ラ・ビアン・ローズ(薔薇色の人生)(3)





ヤンの家は元同盟軍元帥と言う華々しい業績を残したものにしては余りに簡素なものだ、荷物が殆ど何 も無い、ガランとしている。
しかも白が基調の家なので光が反射して余計に何も無い様に見える。
実はヤン、一階の方は食事以外で殆ど利用した事が無いのである、また食事と言っても業者が運んできた 出来合いものか、時々やってくるユリアンが作って置いてくれるものを暖める事位だった。
一応リビングの方は多少の装飾を施しているがそれさえも引越しの時にユリアンが食器やらテーブルクロ スを掛けた位のもので、要はラインハルトから支給された当時のままなのだ。
何せ住んでいる当のヤンは使っていないのだから・・・本人もユリアンも取り立てて物を置いておくよう な事はしなかった。だから異常に殺風景なのだ。
《こんな物寂しいところで、ヤンは一人住んでいるのか・・・・!?》
華美を好まないとは言え、やはり基本は帝国仕様なのだ。ここまで簡素だとヤンの心に何かあるのかとさ え思ってしまう。
ラインハルトは流石にこの何も無いと言う状況には眉を顰めた。
こんな所に住んでいるヤンは大丈夫かと。
自分の元へくれば、自分が話し相手にもなるし、・・・きっと姉上もヤンのことが気に入るであろうから 、二人は良い話し相手になると思うのだが・・・・。ラインハルトは後宮に済ますことを再検討しようと 心に決めた、ヤンが心配で堪らないのだ。(勿論、それだけではないが・・・・。)
しかしヤンはラインハルトの眉間の皺の原因を、客人をもてなす事が全く想定されていない自分の家を 不快に思ったのだと勘違いした。
《やっぱり、家に上がって貰うのは不味かったかな・・・。》
朝食を食べていないからといって、強引に(?)誘ってしまったラインハルトにヤンは申し訳なく思った。

「あの、・・・カイザー、ここは貴方をご招待するには、簡素過ぎる様に・・・・・」

ヤンは言い難そうに言葉を濁らせた、自分から誘っておいてこの言い方は無いだろうと、深い後悔の念か らその先が言い出せなかった。自分とラインハルトの育ちの差が妙に遣る瀬無い。
やはり考え無しに誘うべきではなかった・・・。

「なっ!余はそのようなこと気にしない!!ヤンがそこに居てくれれば俺は満足だ!」

途中の一人称が至極私人としてのものとなってしまったことにラインハルトも、聞いていたヤンも気が 付かなかった。
二人が互いに戸惑って沈黙する。
ヤンは申し訳なく思って、ラインハルトはヤンへの気持ちを吐露して、二人ともその先が続かなかない。
ヤンの頬が紅くなっているのを見て、ラインハルトも先程の自分の言葉を思い出し、同じように紅潮 した。
居た堪れなくなって、ヤンは頭を掻きだし、ラインハルトは口を手で覆うように頬の熱を確か めた。


暫く経って、このままでは埒が明かないとヤンの方からおずおずと足を進め、リビングへと向か った。
そしてリビングへ着くと、ヤンは背中越しにラインハルトへ先程の言葉のお返しをするのだった。

「・・・・・満足と、言って貰えて光栄です。・・・すいません、あの・・すぐ用意しますか ら。」

リビングへの歩調を速め、キッチンの傍にあるテーブルまで着くと、ヤンは火照りが冷めた事を確認し てからラインハルトの方へと向いて、用意に取り掛かろうとする。
するとラインハルトに肩を掴まれ、静止させられた。
当然驚くヤン、円らな瞳をより円らにする愛しい人の姿に赤面しつつ、ラインハルトは早めの口調で 気になる彼の食事事情を質問した。
高圧的とは言えなくも無いところがまたラインハルトらしい・・・・

「あ、待ってくれ!・・・ヤン、最近は出来合いものしか食べていないと聞いたが本当にそ うなのかっ?」

「ええ、・・・そうですが、何か?」

ラインハルトの不思議な質問にヤンは小首を傾げた、如何して急にそんなことを?と。
やや訝しげにラインハルトを見上げると、ラインハルトは急に視線をヤンから逸らし、フローリングを 右往左往した後、恥ずかしそうにヤンを見た。

「・・・・・あ、・・ヤンが良ければの話だが、簡単なものしか無理だが・・・俺が作ろうか? 朝食ぐらいなら、作れるのだが・・・、」

《・・・・・・・ぇ?・・ええぇっ!?陛下が・・・!?》
ラインハルトの突然の言葉にヤンは自分の耳を疑った。
現新帝国皇帝がこんなところで、朝食を食べるというだけでもきっと世間では驚愕だろうに・・・・ 自らの手で朝食を作るなどと、幾ら世間に疎いヤンでも憚られた。

「・・・・?ええっ!?陛下が!?・・・そんな、滅相も無いですよ。」

ヤンは首を大振りに振った、とんでもない事だと。
しかしラインハルトの気持ちは(ヤンに決定を仰いだにも拘らず)ほぼ決まっていた。
自分がヤンの為に朝一番の食物を作ってやろうと、誰の為でもなくヤンに為にやると思うと、自然を頬が 緩む。

「いや、朝食を誘ってくれた御礼だと思ってくれれば良いんだ。」

ラインハルトは『御礼』等ともったいぶっているが、実際はそんなことが無くても機会があればヤンの世 話を率先してやっていただろう。
と言うか、良い口実が出来たと喜んでさえ いた。
やられる本人であるヤンを放って置いてではあるが・・・。

「え、あ・・・・っ、そんな・・・っ!!」

「キッチンはあそこだろう?ヤンはリビングのテーブルで座っていてくれ。」

太陽のような輝かしい笑み・・・・・
ラインハルトの満面の笑みにヤンは思わず、皇帝の提案を辞退し損ねた。
何時もテレビや宮廷で見る冷たい感じのする笑みでも、人形のように整った顔を無表情にするのでもない 、少年のような笑み・・・・無邪気なその表情にヤンは逆らえなかった。

「え・・・、あ、・・・あ、はい・・。」

ラインハルトは手袋を手早く外してリビングのテーブルに置き、早速キッチンに向かって勇んでいく。
金色の髪をたなびかせて、白く乱反射する部屋を歩いて行く様は本当に絵画に描かれた人物が 浮き出たようであった。ヤンはハッと目を奪われる。
こんな人物がこの世に、しかも自分の家などにいることにヤンは妙な感心を覚えた。
一方のラインハルトはヤンに自分をアピールできると意気揚々とキッチンからフライパンや包丁を 自分のやりやすい配置へ置いている。
何とも嬉しそうな表情だ・・・・・