ラ・ビアン・ローズ(薔薇色の人生)(4)





ラインハルトは冷蔵庫の中を開けた。
その中には出来合いものの他に新鮮な食材も並べられている、卵・ベーコン・レタス・きゅうり・トマト・パプリカ・オレンジ・バナナ・パイナップル、朝定番の色取り取りの野菜やフルーツもきちんと存在している。
ユリアンがビタミン不足なヤンの為に業者に頼んでいたものだ、デリバリーや出来合いものでは偏ってしまうかもしれないのでいつ何時でも直ぐに栄養補給が出来るようにと。
普段効力が発揮されているかどうかはしらないが・・・。
取り敢えず冷蔵庫にあるものを配置出来るだけキッチンに配置したラインハルト、その豪快さにヤンは驚いた。いつも見ているユリアンのやり様とは大きく異なっていたこともあり、より一層目を丸くする。
並べられている(正確にはただ置かれているだけ)食料はとてもじゃないが二人で、しかも朝食べ切られるようなものではない、一体如何するのだろうか?
《これが”漢”の料理ってやつなのかな?》
ユリアンの料理の手捌きは早いが丁寧で、女性的なようにヤンは感じていたし、それ以前にまず余り人が料理を作る場面などを観察したことが無かったので、ラインハルトの料理を今まで見て来た料理姿とは異なったスタイルなのだろうと解釈した。
”やはりカイザーは凄いな”と改めて感心しているヤンであった。

一方のラインハルトもヤンの尊敬の眼差しに薄々気が付いていた。
ぶっちゃけ、それメインで態々朝食係に名乗りを上げたのだから、彼にとってしてみれば”料理が出来る→好感度アップ→俺とヤンが結ばれる”と思惑は大成功であるのだが・・・・・。
《・・・ん?どうやって卵から中身を取り出すんだ?蓋や穴が無いぞ、不良品か?》
《ベーコンを焼くには如何すれば良い?》
《何だ、このピーマンの贋作のようなものは?》
《この物体が如何してパイナップルなんだ?バカか、パイナップルと言うのは黄色でドーナッツリング型だ!》
実はラインハルト、卵すら扱ったことが無い。
その為コンロの使い方も分からないし、仕舞いにはパイナップルについている商品ラベルにまで文句を付け始めた。
何処から手を付けて良いか全く分からない。
ヤンと等しく、ラインハルトは料理などしたことの無いド素人だったのだ。
料理はいつも人にまかせっきりなラインハルト、しかもアンネローゼ・キルヒアイスは(非常に)危なっかしいので今でも彼に包丁を持たせようとはしない。それが一番安全だと知っているから。
全くもってその通りであるし、今まで困ったことの無いラインハルトも特に意識していなかった。
しかし今、ラインハルトは極地に立たされている。
出来れば自分の力でヤンをあっと言わしめたい、尊敬されたい、”凄いvv”と言われたい・・・が・・、
・・・・本末転倒な自分の様子に、今更ながら焦るラインハルトは意を決した。

「すまぬ、ヤン・・・・少し良いか?」

料理に熱中していると思ったラインハルトから突然話しかけられて、内心そわそわとしていたヤンは 座っていたソファーからウサギの様に跳ね上がった。

「あっ、ハイ!」

《な、何だろう・・・?やっぱり私なんかに朝食を作るのか嫌になったのかな?》
ここは自分から辞退した方が陛下の体裁が付くのではないだろうか?とグルグルグルグル、どんな言葉 を使ってラインハルトのプライドを傷付けずこの場を収めるか頭を捻る。
同情してくれたとは言え、申し訳ない話だとヤンは思った。
・・・・・どういう言葉を使えば良いのか考えが纏まらない内に、ラインハルトの方から切り出した話 を進めて来た。

「少しばかり、・・・キルヒアイスと話をしたいのだが、良いだろうか?」

「え・・・?・・あ、ど、どうぞ!」

決まり悪そうに声を潜めるラインハルトからその意図が掴めず、ヤンは戸惑った。
とりあえず返事はしたものの、彼の親友へ電話することに態々許可を求める理由すら思い当たらず、ますますヤンは居心地が悪くなった。如何すれば良いだろうか・・・・?
ヤンの眉を顰める姿を見て、ラインハルトもまた申し訳なく、そして情けなく思わざるにはいられない。

「朝食を作ると言っておいて、このように間誤付いている俺を許して欲しい・・・不甲斐ないと 思われても仕方が無いと思っている。」

ここまで来れば何と無く雲行きが怪しいことも分かろうものだが、ラインハルトは料理が不慣れなことを誤魔化せている積もりでいたし、そしてヤンは見事気が付いていなかった。
で、あるから態々朝食を作ってくれるラインハルトから謝られてはとてもとても申し訳ない気持ちで一杯になる。

「・・・っ、そんなことありませんよ!
・・あ、私などはいつも出来合い物ですし、それに周りに世話を焼いて貰ってばかりで・・・・正直お恥ずかしい話ですが、私は陛下が何をお作りになろうとしているのか見当も付かないんです。」

当たり前である、用意すらまともに出来ていないのだから。
この目的無く材料が積まれているキッチンを見ても、きっとユリアンですら分からないだろうと思う。
キャゼルヌ夫人であるならば、或いは分かったかもしれない・・・まあ、しかしこの場合は鋭い”女の 勘”であったり、総てを見通す”女預言者”の眼力であったりするのだろう。普通は不可能だ。
しかしそれすら分からないヤンはやっぱり相当、疎い。
間誤付いているだけのラインハルトを見て、料理していると思ってしまうぐらいに・・・。
《やっぱり最近は皆料理が作れるんだな・・・そう言えば、アッテンボローやシェーンコップもパパーッと作ってくれたよな、美味しかったし。カイザーも、なのか・・・・。》
改めてラインハルトの凄さを垣間見ている(つもりの)ヤンであった。

「暫し待っていてくれ。」

ヤンの姿が見えなくなるぐらいの距離までいくと、ラインハルトは急いで赤毛の親友へと電話を掛けた 。
ラインハルトの腕はアレなのだが、幸い親友であるキルヒアイスは非常に料理が上手く、自分の舌でも 、姉上の舌でも実証されたものだった。今はそれが非常に助かる。
腕がアレな若獅子皇帝は強力な助っ人を得ようしているのだった。