「リューク」


 人にとって大切なものとはなんだろう。
 もし、持っているものの中で何か一つだけ選択しなければいけないのだとしたら、一体何を選べばいいのだろう?


 夜神 月にとって大切なものは自分だった。
 それは誰にとっても同じだろう。
 自分よりも大切なものがこの世にあるだろうか?
 ある。確かに存在する。
 母親は子供を愛する、
 それは遺伝子の中に組み込まれた本能だ。
 恋人を会い知るという事はどうだろうか?
 友人を大切に思う気持ちはどうだろうか。
 子供が親を慕う気持ちはどうだろうか?
 月は頭のいい子供だ。
 世の中の理を全て知っている。
 人の業を知っている。
 だが知っているようで知らなかった。
 そのことに気が付いたのは取り返しの付かない状況になったときだ。
 目の前にある黒いノート
 月の願いと希望、世界を正しく導くために必要な大切な手段を手放さなければいけなくなった時、月は気が付いた。
「好きだよ、リューク」
 たった一人の友達、
 親よりも、友人よりも恋人よりも、自分よりもリュークは月を理解してくれた。
 死神だからだろうか?
 人間ならば絶対に不可能な愛情で月を守ってくれていた彼。
 人間は愚かな生き物だ、
 だからこそ必要なのだ。
 自分よりも大切な存在が。
 人は自分がいかに卑小で醜い存在なのかを知っている。
 だからこそ求めるのだ。
 自分よりも大切な存在を。
 命をかけて守れる同胞を。
 自分よりも自分を大切にしてくれる存在を。
 月はそれに気が付かなかった。
 失うその瞬間まで。
「リュークだけが大切なんだ」
 月は死神に告白する。
「僕にとってリュークが一番大切なのに、自分よりも大切なのに、なんで忘れなきゃいけないんだろう」
 デスノート手放す瞬間、やっと気が付いたというのに、月はリュークの存在を忘れなければいけない。
 それが悲しくて月は泣いた。
 泣きじゃくる月をリュークは抱きしめる。
 その大きな掌で、翼で、死神の自愛を持って月を包み込んだ。
 月よりも月を愛しんでくれた唯一の存在。
「大丈夫だ、ライト」
 リュークは言う、
「月のやっていることは殺人で、犯罪で、でも俺はそんなことはどうでもいい」
 間違っているとか正しいとかそれは死神には関係ないことだ。
リュークにとって大切なのは月だけ。
 月は世の理を知っている大人だが、自分の正しいと思うことを行えるほどに子供だ。
「俺はどちらでもいい」
 正しかろうが間違っていようが、月が全てをかけたことならば、月が正しいと信じたことならば、月が自分を犠牲にして世界を導こうとするならば。
「俺は月の味方だ」
 誰が反対しようとも、誰が月の敵に回ろうとも関係ないのだ。
 リュークにとって月の正義こそが真実になる。
「リューク、また会える?」
 不安気にリュークを見詰める月
 死神はその恐ろしい顔を笑みで歪めた。
「月が俺を忘れても、俺を見えなくなっても、俺と一緒にやった正義を忘れても」
 俺はずっと月の傍にいる。
「嬉しい」
 死神の言葉にキラと呼ばれる子供は小さく笑うとそっとおまじないの呪文を口にした。
「ステル」
 その瞬間から、月は全てを忘れる。
 大切な正義も、大切な時間も、大切な片割れのことも、


 全てを忘れた月
 死神はそれでも彼の傍らで見届ける
 リュークだけの大切な存在を。
 月がリュークを忘れても
 月がリュークを見えなくても
 このままキラが忘れさられても。
 リュークは月の傍にずっといる。
 それだけがリュークの真実なのだから。







「リューク2」


 人間は面白だ
 リュークは目の前の状況を観察しながら体を捻らせていた。
 リュークの前には個性的な人間がいっぱいいる。
 第三のキラである火口
 彼にはレムがついて力を貸している。
 火口の仲間達も人間の欲望に満ちていて、愚かで面白だ。
 捜査本部のL
 さすが世界の名探偵といわれるだけのことはあって着実に第三のキラを追い詰めている。
 Lの仲間達も面白だ。
 おとぼけ松田、詐欺師のアイバー、泥棒のウエディ
 頑固一徹な夜神父も面白だ。
 だけど一番面白なのは
「ライト」
 捜査本部の天井で、ゆらゆらと浮かびながらリュークは月を見詰めた。


 夜神 月はリュークの主人だった人間だ。
 月はデスノートを偶然拾いキラになった。
 第一のキラ、オリジナルのキラ。
 彼はLに追い詰められ、デスノートを放棄した。
 今彼はデスノートの存在を忘れている。
 自分がキラだったという真実を忘れている

 だがリュークは主人で無くなった人間の傍から離れなかった。
 自分を捨てた人間から片時も離れようとはしなかった。
「ライトが一番面白だからな」
 離れない理由、リュークはそう結論づける。
「ライトの傍にいないとつまらない」
 彼ほど面白な人間はいない。
 Lも、第三のキラも、その他有象無象の人間達も月にはかなわない。
「ライトを見ていると楽しいし」
 夜神 月はキラであってもキラでなくても。
 彼を見ているだけで死神は楽しかった。
 ライトが楽しければ楽しいし、ライトが悲しければ悲しい。
「ライトといると楽しい」
 月と一緒だと退屈を忘れた。
 彼と一緒でないと退屈で死にそうだ。
 だから死神は月の傍を離れない。
「例え、ライトが俺のこと見えなくても」
 リュークは彼の傍を離れない。
「ライトが俺のこと忘れても」
 リュークはずっとライトを守り続ける。
「俺は絶対ライトから離れない」
 そして今日も死神は捜査本部の天井で彼を見守り続ける。
「ライト」
 決して彼には聞こえなくても、彼に向かって名を呼び続ける。
 たった一人の主人に向かってリュークは今日も話し続ける。


「ライト、人間は面白だ」




「リューク3」


「月君、月君」
 捜査本部の一室。
 この頑丈なビルの最奥、一番安全な場所にLの部屋がある。
 正確に言うとLと月の部屋だ。
 二人はそこで日常を過ごしている。
 Lと月は手錠で繋がれているから片時も離れられない。
 Lは決して月を離そうとしないから二人は一緒にいるしかない。
「もう慣れたけれどね」
 月はため息を付きながら横でしきりに自分の名前を呼ぶ男に目を向けた。
「何?竜崎」
 Lは月に視線を向けられて嬉しそうな顔をした。
 無表情だけれどもほんの少し目元を笑わせるこの仕草に喜怒哀楽を見つけられる人は少ないだろう。
 彼の秘書であるワタリと24時間行動を共にしている月くらいだ。
 Lはにじにじと月の傍に寄ってきた。
「月君、エッチがしたいです」
「やだ」
 Lからのお誘いを月は即効断った。
「なんでですか」
 Lはにじにじと寄ってきて月の手を掴む。
「そういう気分じゃない」
「私はとてもしたい気分です」
 手を振り解こうとする月と強引に押し倒すL
 二人の攻防は月の敗北に終わる。
 ごろんとベットに押し倒されて月は大きくため息をついた。
「Lにはモラルとか貞操観念とかないのか?」
 言っても無駄だと思うけれど、このまま流されるのが悔しくて月はLに問いかけた。
「モラル?貞操観念?」
 Lはきょとんとした顔をしてしばらくがりがりと爪を噛んでいたが急にこくこくと頷いた。
「あります」
「あるならなんで僕にこんなことをする?」
 月の問いにLは首を振りながら答えた。
「私は月君が好きです。だから月君が男でも女でも構いません、私は月君と会ってから月君以外には立ちませんから貞操観念は固いと思います」
 Lの言葉に月は真っ赤になった。
「では月君はどうなのですか?」
Lの質問、次は月が戸惑う番だった。
「・・・僕は」
「月君は私を愛しているからセックスしているのですか?」
 Lはぐうっと首を伸ばして聞いてきた。
「月君は私を愛してくれていますか?」
 月は答えられなかった。
「月君とセックスしているのは私だけですし、月君が私とセックスするまで未体験だったことも分かっています」
「はっきり言うなよ」
 Lは瞬きもせず月を見詰めた。
「月君の周りにそういう人間は存在しない」
 Lは断言する
「それでも、月君は私以外を見ている気がします」
 月は少し驚いた顔をした。
「私といてもどこか別の人を気にかけているようです」
 そんな人間はいないのに。
「だから私はこうして月君を抱いていないと不安になります」
 Lは中断されていた行為を開始した。
 月を抱きしめ、その全てを手に入れようとする。
 月はそっとLの背に手を回して問いかけた。
「別の人間って?キラ?」
 月の言葉にLは首をふる。
「キラはあなたです」
「じゃあなに?」
 苦笑しながら問いかけるとLはぼそぼそとつぶやいた。
「死神」
 Lの言葉に月は何も言えなかった。
「でもいいです、私は必ず月君のすべてを手に入れてみせますから」
 Lは挑むように訳のわからないことを言うと、月を抱きしめる手に力を込めた。