[酔いどれブル−ス]
   

 高橋涼介が秋名のハチロクに負けた
それは群馬走り屋の勢力図を大きく変える事件であった誰もが勝利を信じて疑わなかった白い彗星の敗北
一つの時代が終わった事を誰もが肌で感じる
涼介を崇拝している啓介やレッドサンズのメンバ−は声も無く立ちすくんでいる
そんな中,高橋涼介は穏やかな気持ちで敗北を噛み締めていた
(終わった,やっと)
感無量である
藤原拓海という新しい,綺羅星に群馬,いや関東ナンバ−1を譲り渡すことが出来た喜びが涼介を満たしていた(長かった,今まで)
高橋涼介の走り屋としての人生は辛く苦しいものだったその責め苦からようやく開放される
(これから俺は新しいナンバ−1の補佐に回る)
自分を破った藤原拓海を助けるため,第一線から退き,拓海のナビシ−トでドライビングテクニックをレクチャ−するのだ
(拓海と二人きりでレクチャ−)
ドラテクだけでない,
大人の全てを教えてあげるよ,拓海
でれ−んっと鼻の下が伸びてしまうのはこの際置いておいて,とにかく涼介は満足していたのだ
彼は遠い目をして星空を見上げた
満点の星空,涼介は走り屋だった人生を思い出す

 高橋涼介は前橋にある高橋総合病院の跡取りとして23年前にこの世に生まれた
1歳のころにはすでに天才としての片鱗を見せ始めた涼介,2歳の頃にはその美貌で看護婦をこましまくっていた,そう,彼の人生は薔薇色の筈だったのだが世の中そんなに上手くいくはずがない
 高橋涼介にはたった一つ苦手なものがあった
乗物である
繊細でデリケ−トな涼介は非常に乗物酔いしやすい体質だったのだ
飛行機,船はもちろんの事,タクシ−,バス,家のベンツも彼には天敵
高橋涼介に乗れる乗物はといえば自転車だけであった
しかし大変おませで見栄っ張りの御曹司なので乗物酔いするなどということはプライドが許さない
人には言えない涼介のトップシ−クレット
それは涼介の苦悩の始まりであった
なにせバスも電車も駄目だから学校は全て自転車で通える範囲
修学旅行はもちろん欠席
家族旅行もパスしてきた涼介のいいわけは勉強するから,である
(これを言えば大抵のことは許してくれた)
しかしだ,困ったことに家の近所に医大がなかったのである
涼介は高橋総合病院の跡取りであるから医大に通わなければいけない
しかし近所に医大は無い
悩みに悩んだ高橋涼介
生きるべきか死ぬべきかという大問題なのだ
ここで笑ってはいけない
乗物酔いしない人には分からないだろうがあれは本当に辛い
バスの座席シ−トを見ただけでも気持ち悪くなる涼介の重度乗物酔いはほとんど病気であった
だが世間はこれを病気と認めてくれないところが辛いところだ
悩みに悩んだ涼介は人生最大の決断をした
人に自分の人生を託してはいけない
自分の道は自分で切り開くのだ
 そして涼介は免許をとった
彼はそのかしこい頭脳で考えたのだ
人が運転するもので乗物酔いしたとしても自分の運転ならば大丈夫なのではと,
自分の身体は自分が一番よく理解している
自分のリズムで運転すれば乗り物酔いもしないだろう
それに自分の車ならばエチケット袋も用意できる
これが大きな決め手であった
 涼介の選択はいつも正しい
だがそれは思わぬ効果を生むこともある
確かに自分で運転することにより涼介の内臓への負担はそうとう軽減された
彼はあらゆる車を試乗し,リサ−チして自分の体内リズムにぴったりの車を選び出した
 RX−7,サバンナである
次に涼介がしたことといえば当然大学までの道の調査であった
道は一本,といってもその一本の右を走るか左寄りを走るか真中を走るかで乗物酔いはだいぶ変わってくる
その道路で一番有効なラインを選び出す
涼介は持前の探求心でこれを調べ上げた
 さて,ここからが本題である
高橋家から群馬医科歯科大学までの間にはある難所があったのだ
もう皆様はお分かりであろう
赤城峠である
毎晩,正確なラインを描くクレバ−な走りのRX−7は瞬く間に走り屋の噂の種となった
 一匹狼の白い彗星
誰がつけたか迷惑なことである
ここから本格的な涼介の苦悩が始まる
自分がはた迷惑な仇名をつけられて走り屋のカリスマと祭り上げられていることに気がついた時にはもうその名は関東のみならず全国にまで轟き渡っていたのだ
ここでそれを無視してしまえばそれまでだったのだが,涼介は長男である
長男たるもの期待には答えなければいけないと教育されてきた涼介は皆の期待を裏切ることが出来なかった
 こうして涼介にとって地獄の日々が始まる
(誤算だったな)
乗物酔い克服のための車があのような結果になるとは涼介の頭脳でも予想できなかった
群馬の中でも名だたる走り屋がバトルをしかけてくる
見栄っ張りの涼介には断ることが出来ない
そして負けることも彼のプライドが許さなかった
おまけに弟の啓介までもがそんな涼介に憧れて走り屋になってしまったのだ
 とほほである
涼介は待ち続けた
いつか,自分を破ってくれる相手を
誰もが認める新しいカリスマ走り屋が出てくれば涼介は心置きなく引退できる
そんな時であった
藤原拓海と出会ったのは

 初めて見たその瞬間に涼介は胸がときめいた
完璧なブレ−キングドリフト
理想のライン
神業の荷重移動
藤原拓海の車ならば酔わない気がする
(だがその可憐な仕種と初々しさに酔ってしまうかもしれないな)
うっとりと自分に酔う涼介
そう,高橋涼介23歳,初恋である
早く拓海のナビシ−トに乗りたい
そして確認したい
拓海が運命の恋人だと
涼介は自分の恋人の絶対条件に自分が酔わない運転が出来る女性というのを決めていた
涼介が恋人に望んだことはそれだけだったのだがいまだにその条件をクリアできる女性はおらず,つまり涼介は未だにお付き合いなるものをしたことがなかった
(俺の童貞は拓海に)
むふふっとにやにやしてしまう涼介
早く拓海のハチロクのナビに乗ってみたい
そして早く拓海の上に乗っかりたい
涼介の妄想が奇跡を呼んだのか,藤原拓海は高橋涼介とのバトルに勝利したのであった


「嬉しいよ,やっと拓海の助手席に乗れた」
ここはハチロク車内,
ナビシ−トでにっこり微笑む白い彗星様に拓海は真赤になってしまった
「俺の運転なんかそんなおもしろいものではないんですけど,いいんですか?」
「ああ,全開でやってくれ」
あのバトルの後,涼介と拓海は急速に接近した
今日は涼介の希望により秋名の峠でドライブである
(涼介さんとデ−ト,どきどき)
憧れの高橋涼介さんとのツ−ショット
拓海の小さな胸はどきどきしていた
「それじゃあいきますね」
ブオオオ−
軽快な音をたててハチロクが発進する
「ちょっと待て,拓海,コ−ナ−へのつっこみが速すぎるのでは?」
あんぎゃあああ−っ
峠に白い彗星の悲鳴?が児玉した
 さて,涼介が乗物酔いを克服できたのかは想像におまかせする   というわけで終わり

[酔いどれブル−ス2]


 最近拓海に急接近しているハチロクがいるらしい
恋人の涼介は嫉妬の炎でめらめらだ
どんなハチロクなのかリサ−チしなければいけない
というわけで涼介は埼玉まで調査にやってきた
「ふっレビンか,こんな貧乏臭いタ−ボチュ−ンで俺の拓海にちょっかいかえようとは片腹痛い」
そのレビンを見た涼介は勝利を確信した
このぐらいの車,恐るるに足らず
「もうここには用はないな」
調査を終えた涼介が帰ろうと思ったその時,視界の隅に見覚えのあるものが映った
「ナビシ−トにおいてある,あれは」
驚愕に涼介の瞳が見開かれる
あれはっ間違いない,エチケット袋だ
ということはこの走り屋も車酔いしやすい体質なのだ
「これはシュミレ−ション変更だな」
一見なんの変哲もない貧乏タ−ボだが恐ろしい兵器が隠されているかもしれない
何故なら乗物酔い体質のくせにタ−ボを操るテクニックの持ち主らしいからだ
「だが俺は負けない,拓海は俺のものだ」
涼介は強大な恋敵の出現に戦慄をおぼえた


   終わり?


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