「CHANGE 2」

 帝国暦488年3月19日
 門閥貴族によるリップシュタット盟約。これが全ての始まりであった。
 門閥貴族連合対ローエングラム候、リヒテンラーデ侯爵陣営との内乱。
 と一見見えるが真実は違う。
 貴族社会、長く続いたゴールデンバウム王朝に若き英雄ラインハルト フォンローエングラムが反旗を翻したのだ。
 一応名目上エルウィンョーゼフ二世という幼帝を奉っているが飾りであることは明白だ。
 ラインハルトの目的は唯一つ。
 腐敗しきったゴールデンバウム王朝の滅亡。
 一部の特権貴族のみが優遇されるのでは無い健全な法と秩序の社会を築き上げることにある。
 それはラインハルトが過去、唯一の姉を先の皇帝フリードリヒ4世に略奪されたことにある。
 アンネローゼは寵愛を受けたと言われているがラインハルトにとって皇帝の愛妾による権力など腐敗の象徴にしか受け取れなかった。
 愛する姉を奪われた憎しみは力を生み、フリードリヒ4世の死をきっかけに一気に覚醒したのだ。
 若き英雄に禁忌は無い。
 栄華を極めた門閥貴族ですら粛清の対象となる。
 否、彼らこそがこの腐敗しきった独裁政権を支えた犯罪者なのだ。
 ラインハルトに賛同した才能ある若き幕僚が彼を支えた。
 ジークフリード キルヒアイス。
 オスカー フォン ロイエンタール 
 ウオルフガング ミッターマイヤー
 パウル フォン オーベルシュタイン
 ラインハルトは幕僚を選ぶのに貴族の称号を必要としなかった。
 市民であったとしても能力があれば取り立てる。
 親友であり腹心の部下であるキルヒアイスはもちろんの事、ミッターマイヤーも園芸家の出であり爵位はおろかライヒリッターの位すら持っていない。
 ラインハルトの選出方法は貴族社会に汚染された軍ではまれであり一般兵の信望を集めた。
 我こそはローエングラム陣営で働きたいと続々志願兵が集まる。
 反して貴族陣営は老害としか呼べないような貴族と馬鹿息子しか残っていない。
 それと義理と脅迫に固められ無理矢理組み入れられた軍人と配下の者達。
 勝敗は火を見るよりも明らかであった。
 オーディンでの戦局が不利と悟るや貴族は拠点をガイエスブルグ要塞へと移した。
 盟主はブラウンシュバイク公 副盟主はリッテンハイム候
 3月19日 リップシュタット盟約と同時にラインハルトが発令した貴族連合への討伐命令は即座に開始された。
 一ヵ月後、ミッターマイヤー率いる艦隊とシュターデン艦隊のアルテナ星域での衝突が戦闘の皮切りとなった。
 ミッターマイヤー艦隊は圧勝し続くレンテンブルグ要塞攻略でラインハルト本隊は快勝。キファイザー星域ではキルヒアイス艦隊が副盟主リッテンハイム候を撃沈する。
 勝利の女神は確実にラインハルト陣営にのみ微笑んでいた。
 そんな勝利に沸き立つ時期、フェザーン経由から送られてきた一本の電報にラインハルトの機嫌は損なわれた。
「叛徒共から何の用件だ?」
 オーベルシュタインが差し出したそれを読み、ラインハルトは限りなく不機嫌になった。
「リンチは失敗したか。使えない屑だな」
「申し訳ありません。私の人選ミスでした」
「まあいい、それより問題はこれだ」
 電報を手にラインハルトが失笑を浮かべた。
「叛徒共の中にも情勢を読める奴がいるらしい。我が陣営を支持するとぬかしてきた」
 冷え切った表情でラインハルトは書状を踏みにじる。
「自由惑星同盟の国家元首とやらからだそうだ。読んだか?」
「一応危険が無いかどうか確認いたしました」
「では皆に読み聞かせてやれ。叛徒共の言い分を」
 オーベルシュタインは床でゴミ屑と化した書状を拾い幕僚達に聞こえるよう声大きく読み上げる。
「我が自由惑星同盟は今回の反乱に対しローエングラム陣営を支持する事をここに表明する。長きに渡り敵対してきたが遺恨を水に流し有効な関係を築き上げることを自由惑星同盟は宣言するものなり」
 失笑が幕僚に広がる。
「叛徒などに支持してもらわなくても結構」
 ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーが頷く。
「支持だけされてもな。戦力にはならない」
「勝手に支持して勝手に宣言されても困るというものだ」
「様は我らに勝機ありと見て勝ち馬に乗ろうと言うのだろう。意地汚い叛徒共だ」
「フェザーンよりも達が悪い」
 口々に思いを吐き出す幕僚に混じりキルヒアイスが進言してきた。
「しかしこれを受け入れれば戦争が終結します。所詮自由惑星同盟など辺境の一惑星にしか過ぎません。が無視するには厄介な相手、この際停戦した方が良いのではないですか」
「卿のいう事も一理ある。しかしフェザーンは面白くないのだろう。一緒にこれを贈ってきた」
 オーベルシュタインがディスクをセットすると先程の国会中継、トリューニヒトの演説が映し出される。
「現在帝国内部で起こっているのは我ら祖先の悲願、ゴールデンバウム王朝の滅亡のための革命である。何故彼等は革命を起こしたのか。それは帝国市民が民主主義に目覚めた故だ。
 何故盲目であった帝国人が啓蒙したのか、私は答えを知っている。我らが長い年月独裁者に対し戦い続けた姿勢を見て帝国人は悟ったのだ。民主主義の素晴らしさを。我らの戦いは無駄では無かった。多くの犠牲を払いながら国家のため、民主主義のため、人類の未来のために帝国に戦いを挑み続けてきた成果が今、銀河の彼方帝国で華開こうとしている。市民よ。立ち上がれ。帝国で革命を起こしている我らの同胞を救うのだ。そして共に平和を築こう。帝国市民は民主主義に目覚めようとしている。素晴らしき自由惑星同盟の様な国家を帝国は作ろうとしている。先輩である我らは帝国を導く義務があるのだ」
 終わった時、幕僚には嫌悪と憤怒が噴出していた。
「厚顔無恥で恥知らずな叛徒共め。我らを愚弄するか」
 猪突猛進で知られるビッテンフェルトの怒声を皮切りに怒りが広間を埋め尽くす。
「思いあがった叛徒、我らを同列に考えているぞ」
「同列では無い。自分達が上だとぬかしてきた」
「これはローエングラム候に対する明らかな侮辱である。敬意を払わない同盟国など用は無い」
「否、奴等は危険な存在だ。思いあがった馬鹿共が帝国領に侵略してきた事は歴史上明らかだ」
「先のアスターテが愚策の最たる例だな」
「これで決まった。和平などありえない。奴等は滅ぼすに値する罪を負った」
 温和で名高いメックリンガーですら眦を吊り上げている。
 自由惑星同盟は幕僚が信望するローエングラム候を愚弄したのだ。
 万死に値するといきり立つのは当然だろう。
 だがそこをあえてキルヒアイスが進言してきた。
「自由惑星同盟と帝国が手を結んだら一番困るのはフェザーンでしょう。だからあえてこのディスクを寄越したのです」
「ではキルヒアイス。同盟と和平を結べというのか」
「短慮はお控えくださいと申し上げているのです。確かにこの国家元首を擁する叛徒との同盟は危険だと考えます。ですか今ここで結論を出すのは早計かと存じます」
 ふむ、しばらく考えた後ラインハルトは頷いた。
「キルヒアイスのいう事も尤もだ。だが予は一度受けた屈辱を絶対に忘れない。それだけは覚えておくのだな」
「分かっております。ラインハルト様」
 自由惑星同盟の書状はラインハルトのプライドを傷つけるだけの効果はあったのだ。
 それは長年親友と腹心の部下を務めてきたキルヒアイスにも分かっている。
 幕僚達も同様だ。
 許しはしない。
 だがどういう相手がどういう出方をするか見てからでも結論は遅くない。
「いかがいたしますか。この書状に対する返答は」
「無視しておけ。今はやることが山程ある」
 生き残りの貴族の討伐が先だ。
 それが終わったらその時こそ。
 遠く宇宙に浮かぶ自由惑星同盟を思い描きラインハルトは秀麗な美貌に冷たい微笑を浮かべた。

 帝国暦488年8月
 銀河帝国、ローエングラム候へ書状を送って三ヶ月。
 何の返信も無い事にヨブトリューニヒトは苛立っていた。
 同盟市民に大々的に報じ宣伝して送りつけた書状に何の返答も無いという事は元首の才覚に傷が付く。
 国民も動きの無い事を疑問に思い始めていた。
 本当に和平が行なわれるのか。
 平和は訪れるのか。
 それと別にトリューニヒトの判断に疑問を投げかける論評も出始めてきた。
 帝国との和平などありえない。国家元首は道を誤り帝国に同盟を売ろうとしている。
 表だっては言論規制しているので無いがハイネセンの街角にビラが撒かれることも少なくない。
 憲兵によってそのつど回収し首謀者は逮捕しているがそろそろ人の口に戸は立てられなくなってきた。
 結果を出さなければならない時期にきている。
 フェザーン経由の情報によればローエングラム陣営は貴族連合の最後の砦、ガイエスブルグ要塞を完膚なきまでに陥落させたそうだ。
 勝敗はローエングラム候の勝利で決した。
 この後行なわれるであろう帝国での勝利を祝う式典。
 これに同盟も参加すれば国民も納得するだろう。
 だが帝国からは無視されている。
 このままでは同盟の・・・国家元首の沽券にかかわる。
「さて、どうしたものか」
 トリューニヒトは思案した。
 帝国の一番興味ある人物を使者として差し出せば彼等の態度も変わるのではないかと。
 帝国にとって最重要人物。
 それは同盟にとっても有益な存在で自分にとって目障りだが利用価値のある人間だ。
 トリューニヒトはベイを通じ連絡を取った。
 ヤンウェンリーへと。

「やあ、ヤン小将。よく来てくれたね」
 統合作戦本部の元首室。
 正式な召喚状で無理矢理呼び出されたヤンは無表情にデスクの前で敬礼した。
 トリューニヒト立ち上がり握手をしようとしたが無視され仕方なく椅子に座りなおす。
「何度も連絡を入れたのに会ってくれなくてさびしかったのだよ」
 色を含ませ微笑んだがヤンは無表情のまま切り出した。
「お話は手短にお願いします。外で部下が待っておりますので」
 今回、召喚状に応じるのにヤンは条件をつけた。
 部下の同行である。
 そうでなければ決してトリューニヒトの前に姿を出さないと宣言するヤンにしぶしぶ許可したのだが。
 同行させたのはローゼンリッター隊長ワルター フォン シェーンコップであった。
 筋肉隆々、白兵戦の勇者。
 彼は部屋の隅に控えヤンを守っている。
 トリューニヒトは機嫌を押し隠して笑顔を見せた。
「実は事前に耳に入れておきたい事があってね。明日には軍より正式な辞令が出るだろうが君には今度行なわれる帝国での戦勝式典へ我が国の親善大使として出向いてもらいたい」
 トリューニヒトの言葉にシェーンコップが真っ先に反応した。
「貴様っ何を馬鹿なことをっ閣下をなんだとっ」
 ヤンは首を振ってシェーンコップを制した。
 目で黙っていてくれと合図すると渋々シェーンコップが口を閉ざす。
「部下の教育には気をつけたほうがいい。君の才覚を疑われる」
 トリューニヒトの嫌味をヤンは無視した。
「私は軍人であり政府高官ではありません 任務の範囲を超えております」
 きっぱりとした拒絶である。
「君は英雄だ。様々な任務に対し臨機応変に対応する能力が必要だよ」
「私の任務は軍事行動に限られております。帝国との交渉は政府の勤めです」
 暗に人へ責任を擦り付けるなと言う。
「政府高官ではこの任務は重すぎる。帝国にも軽んじられてしまう。がその点君なら大丈夫だ。ヤンウェンリーと言えばその名は帝国にも広く知れ渡っているだろうからね」
「ならば国家元首が式典に参加すればよろしいのです。作り物の英雄などより余程効果的です」
「私は無理だよ。もし私に何かあれば同盟はどうする」
「あなたが死んでも国は滅びません。代わりの少しはましな政治家が元首になるだけです」
 くっくっくっとトリューニヒトは喉を鳴らして笑った。
「相変わらず辛辣だね、ウェンリー」
「名前を呼ばないでください。吐き気がする」
 トリューニヒトは意味深にシェーンコップへ視線を向けた。
「彼を退室させてくれないか。重要な話がある」
 どうせあの晩の事を盾にして脅すつもりなのだろう。
「お断りします。彼の任務は上司である私の警備にあります」
「ここに危険は無いだろう」
「それは私と彼が判断します」
「ここで話してもいいのかい、彼に聞かれるよ」
「何の話ですか。聞かれて困ることを話そうと言うのですか。国家元首がイゼルローン要塞総司令官を脅迫するとか?」
 ヤンの切り替えしにトリューニヒトは苦虫を潰した様な顔をした。
 デスクに載せた指先をこつこつと叩きながら囁く。
「君がそういう態度だとこちらも出方を考えなければいけない。出来るだけ穏便にすませたいのだが」
「用件のみお願いします」
「用件は先程話しただろう。親善大使として帝国へ出向いてもらいたい」
「イゼルローンはどうするのですか?」
「君の優秀な部下が後を引き受けてくれるよ」
「帝国との和平はまだ終結しておりません。その状態でイゼルローン総司令官が任地を離れる訳にはいきません」
「国家元首が許可するのだ。これは命令だ」
「ではその様にマスコミに報道させてもよろしいのですね」
 もしそんな事になれば市民の批判は一気にトリューニヒトへと集中する。
 国民的英雄を人身御供、人質になど許されはしない。
「君から自主的に名乗り出てもらいたいのだが」
「都合の良い話を作り上げても無駄です。あなたを義務で報じるニュースは多いが私を報じたいと願い出る番組は幾多もありますので」
 つまりトリューニヒトよりもヤンの方が支持されているという事だ。
 これにはトリューニヒトも鼻白んだ。
「英雄と呼ばれいい気になっているんじゃないかな。少しは謙虚になった方がいい。この前のように」
「おっしゃる意味がわかりません。話がこれだけなら退室いたします」
 トリューニヒトとヤンの応酬を背後で見物しながらシェーンコップは疑惑を抱いていた。
 ヤンは普段穏やかな人柄だ。
 戦闘でも滅多に声を荒げないし怒鳴ったりもしない。
 子供っぽいところはあるが部下に対しても丁寧に応対する。
 マスコミには辛辣だがここまで酷くは無い。
 確かにヤンのトリューニヒト嫌いは有名だ。
 だが仮にも国家元首に対してこの態度は不敬罪に処される可能性すらある。
 そしてもう一つ気になる事。
 ヤンは同行するシェーンコップに小型の録音機を携帯させたのだ。
 つまりトリューニヒトとの会話を全て記録しておくという事だ。
 鷹揚で細かいところには拘らない人が何故?
 命令通り黙って見ているがシェーンコップの疑惑は大きく膨らんでいった。
 目の前の2人には何か秘密がある。
 何か・・・何がこの2人の間に起こった?
 何を閣下はされたのだ。
 シェーンコップの嫌な予感は的中した。
「確かウェンリーには養子がいたね、ユリアンミンツ君といったかな。優秀だという話は聞いている」
 一瞬、ヤンの視線が揺れる。
 それをトリューニヒトは見逃さない。
「彼はまだ15歳、思春期の真っ盛りだろう。彼が君の事を知ったら傷つくだろうね」
 トリューニヒトの微笑から腐敗の匂いがする。
「英雄と君を崇めている部下が知ったらどう思うかね」
 そのニュアンスだけでシェーンコップは全てを悟った。
「貴様っ殺してやるっ」
 ローゼンリッター隊長の殺意にトリューニヒトは動揺したが狼狽はしなかった。
 それは立派だと言えるだろう。
 全身から殺気を漂わせブラスターを引き抜こうとしたシェーンコップをヤンが制止する。
「勝手な行動は許さない。命令だ」
「何故です。こいつは屑だっあなたが殺せないというのなら私がやりましょう」
「黙っていてくれないか。話が先に進まない」
 ヤンは淡々と言いトリューニヒトに向き直った。
「あなたがおっしゃりたいのは国家元首がイゼルローン総司令官を暴行したという事ですか」
「暴行とは心外だな。君も楽しんでいたじゃないか。ディスクに残っているよ」
 切り札を持ち出したつもりだったがヤンの態度は予想とは違った。
「私の方にも証拠は残っております。あの日、私は宿舎に帰らず病院に行きました。そして警察にも」
 ビュコックに連絡を取り信頼置ける病院で治療と強姦の証拠を、そしてクブルスキーの元部下である警察官に頼み調書を作成したのだ。
「私の体内に残っていたDNAのデーターは保存してあります。お分かりですね。この意味が」
 ディスクを公表するなら訴えトリューニヒトのDNAと照合すると言っているのだ。
 国家元首は唸りながら睨み付けた。
「あの朝、シャワーも浴びず帰ったのはそのためか」
「危機管理の基本です。軍人として当然の事をしたまでです」
「食えん男だな。君は」
「おほめにあずかり光栄です」
 トリューニヒトは憎々しげに片手を上げた。
「帰りたまえ。これ以上話しても無駄なようだ」
「失礼します」
 ヤンは形式だけの敬礼を返す。
 部屋を退出する時、背後から声が聞こえた。
「しかし君はいかねばならない。君がいかなければこの和平は決裂するのだから」
 返事をせずヤンは扉を閉めた。