「femme fatale」

 魅上家は戦後2人の官僚と1人の首相を出した名門の家柄である。
 その一族はM財閥として医療、建築、生産など様々な分野で一流の企業として名を馳せている。
 
 交通事故による母の死後、照は魅上家に引き取られた。
 照の母は魅上の遠い親戚筋だったからだ。
 名前も思い出せないような親戚だというのに、天涯孤独になった照を魅上の家は温かく迎えてくれる。

 そこには照の望んだ明るい正しい世界があった。

 


 少し心配性な優しい妻
 優良企業である魅上グループのオーナーであり誠実な実業家の父
 照とは年の離れた長男は当主を補佐し、グループでも重要な地位を占めている。
 皆 照の事を本当の息子、弟のように可愛がってくれた。
 数年後、照は主席で京都大学を卒業した。
 優秀な兄がいたおかげか照には将来への選択が比較的自由に出来る。
 大学は地元の京都を選んだが(本来ならば東大主席の実力である)職業は小さい頃からの夢であった検事を選んだ。
 叔父が警察官僚。親戚にも法に関わる者が多い。
 東京の入庁へを勧められたが照は京都地検での就職に付く。
 そして3年、今では京都地検に魅上在り、とまで言われる存在となっていた。

 


 照が始めてその事件を知ったのはテレビを通じてであった。
 誰かが殺人犯を裁いている。
 心臓麻痺という方法を使って。
 犯人の顔も名前も分からない
 その断罪者の名はキラ
 ネットでついた架空の名だ。

 


 初め、照はキラに興味を持たなかった。
 大量の犯罪者を裁くキラに実感がわかなかったのだ。 
 キラなど作り上げた架空の英雄
 どうせどこかの機関の策略に違いない。
 これだけの犯罪を個人で出来るわけが無いのだから。
 そう考えていた照だが、テレビで放映されたLことリンドテイラーの殺害を見て考えを改めた。
「キラは存在する」
 噂で名高いLにテレビ上で挑戦してきたキラ。
「本物だ」
 照とて司法に携わる者
 Lの名は知っている。
 世界の切り札。世界一の名探偵、彼に解決出来ない事件は無いと言われている。
 そのLに臆することなくキラは挑んだのだ。
 その事から分かる。
「キラは個人だ」
 誰からの支配も強制も受けず、己の意思のみであれだけの大量犯罪者を裁いている。
 そんな事が出来るのは
「神・・・キラ」

 照はキラにのめり込んだ。
 キラが行う犯罪者の粛清は照が望むとおりの物だったからだ。
 社会の害となる者は削除された方がいい。
 照はずっとそう思い続けてきたし、正義のために戦ってきた。
 キラの粛清はまさに照が待ち望んでいた神の力であったのだ。
 照はキラにのめり込む一方で情報を集めた。
 魅上の家は政界や日本の中枢と深い繋がりがある。
 それだけでなくアメリカや欧州の要人ともパイプを持っている。
 照はその力を利用し、キラに関する情報を収集していった。

 キラの情報を集めるのにはLの情報が不可欠である。


 ICPOからLへの依頼。
 Lと日本警察の合同調査。
 その後の展開。
 ニアとメロ
 第二のL
 オリジナルのキラ、そして第二第三のキラ。


 照は世間には公表されない情報を綿密に調べ上げる。
 そして全てが一つの名に繋がった。
「夜神 月」
 初代Lにキラだと疑われていた男
 警察次長の息子
 現在は二代目のL
 そしてSPKにもキラだと疑われている人間
「夜神月がキラか否か、それは会えば分かる」
 今の照には死神の目があるのだ。
 月がデスノートの持ち主ならば、その寿命を見ることが出来ない。
 見れば確認出来る。
 照は逸る心を抑えて東京行きの新幹線に乗り込んだ。

 

 


 


 その日の夕方
 用事を装い桜田門の警察庁に出向いた魅上は夜神月を探した。
「夜神次長にお世話になったから、息子である月に会ってお悔やみを言いたい」
 とってつけたような言い訳を口にする。
「夜神君なら今は出張でいませんが、夜一度こちらへ戻ると言っていました」
 親切な局員が教えてくれる。
 月は今、第二のLとしてホテルで仕事をしている。
 警察庁へは必要な書類を取りに戻る時だけであった。


 魅上は近くの喫茶店で暇を潰した。
 夜9時をすぎた頃。
 もう一度警察庁へ戻ると先程の局員が声をかけてくる。
「ああ、丁度よかった、夜神君が今帰ってきたところですよ」
 局員が一人の青年を指差す。
「あれが夜神君です」
 名前を呼ばれ、月が振り返る。
 その瞬間を照は一生忘れないだろう。
 夜神 月は振りかえり、真っ直ぐに照を見た。
 少し茶色がかった美しい瞳が照を捉える。
 柔らかい亜麻色の髪 華奢な肢体。
 姿だけで万人を魅了する存在
 キラ、私の神

 彼の頭上には数字が見えなかった。

 月は照を見た瞬間、身体を強張らせた。
 必死に平静を装っているが動揺しているのは明らかだ。
(キラは私を知っている)
 照は月の態度からそれを察し、喜びに震えた。
(やはりあのノートは無作為に送られたのでは無かった。キラは私に、私だけに神の力を与えてくださったのだ)
 そう考えると感極まってくる。
 しかしここは警察庁のロビー
 いきなりお互い名乗りあうわけにもいかない。
 照はありきたりのお悔やみを言うと月を外へと誘った。
 もう少しゆっくり話しをしたい。
 喫茶店にでもいかないかと言うと月は小さく頷いた。

 
 しかし、照が連れて行った場所は喫茶店では無く照の宿泊しているホテルであった。
 これから聞かれては困る話をするのだ。
 キラの話題は喫茶店などでする雑談ではすまされない。
 月は臆した風も無く部屋に入ると苦笑した。
「いい部屋に泊まっているんだね」
 都内でも有数の高級ホテル
 スイートとまではいかないがセミスイートを態々選んだのはキラを招待するかもしれないという期待が入っている。
「Lの捜査本部はいつもこういう所だったよ」
 世界的に有名な名探偵は高級ホテルのスイートルームとスイーツを好んだ。
「もうLは死んだけど」
 月は小さく苦笑する。
 その顔は悲しそうに見える。
 月の顔を自分に向けさせたくて照は彼の名を呼んだ。
「キラ。私の神」
 月はゆっくりと顔を上げる。
 美しいその瞳で照を捕らえると小さく笑った
「まさか魅上が会いに来るとは思わなかった」
 子供のお使いを褒めているような口ぶりであった。
「よく僕に辿り着いたね」
 リュークに教えてもらった訳じゃないだろう。
 だとしたら、SPKあたりが情報源かな?
 月は楽しそうに推理する。
「警察庁に残されていたLの資料とSPKの動きがソースってところか、それで自分の目で確かめようと態々東京まで?」
「そうです」
 照は頷く。
 年下の月に対し、敬語で答える照に月は笑みを深くした。
 豪奢なソファに腰掛けると立ったままの照に問いかける。
「それで、どうだった?キラは魅上の思ったとおりだった?それとも期待外れだった?」
 誘うような笑みを向けられて照は頬を染めた。

 


 キラは照が思っていた以上に美しかった。
 否、これほどに綺麗な存在を照は想像することなど出来なかった。
 髪の先から指先まで全てが精巧に作られたビスクドールのように繊細だ。
 同じ人間だと思えない程美しく儚い
 だというのに夜神月はたった一人で悪に立ち向かっているのだ。
 キラ、神として

 

 

  美しいキラ、そしてそのキラに選ばれた自分。
 照は彼の隣に立つことを許されたのだ。
 「魅上?」
 月が美しい首をわずかに傾げて照を見上げる。
 照は思わずその場に片足を付いていた。
 月の前に跪き彼の手を取って口付ける。
「私は・・・キラ、あなたに忠誠を誓います」
「・・・魅上」
「私が世界からあなたを守ります」
 情熱的な魅上の言葉に月がたじろぐ。
「魅上、手を放して」
 しかし照はますます強く月の手を握り締めた。
「今まで一人で辛かったでしょうが、これからは私がいます、私がキラの手足となります」
 熱に浮かされたように照が月を見詰めている。
 力の籠もった視線が絡み合う。
 先に折れたのは月の方であった。
 目を逸らし、冗談にしてしまおうとする。
「情熱的だな、まるで愛の告白みたいだ」
 苦笑して手を離そうとするが、照は月を逃さなかった。
「私の忠誠も愛も、私の全てはキラの物です」
 そう囁かれた瞬間、月は眉を潜めた。
「僕は、僕は魅上に何も返すことが出来ないかもしれない」
 照は目を見張った。 
 キラは何を言っているのだろうか。
 彼は照にノートを与えてくれた。
 キラの横に立つ権利を与えてくれたではないか。
「僕は・・・もうあいつにあげてしまったから」
 俯いてそう言う月
 表情は分からないが睫が震えているのが見て取れる。
「あいつ?」
「L・・・竜崎」
 月はぽつりと呟いた。
「Lの命と引き換えにあげたんだ。あいつは僕の感情を持っていってしまった」
 Lの死後、月は本当の意味で笑わなくなった。
 義務のように犯罪者を粛清していく。
 父が死んだ時も悲嘆は感じたが映画を見ているような感覚に襲われた。
 Lが生きていた世界だけがリアルで、今の世界は月にとって非現実にすら思える。
 あれほど嫌っていた退屈な世界
 キラとしてLに勝ったのに、勝利と引き換えに月は大切なものをなくしてしまったのだろうか?
「今の僕は道具にすぎない、キラという虚名の・・・」
 月の言葉は懺悔しているかのようであった。
 

 


 照はキラの告白に怒りすら覚えていた。
 L,竜崎 流河
 一度も会ったことの無い相手
 見たことも無い存在
 だというのにキラを追い詰め、苦しめ、死んだ後ですらキラに付きまとっている。
 殺意にも似た感情が照の中で荒れ狂っている。
 それが嫉妬だということに照は気が付かなかった。
 感情を押し隠し、照は月の手に再度口付けた。
 忠誠の証を、思いを唇に込める。
「それでも私の全てはキラの物です」
 その言葉に月は顔を上げた。
 月の瞳は悲しんでいるようにも喜んでいるようにも見える。
「魅上・・・照・・・」
 月はうっすら微笑むと照の顔に手を寄せた。
「照・・・綺麗な名前だ」
 気に入ったよ、と囁き月は忠臣に褒美を与えるのであった。