[シンプルプラン]    啓拓はな五郎


「拓海,力抜けよ,おい」
これ以上は無いくらい優しく啓介は拓海を抱きしめる
宝物のように,花束のように
全神経を集中して拓海に触る
「拓海,恐くないからさ,絶対痛くねえから」
どんなに優しく囁きかけようとも拓海の強ばりが解けることはない
細かく震えているのを啓介に隠そうとしている拓海が痛々しい
ふうっと啓介はため息をついた
「もう,よそうか」
その言葉に拓海が大きく目を見開いて啓介を見つめる
「へっ平気だから」
離れようとする啓介を引き留める指先が震えていた
恐怖に唇を震わせて,目を潤ませながらも拓海は啓介を許してくれる
「でも,お前こわいんだろ,俺なら我慢すっから」
男がこの状態でストップをかけるのは相当辛いだろう
ましてやこの世で一番大切な恋人を前にして
「大丈夫,だと思う」
小さい声で拓海が答える
「何いってんだよ,こんなに震えてさ」
啓介が拓海を抱きしめようとして気がついた
 ああ,拓海が恐がっているのは俺なのだ
 俺が触るだけで,拓海は恐怖を感じている
肩に回そうとした手をぎゅっと握り締めて啓介は耐えた
「俺は拓海の顔見てるだけで満足できるんだぜ」
啓介のやせ我慢を拓海はつらそうに見つめた
「俺も,啓介さんの事好きだから,きっと上手くいく,だから」
一生懸命恐怖を押し殺して拓海は啓介を誘う
身体を震わせて目に涙を溜めて,
歯の根が合わないほど恐いくせに啓介にいいといってくれる
「・・・・拓海」
「それに,今やらないと絶対もう出来ない,啓介さん,お願い」
 恐怖に負けてしまう
 こんなに啓介が好きなのに二度と抱き合えない
拓海の言葉を真摯に受けとめた啓介はそっと拓海を抱きしめて横たえさせた


「ひいっひっやあぁぁぁ−」
拓海が泣き叫んでいる
「大丈夫だ,痛くない,痛くしねえよ,拓海」
啓介の言葉が聞こえないかのように拓海はぎゅっと目を閉じて耐えている
押し入れた内壁は痛いくらいに強ばって啓介を締め付けた
「拓海,好きだ,好きだっ愛してる」
「けいっひっあっ」
拓海が力を抜くことはない
手が力なく抵抗をしめす
噛み締めた唇から血が流れ出した
蒼白な表情が恐怖を彩っている
「拓海,好きなんだ,ずっと前から,お前だけが」
啓介は腰を進めながら耳元で愛を囁いた
「愛しているんだ,お前だけを,ごめん,ごめんな」
泣きそうになる,こんなに愛しいのに,拓海はこの行為に快楽を感じていないのだ
「ひいいっあうっ」
拓海にとってこの行為は暴力でしかない
 拓海は啓介の事を好きだといってくれる
ずっと好きだったのだとはにかんだ笑顔で
でも記憶が蘇る
「やああっひっやめてっけいっあっ」
 奇跡がもし起こるなら もう一度やり直せたら
優しく抱きしめて告白から始めるのに
「愛している,愛している,拓海,ごめん」
腰の動きが早くなる
 奇跡がもし起こるなら,あの日に戻れるならば思いきり抱きしめて口付けてやるのに


 一カ月前の出来事である
何がきっかけだったのだろうか
確か遠征の時だった
プロジェクトのミ−ティングが終わって各自がホテルの自室に戻る
啓介は部屋に戻ろうとする拓海の後ろ姿を見つめていた「拓海,ちょっといいかな」
兄が拓海に話しかける
「はい,なんですか」
少し頬を染めて拓海は兄に答える
首を少しかしげたその姿が可愛らしい
「じゃあ,俺の部屋にいこうか」
兄がさりげなく拓海の肩に手を回した
その態度にかあっと頭が熱くなる
二人が出ていった後,苦々しく煙草を揉みつぶした

 俺と藤原拓海はダブルエ−スだと意識しすぎるせいかあまり仲が良いとはいえなかった
会っても挨拶をする程度
兄にはあんなに可愛らしく微笑むのに,俺には無表情だ俺がぶっきらぼうになってしまうのには別の原因がある
 俺は拓海が好きだった
男同士なのに惚れていた
その全部が欲しくて欲しくて溜まらなかった
 兄になんて微笑んで欲しくなかった
俺だけを見ていて欲しい
思いが溢れ出て苦しい
兄にはあんなに優しく笑いかける
俺にも笑いかけて欲しい
「ちっくしょう」
啓介は荒々しい足取りで自室に戻った




 少し酒を飲んでいたのもいけなかったのかもしれない理性のたがが外れてしまった
部屋にあるビ−ルを飲み干してしまい自販機に買いに出た俺と拓海は廊下ではちあわせした
「こんな時間までミ−ティングかよっなにしてんだかな」啓介の言葉 拓海はいやそうに顔を背けた
「酒臭い,あんたこそなにやってんだよ」
「はっ酒でも飲まなきゃやってらんねえぜ」
どうどうめぐりの言葉
「なあ,兄貴となにしてたんだよ,こんな夜遅くまでさ」もう12時を過ぎている
ミ−ティングが終わってから2時間以上経過していた
「あんたには関係ない」
その一言が啓介をキれさせた
 兄貴はよくて俺は駄目なのかよっ
 こんなに好きなのに
啓介は拓海の腕をとると 無理矢理自分の部屋に連れ込んだ
「なにすんだよっけいっ」
唇を塞ぐ,手を縛る
男だから抵抗は激しいがキれた啓介には適わなかった
 早く,早くしねえと兄貴にこいつとられちまう
啓介の頭にはそれしかない
 だってこいつ兄貴になついていて
 俺の事なんて見ていなくて
だからせめて身体だけでも欲しい
 そうすれば俺のものになってくれるだろうか
 好きなんだ,ずっと前から,初めて会った時から
無言で啓介は行為を進める
拓海は悲鳴もあげられない
口を布で塞がれているから
 聞きたくねえ,いやがる声なんて
 見たくねえよ,兄貴と一緒のところなんて
多分この時啓介は泣いていたのだろうと思う
泣きながら,無言で拓海の身体を貫いた

 強姦してしまったのだ
拓海を,好きなのに,大好きだから
我慢出来なかった
後悔してもしたりない
自分の犯した罪は自分を苦しめる

 拓海は発熱して寝ていた
いくら拓海がいいと言ってくれたとしても,恐怖には変わりない
汗をかいて辛そうだ
明け方,まだ暗い部屋の中,ベットの傍らで啓介は拓海の髪の毛に口付ける
「好きだよ,拓海,ごめんな」

 あの日,行為が終わってから俺は拓海を開放した
縄をといてやると拓海がのろのろと洋服を身に付ける
 終わったんだ,全て
 もう絶対拓海は俺を見ない
壁によりかかって拓海を見ていたが,啓介はずるずると床にへたりこんでしまった
そのまま頭をかかえる
「どうしてこんな事したんですか?」
断罪の声が聞こえる
俺は答えられない
「そんなに俺が嫌いだったんですか」
違うっ好きなんだ,この世で一番
黙ったままの啓介にじれて拓海が叫んだ
「答えろよっなんでだよっ」
拓海の平手が飛んだ
痛い,でも答えられない
何度も何度も殴られる
拓海は泣いていた
「答えろよ,ずるいよ,啓介さん」
いまさら告白して何になるというのか
だが拓海は知る権利がある
「好きなんだよ,お前が」
拓海の瞳を見れない
「ずっと好きだったんだ」
「どうして,俺にそれを言ってくれなかったんですか」「さあな,駄目だと思っていたし」
小さなため息が聞こえた
「それでこんな馬鹿なまねをしたんですか,俺,すごく恐かったです」
まだ拓海の身体は震えていた
後悔が啓介を襲う
「一人だけが好きだと思っていたんですか,俺だってずっと啓介さんの事を見ていたのに」
「拓海?」
泣きじゃくる拓海
「どうして気がつかなかったの?俺が見ていたこと,俺が啓介さんの事好きだったこと」
「拓海,ごめん,ごめんな,好きだよ」
啓介はそっと拓海を抱きしめた
 拓海の身体が強ばるのを感じる



 どんなに好きだと囁いても,あの日芽生えてしまった恐怖は拓海の中から消えることはない
好きだから,それが辛い
触れることで拓海は怯える
 それを押し殺して啓介を受け入れようとする拓海が愛しい
「ごめんな,拓海,好きだよ」
あの日,言えなかった言葉を啓介は何度でも囁く
いつの日か,拓海と許して忘れてくれる事を祈りながら


   いや−っ後悔先にたたず