ラ・ビアン・ローズ(薔薇色の人生)

ラ・ビアン・ローズ(薔薇色の人生)(2)





未だエンジン音が辺りの小鳥のさえずりを妨害している、と言うことは未だにカイザーは自分の家の 玄関前にいると言うことだ・・。これも毎朝のことなのだが・・・。
ラインハルトは待っていれば必ず気の毒に思ってしまうヤンがこのヤン宅のドアを開けてくれる事を 知っていたので、自分から引き下がることはしないのである。そして今日もラインハルトの粘り勝ち と言う結果に・・。
ヤンが自分に会う為に(適当に)見繕った服を着てくれるまで辛抱強く待った。
遠くから階段を下りる音が聞こえ、彼の人の足音は徐々に玄関の方、つまりラインハルトの眼前に 肉薄してくる。歓喜に頬が自然と緩む・・・
そしてヤンがドアノブを回して肌を大気に晒した時それは起こった・・。

― グウゥゥ〜〜・・・ ―

ヤンの登場と共に緊張の緒が切れたのか・・・はたまた嬉しさの余り腹の虫までも呼応してしまったの か・・、ラインハルトのお腹は盛大にヤンへ挨拶した。
《な、・・・・・なっ・・・!!!》
ラインハルトは自分の格好の悪さに思わず俯いてしまった。
きっとあまりの醜態にヤンも笑っている・・そんな姿は見て欲しくないと・・・。
しかし一向に笑い声は聞こえては来ない、恐る恐るヤンを見ると確かにヤンは笑っていた、 だが嘲笑などではなくて、もっと・・暖かな・・・・・・

「・・・カイザー、お気になさらないで下さい・・。」

ヤンが言葉を紡ぐ、決してこの場を適当に取り繕うとしたものではない事が声色から明らかだった。
その音色に緊縛した自分の気持ちは解きほぐされ、やっと言葉を発することが出来た。

「あ、その、すまぬ・・。決して催促などしたい訳ではないのだ!唯、一刻も早くヤンに 会いたくて・・・・・身支度をしてすぐ来てしまったんだ。」

悪戯を咎められた少年のような様子であるのにヤンは何故かラインハルトの男性的な部分を 垣間見たような気がした。
言葉自体に稚拙さは残っているのだが、そうではない・・・彼の瞳に宿る苛烈な光がヤンをそう 思わせていた。
ラインハルトの熱の篭もった言葉とアイスブルーの瞳に思わず見入ってしまう・・。
自分は何をやっているんだと慌てて視線を反らしたヤンは早口に用件を伝えた。

「あのっ、良かったらうちで朝食を取りませんか?その・・、カイザーはまだ召し上がって いらっしゃらないでしょう・・?出来合い物ですけど、私なんかが作ったものでないので安心して お召し上がり頂けるとおもうのですがっ・・・。」

「ヤン、それは誠か・・ッ!?本当に余が卿の家で朝食を食しても良いのかっ?」

《な、何もそんなに驚かなくても・・・。》
些かラインハルトのオーバーリアクションに驚きはしたものの、なるべく丁寧に聞き取りやすく 返事を返す。ラインハルトが(何故か)興奮しているのでヤンはそれを見て逆に落ち着きを取り 戻したのだ。

「ええ・・、私の汚い家で宜しければ、歓迎いたしますよ。」

言い終わって、安堵の為に小さなため息を漏らした後、そっと上目使いでラインハルトの方を見た。
ヤンの眼前にははち切れんばかりの笑顔を形の良い唇に灯した、一人のラインハルト・フォン・ ローエングラムと言う名の少年が立っていた。その様子を例えるなら、 今日が彼の誕生日で一番欲しかったものを貰った時のような、今まで出来なかった逆上 りに初めて成功した時のような・・・・今、自分は世界で一番幸せだと言わんばかりの笑顔 でヤンを見詰めている。

「ヤン・・・・余は嬉しい・・。」

《な、何・・?なんかカイザーの顔が私の顔に近づいてくるんですけど・・ッ!》
ラインハルトが完全に臨戦態勢に入っているこの状態でやっとお鈍なヤンも不穏な空気に気が付いた 、と言っても自分の言動が原因だと言うこと・ラインハルトがナニをしたいかと言うこと には全く気が付いていないのだが・・。
ヤンは彼にしては素早い動きでラインハルトを避け、視線で親衛隊の方に助けを求めるのだが・・・、 そんな時ふとあることが頭を過ぎる。 ラインハルトが朝食を食べていないのと同様に親衛隊の方も食べていないのではないか・・・?と 思ったのだった。・・・・ラインハルトを無視して・・。

「っ!・・あの、良かったら親衛隊の皆様もご一緒にどうですか・・?もう、朝食は召し 上がりましたか?まだでしたらご用意いたしますけど・・、出来合いものですが・・・。」

ヤンは親衛隊の面々にカイザーと同行することを促した。ヤンは 本当に親衛隊の一人一人の(ラインハルトが起こす)苦労を思い、こんなことでしかないけれど (と、本人は思っている)気を使おうとした。
親衛隊の面々は急に話を振られたことと、まさかかの有名な魔術師ヤンから朝食を誘われるとは 思っても見なかったので、その場で何も言えず硬直してしまった。
しかし、ヤンの困ったような・・優しげな笑みに緊張が解かれ、次第に彼らの方も笑みになる・・。
彼らの中で一番若い人物がヤンの気づかいの言葉に「是」と言おうとした時・・・・・・・・・

物凄い剣幕でアイスブルーの瞳が射殺さんばかりに睨んでいる・・、『ドライアイスの剣』 と評されるオーベルシュタインなんぞよりもよほど恐い、まるで灼熱のそれだ。
《ま、ま、ま・・・まずッた・・ッ・・・・・!!》
彼ら全員がまた、固まった・・・というか凍りついた・・・・。
豪奢な金色のたてがみを持つ獅子の眼光に親衛隊の面々は足が竦んでしまう・・、皇帝の逆鱗に 触れてしまったことに全員が慄いた。唯一人を除いて・・・・・

「ェッ・・?ぁ、・・あの、何か・・・・・?」

ヤンが小首を傾げて怪訝そうに親衛隊達の青ざめた顔を見る・・、黒曜石のような瞳が不思議そうな 輝きを帯びて。・・・30代と、男ということを考慮に入れても可愛らしいと言う形容詞が 頭にこびり付いてしまう、カイザーがアプローチするのも無理無い・・。そう思う親衛隊の面々。
しかも、本人は全く状況に気が付いていないようだ・・流石は当時カイザーに張り合った人物、 凄い(図太い)神経だ・・・。
そんなヤンにラインハルトは鬼のような形相を一変させて、女性ならば一目見ただけで蕩けて しまいそうな笑顔を向けた。

「ヤン、この者達は卿の誘いを恐れ多いと思っているのだ。せっかく誘ってくれたのに悪いが ・・・・、この者達も余と(強調)対等に渡り合った卿の前では喉に通るまい。
だが安心してくれ、余は喜んで卿と朝食を共にしよう!」

ラインハルトの言葉を聞いて、それでもヤンは複雑な気持ちだった。
《・・・・やっぱり私は嫌われているのかな・・?元々は敵だったんだし、当然のことなのは 分かってるんだけど・・、少し寂しいな・・・・。》
見たままに明らかに落ち込んでいるヤンをみて・・捨てられた子犬と直面した時のような庇護欲に 駆り立てられ、親衛隊の面々は罪悪感に苛まれた。
・・・・・しかし、カイザー・ラインハルトは恐ろしい。
だから無難な道へ行く、それが長生きの最大の秘訣ではないだろうか?

「「ヤン提督に対し、含むところはありません。しかし大人数で提督にお住まい押しかけるのは 私達自身賛同致しかねるのです・・。加えて、我らは全員朝食をもう摂取し終わっておりますので ご心配には及びません。」」

親衛隊の(引きつった)笑みを見て、(勘違い甚だしく)ヤンは満面の可憐な笑みを返した。
ヤンの笑顔のお陰で徐々に本物の笑みになってきた、 女神が如く微笑に頬が火照る傍らで、背中から悪寒が走った・・・青筋を立てたラインハルト がもうそれはそれは悔しそうに歯軋りせんばかりに睨んでいた。
だがヤンの手前、激昂を表に出すことはしなかった・・・男の意地だ。
ラインハルトは親衛隊の方を向いているヤンに朝食への招待を促す、・・。

「・・こほん、・・・ヤン、そろそろ朝食の方に招待してはくれないかな・・?」

ヤンはその言葉を受けて、自分の迂闊さに赤面した。お腹を空かせている人物を放って置いて 自分は何をしているのかと。
早速ヤンは自宅のドアノブを開いて、ラインハルトを招待した。

「どうぞ・・。」

ヤンの控えめな楚々とした身のこなしに誘われて、高鳴る胸を押さえつつ・・ラインハルトはその 門を潜るのだった。
勿論、他に誰も付いては来ない、ヤンと二人っきりの朝食の為に・・・・・