隣近所のよしみで消火活動にあたった拓海はその時に怪我をおった
春の嵐が突然風向きを変えてきたのだ
若いからという理由で一番火の近くにいた拓海はその火の粉をかぶってしまった
 両目に火傷をおった拓海を涼介は初め激怒した
「拓海は天才だ,その両目を怪我するなんてことがあってはならない」
拓海以上に拓海を心配する涼介はすぐさま自分の家の病院で集中治療を受けさせたのだ
 幸い怪我は軽いものですみ,一カ月も安静にすればいいとの診断がくだった
このことになによりも喜んだのはやはり兄弟であろう
 その事を少し重荷に感じるが拓海は兄弟にとても感謝していた
 今,拓海は特別室で治療を受けている


 夜中も過ぎた頃であろうか
拓海はまんじりともせず暗闇の中にいた
目が冴えていて眠れない
一日,何もすることが無いから眠たくならない
 時計の音
 空気の動く気配
目が見えないから感じる
病院の夜というのは独特の気配がある
どこか懐かしいような,切ないような気分にさせられたそれは決して嫌な感情では無い
 その時,扉の開く気配がした
医者なのだろうか,看護婦?
時々,ごくまれにだが巡回が顔を覗かせることがある
拓海は寝た振りをしてやりすごそうとした

 
 近づいてくる

 顔をのぞき込まれる気配

 消毒薬の匂い

やはり医者か看護婦なのだろう
身体にしみついたアルコ−ル消毒薬の匂い

 顔をのぞき込んでいた医者が動いた

 ぬくもりが顔にかかる

 手が頬に触れている

拓海は身じろぎをした
一瞬だけ手が止まる
まだ眠った振りをしている拓海,
手が頬を撫でてきた

 やんわりと,確認するように

 頬を何度も往復する

 医者が患者を触る動作ではない

「誰?」
目を開けたくても開けられない状態というのはむずがゆいものだ
拓海は手から逃れようと身をよじった
その拍子に拓海はベットからずりおちる
手をついて身体を支えようとしたがうまくバランスがとれない
そんな身体を男が支えた
耳元に吐息を感じる
「誰?」
拓海が再度問いかけた
返事はない
男の手が拓海を支える
抱きしめるといった方が正しい
腰に手を回して,吐息が首筋にかかる
「やだっ誰ですか」
ぐいっと身体を引き寄せられた
口元に滑りを感じる
生暖かい柔らかいものが口を覆っていて息が出来ない
 苦しい
 やめてほしい
それが口付けだと解かったのは行為が終わってからだ
男の腕から逃れようと身をよじる
「やめろっやだっ」
コ−ルボタンを押そうと枕元に手を伸ばしたがその手を男に絡めとられる
 ねろりっとした感触で男が自分の指に口づけているのが解かった
「いやっやっ」
口もとを唇で塞がれる
のりのきいた白衣から消毒薬の香りを感じる
「あっひいっやっやあぁ」
 男の荒い息,鼓動,そして強烈な快感
目が見えないというハンデがなくてもこの男には勝てないだろう
男は拓海の動きを読んでいた
「やだああっ」
狭い病室に悲鳴が響いた

誰もそれに答えてはくれない

「今日は元気がないね,どうしたの」
「せっかく桃もってきたんだぜ,水蜜桃だ,甘くてうまいぜ,食えよ」
涼介も啓介も憂いをおびた拓海を心配してくれた
 何かあったのか?
兄弟の無言の問いかけ
しかし答えられる筈がない
「平気です,寝てばっかりいるから身体がなまっているのかもしれないです」
拓海の説明は説得力がなかった

 深夜を過ぎたころであろうか
人の足音に拓海は耳を澄ました
あの医者だろうか?
今度はちゃんと対処してみせる
思う通りになどさせない
拓海は用心深く身構えた
 カシャリッ
音と共に扉が開く
むわっとした香りが部屋中に立ち上った


 甘い,甘い香り

 どこかで嗅いだような官能的な香り


 知っている 俺は,この香りを
男の近づく気配がした
「誰ですかっ誰だ」
攻撃的な拓海の態度に男の動きが止まる
戸惑っているようだ
拓海はベットから下りると男から離れようとした

 今度は思い通りにさせない

 あんな屈辱は二度とあいたくない

 目の前にいる男はあの男なのか?

「どうしたんだ?」
男の手が拓海の肩に触れようとした
「触るな,」
それを拓海は叩き落とす
両手に身をかばうように抱きしめて拓海は男から逃れようとした
男の手が再度伸びる
「やだっやめろっ触るな」
ドアに逃げようとした
せめて廊下にでて悲鳴をあげれば誰かきてくれる
だがそれは叶うことがなかった
「そういうことかよっ」
男のくぐもった声
ぐいっと寝間着を引き摺られた
 パチッ
ボタンの取れた音がする
素肌に冷たい空気
荒い男の呼吸
「やめろっやめろ−っ」
足の間に男の身体が入り込んで拓海の抵抗を塞ぐ
冷たい病室の床に縫い取られて動くことができない
「ちくしょうっ」
男の小さな舌打ち
拓海の身体についた情事の跡に気がついたのか?
「やだぁっいやっやあぁ」
どんなにあらがったとしても男は許してくれなかった


 毎晩のように男は現れる
いや,男達はといった方がいいのだろうか
医者らしき男,
そして,もう一人,
いつもお見舞いの花束を抱えてくるらしくその男がどういう匂いなのか惑わされる
医者らしき男もそうだ
消毒薬の匂いがきつすぎて,拓海の感覚を麻痺させる
 二人の男なのだろうか
違う男のようで酷く似ているような気がする
火と水ほども違うのに,本質は一緒のような感覚

 誰なのだろうか

 なぜこんなことをするのだろうか

 もし男があの人達だったらいいのに

「ああっはあぁっりょうっけいぃああん」
男に陵辱されながら拓海はけっして呼ぶことの出来ない名前を口にする
目が見えないから,
せめてあの人に抱かれていると思いたい

「拓海の傷はすっかり癒えたからね,もう包帯をとってもいいだろう,
医者の許可もちゃんととったよ」
涼介が嬉しそうに拓海に話しかける
「明日,包帯とるからな,そしたら少しリハビリしてすぐプロジェクト再開だぜ」
弟の言葉に拓海は淡く微笑んだ
あれは一瞬の夢だったのだ
あんなことが現実にある筈がない
あれは目の見えない間だけの出来事なのだ

 深夜,男が拓海を貫いている
「やあぁっいいっああっりょうすけさんっあっ」
ぐいぐいと腰を進められる
騎上位で下から蹂躙される
「気持ちいいよおっあっあん」
ふと包帯に手がかかった
男の手は腰に回されている
もう一人の男が包帯を外していく
 最後の一巻が外される
「目を開けて,拓海」
おずおずと目蓋を開けるとぼんやりと輪郭が見えた
「ああ,やはり奇麗だ,拓海の瞳は」
男が微笑む
もう一人の男は拓海を愛してくれる
「嬉しい,やっと顔が見れた」
拓海の言葉に男達も微笑んだ


もう不安を感じることが無い
男達の気配を内側に感じることに拓海は満足していた


  

男が見舞いに持ってきた薔薇の花束の香りともう一人の男の白衣から感じる消毒薬の香りに拓海は安心したかのように瞳をつぶった


もう何も見る必要がない


うーん、これは去年の春あたりに書いた話です
色っぽい話にしようとして、こけた