ラ・ビアン・ローズ(薔薇色の人生)





― ピンポーンッ ―

軽快なチャイム音、只今AM8:00・・人々が職場への出勤の為に、また一日の活動の為に 忙しなく起動するのが常の朝の時間・・・・そんな時間帯に一体なんであろうと普通の人なら 思うだろう、しかしこの家に住む人物は違っていたのだった。
この家の住人の名はヤン・ウェンリー、「奇跡のヤン」・「魔術師ヤン」などと本人曰く赤面 ものの称号(?)をマスメディアに与えられ、自分の生まれた国からも元帥の称号を賜り (押し付けられ)、相手の国からも惜しみない賛辞が与えられた・・言わば本物の英雄だ。
そんな彼は今、新帝都であるフェザーンの住宅街にひっそりと佇む住居を設けている。
新帝国暦2年の6月初めにエル・ファシル革命軍と帝国軍とで和平条約が結ばれた、その中に 当時革命軍最高司令官であった彼の身柄の拘束が条件となり・・・今に至っているのだった。
当然革命軍側は猛反対したのだが、最高司令官である彼はそれを予測していたようで快く承諾し、 部下も彼の一存に従うこととなった、と言うより従う他無かった。
そして現在彼は自分の睡眠欲に快く従っている・・・

― ピンポーンッ ―

・・・・彼、ヤン・ウェンリーはまだ起きない。
と言うよりぐずって起きようとはしないのである・・何故ならこの先来る災難を知っているから・・・ ・・・
このチャイム音、もう毎朝恒例のご近所様からも有名な行事と化していた・・。
いや、「チャイム音」と言うのは間違いだ、有名なのはそのチャイムを押している相手とその相手の 大振りとも言える行動だった。
軽快なチャイム音を奏でている相手とは・・、新銀河帝国初代皇帝ラインハルト・フォン・ローエン グラムその人である。彼は(住宅街に来るにしては)豪華な専用車を親衛隊と共にヤン宅前に止め、 毎朝(迷惑にも)お寝坊なヤンを起こしているのだった。・・・手には黄色い薔薇を携えて・・・・・
やはりこの日も瑞々しく咲き誇る黄色い薔薇を持っていた。

「ヤンッ!!今日も卿の為に新帝都であるこの地が良い陽気をもたらしてくれたぞ、 その黒曜石ような輝きを帯びた瞳を開けて余を見てくれっ!!余も卿の麗しき縞々パジャマ姿 を目に焼き付けたいっっvVV 」

ラインハルトの常軌を逸した(毎朝)の行為にご近所様のそこらここらで様々なリアクションが 遠巻きにではあるが取られた。
顔を真っ赤に赤らめるラインハルト・・・・のお付の親衛隊・・これもまた朝一番の洗礼だ。
皇帝陛下の熱烈な朝の口説き文句を受けて、ヤンは恥ずかしいやら情けないやらで余計に布団の 中に潜ってしまう・・そして人知れず愚痴るのだった。
《・・・・・今日、曇ってますけど・・・・・それにまだ眠いんですけど・・・・》
毎朝、毎朝・・・こうなのだ。ヤンはこの時間が憂鬱で仕方なかった。
ラインハルトは毎朝このように他人(ヤンを大いに含む)の迷惑を考えず、薔薇を片手にやってくる のだった。男の自分にそんなものを送られても・・・第一恥ずかしいではないか・・。
それに、問題はそれ一つだけではなかった。

・・・・・実は先日、ヤンは余りの常軌を逸したラインハルトの行動に疑問をぶつけたのだった。
”如何して私なんかを毎日出迎えたりするのですか、カイザー?それでは部下や周りに示しが 付かないように私には思われます。第一、私の家は宮廷からさほど遠くはありません、 態々そんなことをして貰わなくとも・・・”
ヤンは歯切り悪く自分の考えを伝えた。ラインハルトはその一句一句を噛み締める様に見詰めていた ・・・その瞳の寂しそうな色にヤンは些かの罪悪感を覚えたのだった・・。
そして帰ってきた答え・・・が問題だった。
”余は・・・ヤン、卿のことを愛しているのだ。だから余の誠意を見て欲しいと思ったのだが、 ・・・・・・駄目、だったか・・?”

・・・・・駄目どころの問題ではない、国を揺るがす大問題だ・・。
ヤンは自分の存在がまたも戦火を巻き起こす原因となるかもしれないということに気が気でなかった。
・・しかしラインハルトは止める気配が全く無い、しかもその様子は今では帝国の誰であれ 知っているというほど広まっている。

そしてそして・・・・更に問題なのが・・、ヤン自身の気持ちだった。
相手の行動に感化されたのか、友情的なものと勘違いしているのか・・・・一向に明瞭にはならない この思い・・・しかし微かに感じるものがある。
それはラインハルトの元気な顔を見る度に感じるのだ。

ヤンの胸がキュンと締め付けられる・・・・・