松本修一24歳,
彼はメカニックである。
メカニックを天職と信じ,プロジェクトDに命をかけてきた生粋のメカニックである。
彼は車を愛していた。
どんな車でもメカニックにとっては愛しい。
スカイラインであろうともトッポであろうとも松本にとっては車は車
どんな車でも差別せず,区別せずにメンテナンスを行なう。
それがメカニックの哲学,誇り,プライドであった。
だが,最近になって松本は特別な車が出来てしまったのだ。
皆様もうお分かりだろう。
ハチロクトレノ
プロジェクトDのダブルエ−ス使用の車だ。
一見変哲もないパンダトレノ
しかし中身はカリカリのモンスタ−だ。
それは松本のメカニック魂を熱く揺さぶった。
初めてトレノと会った時の事を松本は今でも鮮明に覚えている。
見た瞬間に分かった。
あのパンダトレノ,唯者では無い。
愛らしいボディの裏側に隠されたエンジンは松本のおたく心を刺激する。
「あのハチロクをメンテナンスしたい」
強烈な欲望が松本を襲った。
「俺は,俺はメカニック失格だ」
一台の車をえこひいきするだなんてメカニックの風上にも置けない。
松本は苦悩した。
だが,天が松本に味方したのであろうか。
なんと松本はプロジェクトDハチロクメカニック担当に抜擢されたのだ。
その時の感動を松本は生涯忘れないだろう。
「天が俺とハチロクを応援してくれている」
松本はそう信じ込んだ。
それからの松本は人が変わったかのようにハチロクに没頭した。
「可愛いハチロク,今日も元気だね」
話しかければスクスク成長すると言われているのはガ−デニングの基本。
松本は毎日ハチロクに語りかけ,ハチロクも松本の期待に答えるかのようにバトルで連勝した。
だが,しかしである。
あまりにもパンダトレノに傾倒しすぎた松本に問題が起きた。
心の病である。
「藤原,ハチロクのドライバ−」
松本はパンダトレノに心酔するあまり,そのドライバ−まで可愛く見えてしまったのだ。
「すまない,ハチロク,俺はメカニック失格だ」
ハチロクを愛するあまりドライバ−にまで心奪われてしまうとは。
車とドライバ−
切っても切れない関係である。
しかし二人(一人と一台)を愛してしまったメカニックは一人なのだ。
ああ,恋のトライアングル。
苦悩する松本に拓海が声をかける。
「今日も松本さんのセッティングばっちりでした,とっても乗りやすかったです」
ちょっと頬を染めて松本を見上げる拓海は壮絶可愛い。
「駄目だ,そんな目で見ないでくれ,俺にはハチロクのセッティングが残っているんだ」
疲れているハチロクを慰め労るのがメカニックの仕事なのだ。
「あ,すいませんでした,でも松本さんって本当にハチロク好きなんですね,うれしいです」
拓海はそう言うとぺこっとお辞儀をしてたたたっと兄弟のところへ走っていってしまった。
その後ろ姿を見つめながら松本はハチロクのボディを撫でてやった。
「がんばったな,ハチロク,えらいぞ,パンダトレノ」
周囲の人間は松本がただの車好きのメカニックだと信じて疑わない。
まさか松本がメカニック心の奥で道ならぬ三角関係に苦悩しているとは誰も気がつかなかったのであった。
松本の恋は実るのか?
次回に・・・続きません