「innocent 1」


バーミリオン星域会戦終結後、同盟は銀河帝国に無条件降伏し、帝国の支配下となった。
無条件降伏といっても一部官僚 トリューニヒトなどの安全と財産を保障されたものであり、事実それは官僚が自分の利益のため同盟を売り渡したようなものであった


バーミリオン星域上での戦闘はあきらかに同盟軍 ヤンウエンリーが勝っており、後一歩のところでローエングラム候ラインハルトを屈服させることが出来たのだ

 

だがヤンウエンリーはそれをしなかった
政府からの理不尽な命令に従いその矛先を収めたのだ。
これはローエングラム候にとって何にもまさる屈辱であり、他の幕僚にも勝利を素直に喜べない不快感が残った。


幕僚の一人であるオスカーフォンロイエンタールもその一人であった。


彼は戦友であるミッターマイヤーと共にハイネセンへと侵攻し、征服した立役者である
ヒルデガルドフォンマリーンドルフの知略により、バーミリオンでは無くハイネセンを戦場とした彼らはこの戦争の功労者であるが、ロイエンタールは不服であった。
不服・・・というよりも嫌悪感が先にたって勝利を謳歌できなかった。

「ヤンウエンリーか」
ロイエンタールを不快にさせるのは愚かな同盟軍の行動、ヤンウエンリーが停戦命令により政府の愚考に従ったことであった。
誰が見ても彼は勝利していた
たった1艦隊で帝国軍を翻弄し、幕僚を手玉にとり、彼らの主君であるローエングラム候をも敗北したらめんとした智将は愚かで醜い営利主義者である同盟政府に膝を屈したのだ。
それは戦うものとして許せない行為であった。
「政府が腐敗しきっていることを知っていて、それを正すこともせず安穏と与えられた命令にのみしたがっている」
それが民主主義者という輩なのか
いかにヤンウエンリーが智将であろうともロイエンタールには唯の愚か者にしか思えない
しかし愚鈍なヤンウエンリーに己らが一度も勝てなかったことは事実なのだ

 

ヤンウエンリーが真実 愚将ならばこれほど苛立ちも起こらないだろう
だがヤンウエンリーは恐ろしいまでの才を見せつけ、それでいて愚行をおかす、
他人が喉の奥から手が出るほど欲しい才能を持っていながらそれを生かそうとしない

だからロイエンタールはヤンウエンリーを嫌悪していた
嫌悪、いやその苛立ちは憎悪といってもいいほどに膨れ上がっていることにロイエンタール本人ですら気がついていなかった。

 

続く

「innocent 2」


無条件降伏、つまりは敗北した同盟は銀河帝国の支配下におかれることとなった
高等弁務官 それが銀河帝国から同盟へ配属される新しい統治者の名である。
高等弁務官は同盟を監視し、帝国の利益のために同盟を支配しなければならない。
レジスタンスやテロが起こらないように対応し、帝国への反逆心を服従に変えるだけの能力が必要とされた。
カイザーであるラインハルトフォンローエングラムは幕僚であるオスカーフォンロイエンタールを高等弁務官に任命した。
それは初め、総参謀長であるオーベルシュタインの反対があった。
「ミッターマイヤー ロイエンタール両提督は帝国の実戦部隊を指揮させるべきです。高等弁務官には 他の人間が適当かと存じます」
「例えばレンネンカンプのような者をか?」
カイザーの問いに総参謀長は首を振った。
「レンネンカンプでは荷が重過ぎましょう。彼は軍人思考すぎて柔軟な発想が出来ない、ましてやヤンウエンリーに不名誉な敗北を味わっております」
ロイエンタールは本国で必要な人間だから高等弁務官にするべきではない
レンネンカンプでは任を果たせないだろうから高等弁務官にはむかない
そう反論するオーベルシュタインにカイザーは笑った。
「高等弁務官にはロイエンタールをあてる。実戦部隊はミッターマイヤーの指揮だけで十分役割を果たすであろう」
カイザーの下には多くの優秀な幕僚が揃っている。
右腕であり誰よりも信頼のおける親友キルヒアイスを筆頭にロイエンタール、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト ミュラー 
ヒルデガルドやオーベルシュタインのように実戦に赴かなくとも内部を調整できる文官も多い。
「ロイエンタールの抜けた穴は彼らが補ってくれることだろう」
カイザーの言葉は命令であり絶対であった



礼をして退室したオーベルシュタインに部下のフェルナーが近寄った・
「いかがでしたか?」
「高等弁務官の任にはオスカーフォンロイエンタールをあてるとのことだ」
「それは、適切な配属というべきなのでしょうね」
フェルナーの苦笑する意味を正確に捉えてオーベルシュタインは小さくため息をついた。
「困ったものだ。閣下にも」
高等弁務官は重要な役目ではあるがロイエンタールほどの大物を引っ張り出さずとも事は済んだはずだ。
例えばミュラーでも立派にその任を果たすことはできただろう。
だのにロイエンタールを任じたのは万全の配備を期待したからだ。
万が一にでも帝国への反対勢力が起こった場合、完璧に処理できる人材をカイザーは選んだのだ。
「カイザーはヤンウエンリーにこだわりすぎる」
ヤンウエンリーが同盟にいるからこそ、カイザーは手持ちの駒から一番能力のあるロイエンタールを選んだのだ。
「ヤンウエンリーがまだ帝国に反旗を翻すとカイザーは思っているのでしょうか?」
フェルナーの問いかけにオーベルシュタインは首を振った。
「違う。カイザーが気にかけておられるのはヤンウエンリーを邪魔者として抹殺しようとする連中、もしくはヤンウエンリーを担ぎ出そうとする輩だ」
帝国内部はまだ安定しているとはいいがたい
カイザーになったばかりのラインハルトは国内を平定する仕事が残っている。
「カイザーは帝国内が安定した後、ヤンウエンリーを自分の貴下に加える気でいる」
「それは・・・ヤンウエンリーは断ったと伺っておりますが」
「諦めていないという事だ。あの人材は眠らせておくには惜しいというカイザーの考えには私も賛成だが、今強引にヤンウエンリーを帝国に呼び寄せては支障が出る」
同盟の反発もすさまじいだろうし帝国内にも不満の声があがる。
「帝国がカイザーの下一枚岩となり、同盟が真の帝国属領となった時にこそカイザーはヤンウエンリーを迎え入れるつもりなのだ」
ラインハルトの能力を考えればそれは遠い未来では無いだろう。
「だからそれまでの間ヤンウエンリーに傷が出来るようなことになっては困るのだ」
下手にレジスタンスなどの広告塔になられてはカイザーの計画に支障が出る。
「どうしてカイザーはそこまでヤンウエンリーにこだわるのでしょうか」
フェルナーの問いはもっともだった。
「カイザーは一度もヤンウエンリーに勝っていない」
「それは間違いでしょう。現に同盟は帝国に敗北しました」
「それは戦略面での話しだ、戦術ではカイザーはヤンウエンリーに遅れをとっている」
だからこそこだわるのだ。
彼を自分の指揮下に入れることで、ヤンウエンリーを手に入れることでしかその敗北感は拭い去れない。
オーベルシュタインは再度ため息をつくとフェルナーに言った。
「ロイエンタールが任を全うすることを祈ろう。彼は猛禽だが単なる獣では無い。カリスマ性も兼ね備えている。それが同盟に良い方向で働きかけるのを願うしかない」
オーベルシュタインにしてはあいまいな言を残して彼はその場を立ち去ったのであった。

 

 

 

えー補足  うちのキルヒアイスは死んでいないという設定です
どうしてもキルヒが死ぬのがいやなんです
だからキルヒは銃弾で倒れたけれど奇跡的に助かってしばらく療養していたので戦線には参加していなかったけど帝国でラインハルトの補佐をしているという設定
無理やりでごめん

「innocent 3」


高等弁務官にオスカーフォンロイエンタールが任命されるとなると帝国軍、特に幕僚は驚きを隠せなかった。
同盟軍の統治にはオスカーフォンロイエンタールは大物すぎたからだ。
レンネンカンプあたりでも良かったのではないか?
それが一般的な見方であった。
何故なら今の同盟軍は腑抜けも同然、政府はかろうじて体裁を維持しているが機能していない。
トリューニヒトをはじめとする閣僚が夜逃げ同然に職務を放棄したからだ。
残り物の寄せ集めとしかいいようのない同盟政府など恐れるに足りない。
同盟軍は先の大戦で大敗北をしたため主力戦力のほとんどを失っている。
同盟軍で恐れるのはヤンウエンリーのみ。
しかしヤンウエンリーは戦争終了後退役をしている。
ハリボテの虎となった同盟軍に赴くにはロイエンタールは能力がありすぎる


「オスカーフォンロイエンタール提督は出世競争の先頭へ躍り出た。カイザーラインハルトも認めたのだ」
これが一般的な幕僚の見解であった。
統治したとはいえかつての敵国、その同盟軍にカイザーの名代としてロイエンタールは派遣されることとなったのだ。
これを栄転といわずして何と考えれば良いのか?

しかし別の見方もあった。
「ロイエンタール提督はバーミリオン会戦の際、ミッターマイヤー艦隊と共にハイネセンへ向かうという単独行動に出ている。結果は吉と出たがもし失敗していれば明らかな離反行為であった。カイザーはそういうロイエンタールを疎んじておられる」
それを言うならミッターマイヤーも同じ処置にする筈だと反論すればこう答えが返る。
「ミッターマイヤーは実直な男だ。結婚をして妻もオディーンにいる。ミッターマイヤーが謀反をするとは考えにくい」
それにもしこれが制裁処置としての配属であれば、ミッターマイヤーとロイエンタール、ハイネセンでの功労者2提督を同位置に配備するのは危険であった。
「だからより危険度の高いロイエンタール提督を同盟という宇宙の片隅へ左遷させたのだ。カイザーは」
同盟など併合してしまえば帝国の一領土にしか過ぎなくなる。
今はまだ戦後で同盟への注目度も高いがしばらくすれば皆同盟など気にも留めなくなるだろう。
「カイザーはロイエンタールを同盟に送ることで厄介払いをしようとしている」
うがった物の見方だと笑い飛ばせないしこりが残ったのはやはりこの人事に皆疑問を抱いていたからであろう。



そんな周囲の喧騒を他所に栄転を奢るでもなく左遷だと憤慨するでもなく、黙々とロイエンタールは準備を進めた。
旅立つ前日、戦友であり旧知の友であるミッターマイヤーと飲んだ際、彼は本音を漏らしただけだ。
「つまらん仕事だ。高等弁務官など」
「何を言っている、栄転だろうが。もっと喜ばないといけないぞ、ロイエンタール」
「卿も栄転だと思っているのか?」
「違うというのか」
ミッターマイヤーは眉を潜め傍らの友人を見やる
「今の同盟など誰にでも任務は務まる。それよりは卿と実戦部隊を指揮していたほうがよほどましだ」
同盟にいけば膨大な書類とこびへつらう同盟人に囲まれることとなろう。
しばらく、いや何年も、ひょっとしたらずっとこの先実戦から離れることになる。
それは軍人であるロイエンタールにとって苦痛であった。
「カイザーはお前を見込んで高等弁務官に任命したんだ。職務を全うしろよ」
ロイエンタールは目の前の酒を飲み干した。
「カイザーが気にかけておられるのは同盟ではない。ヤンウエンリーの事だけだ」
「確かに、だからこそ卿を高等弁務官に任じたのだろう」
二人の間に苦い沈黙が走る
「ヤンウエンリーが帝国に対し造反する可能性が0%で無い限り、万全の人員を配置するのは当然だ。カイザーはお前を高等弁務官にしたのはそこだと俺は思う」
ミッターマイヤーの言い分はもっともであった。
「バーミリオン会戦で政府の命令どおりにしか動けなかったヤンウエンリーにそこまでの度量は無いと思うがな」
「しかし0では無い。ヤンウエンリーのこれまでの戦績を考えれば十分にありえることだ」
ロイエンタールは新しくなみなみと注がれたグラスの中身をまたも一気に飲み干すと苦々しげに呟いた。
「ヤンウエンリー。退役してもなお俺達を脅かすとは」
その口調に毒が含まれていたことにミッターマイヤーは気がついていたがとがめなかった。
ロイエンタールを高等弁務官にあてるという人事に不満を持っていたのはミッターマイヤーも同じだったから。

結局その晩は二人飲みあかし、翌日ロイエンタールは艦隊を引き連れハイネセンへと旅立ったのであった。

 

「innocent 4」


同盟首都 ハイネセンは興奮に似た緊張に包まれていた
彼らの新しい支配者 カイザーの名代である高等弁務官が到着するからだ。
空港は軍人と記者 そして野次馬でごった返していた。
軍は物々しい警備をしいて一般人、報道関係をシャットアウトしようとしたが次から次へと溢れ出る民間人に苦慮している。
「報道の自由と権利」を建前にして群がる報道陣 テレビ中継
そして新しい高等弁務官を見ようとうろつく民間人が群れを成している
もちろん本当の意味での民間人は空港に入る事すら出来ない
ここにいる一般人は同盟の富裕階級
政治家や軍関係の権力者 その身内などだ
彼らは誰よりも早く高等弁務官とお目通り願おうと、または野次馬根性でその姿を見ようとして権力を盾に空港に入り込んだのだ。
彼らの目的は唯1つ
新しい支配者に自分を売り込むことだけである
帝国から艦隊が到着すると空港は怒涛の興奮に沸きあがった。

 

「恥知らずな連中だな」
艦隊の窓から群がる同盟人を見てロイエンタールは眉を潜めた。
「まるでお祭り騒ぎですな」
ベルゲングリューンもあきれ返っている
窓下では同盟人が溢れんばかりの歓声を送っている
WELCOME の旗まで見えるのは苦笑を通り越して嘲笑誘う。
「奴等は勘違いしているらしい。高等弁務官を」
同盟人は高等弁務官を和平の象徴とでも思っているのだろうか?
「敗北し、支配下に置かれるという現状を認識していないのか」
ロイエンタールの言葉にベルゲングリューンは頷いた。
「分かってはいるのでしょうが意味を理解していないとしか思えません。いや、理解しているのかもしれません。理解しているからこそ新しい支配者に媚を売ろうとしている」
「帝国貴族よりもたちが悪いな」
「民主主義など所詮はそういうものなのでしょう、閣下」
眼下の同盟人は我先にと身を乗り出している
報道陣はフラッシュをたき続け、テレビは生中継でこの様子を放送している。
「今、帝国軍の方々が艦隊から出てまいりました。先頭にたっているのがロイエンタール提督、新しい高等弁務官でしょうか?後ろに続くのはベルゲングリューン副官だと思われます」
艦隊を降りた帝国軍は同盟の喧騒を完全に無視した。
「ちょっと話しかけずらい様子ですがインタビューしてみたいと思います」
同盟一の美人と名高いキャスターが駆け寄ろうとするが警備兵に止められる。
「我々には報道の自由と権利があります。ロイエンタール提督、ぜひあなたを待っていた同盟人に一言お願いします」
大声で叫ぶキャスターにロイエンタールは冷たい一瞥を与えただけであった。
しかしそれだけで十分である。
金銀妖瞳の美丈夫に視線を向けられただけで知性と美貌を売りにしていたキャスターは頬を染め動くことが出来なくなってしまった
その場にいた他の人間も同様であった。
特に女性は絢爛豪華な帝国軍装と一糸乱れぬ毅然とした隊列、そして新しい支配者であるロイエンタールの美貌に見惚れていた。
生中継で放送を見ている同盟人もそれは同様だったであろう。
ロイエンタールはこの放送で同盟人に強烈なインパクトを与えた。
完全に統率されている帝国軍は同盟のそれとは似ても似つかないストイックさすら感じる
そしてヘテロクロミアの高等弁務官のカリスマ性は画面を通しても嫌と言うほど感じられた。
同盟の政治家で彼に匹敵するほどのカリスマ性を持っているものはいないだろう。
彼と比べればヨブトリューニヒトなどまがい物だったのだと誰でもわかる。
同盟軍でも彼に並ぶものはいるまい。
いや、いた。
たった一人、ヤンウエンリーのみが彼に遜色ない才能を持っていた。
ヤンウエンリーはロイエンタールの主君であるラインハルトフォンローエングラムをも翻弄する能力とカリスマ性を兼ね備えていた。
しかしヤンウエンリーはもういない。
彼は退役し、人前には決して姿を見せない。
ヤンウエンリーはすでに過去の英雄なのだ。
同盟人はロイエンタールを・・・帝国軍を見て痛烈に実感した。
彼らの中で同盟こそが正義、大儀であった時代は終わった。
これからは帝国が同盟の正義であり法律となるのだと。

 

 

続く


「innocent 5」

帝国軍がハイネセンに到着したその晩、同盟政府主催の華麗な歓迎式典が催された。
もちろん出席しているのは一般市民では無い。
金の亡者、権力に執着している富裕層のみである。
その後はお決まりの舞踏会
「帝国軍の皆様には同盟など簡素すぎてつまらないでしょうが」
と言いながらも ハイネセン一のホールを借り切り、集まる人間は全て正装しドレスを身にまとっている。
無理やり帝国に似せようとしているのが哀れすら感じる
高等弁務官の軍事室も同様であった。
印象派の名画が飾られ、簡素だった部屋にオーク材の重厚な家具を運び込み薔薇の花まで飾られている。
帝国本土の貴族主義を見てきたロイエンタールの目にはこの俄作りのハリボテは悪趣味な笑いの種にしかならなかった。
毎晩開かれる歓迎会
擦り寄ってくる政治家や軍人
妙齢の娘がいる家では早速アプローチまでかけてくる。
華美に着飾った、だがドレスが全然板についていない同盟女達に囲まれると吐き気がする。
恥知らずの軍人や政治家が一様に媚を売り、帝国を褒め称え旧同盟を批判するのも聞き飽きた。
現在、同盟軍最高位のビュコック元帥は拘束中。
そして元首であるレベロはストレスと多大な後始末のため精神に疾患を及ぼしている。
だからこそ前の同盟で二流、三流であった政治家や軍人がしのぎを削って擦り寄ってくるのだ。
高等弁務官に気に入られれば今度こそ自分にも権力が与えられると勘違いして。

 


「それにしてもロイエンタール閣下の軍隊は素敵ですわね」
政治家の娘がしなを作りながら話しかける。
先ほどからいくら話題を作ろうとしても一向に話に乗ってこないロイエンタールの気を惹こうと懸命だ。。
「前の同盟軍なんて烏合の衆でしたわ。だらしなくって建前ばっかりで全然かっこよくないの」
女の言葉に周りを取り囲んでいた男女もうなずいた。
「全くですな、あのざまだから帝国軍の皆様に負けたのですよ」
「特に第13艦隊の乱れようは酷かった、あれが軍隊かと嘆きたくなりましたぞ」
「それは指揮官であるヤンウエンリーに問題があったのでしょう」
醜悪な政治家達の言葉の中、ヤンウエンリーの名を聞きロイエンタールは視線を向けた。
興味を惹かれたと勘違いしたのだろう。
話題は一気にヤンウエンリーの事となる。
「閣下はヤンウエンリーと対面したことはお有りですかな?」
「いや」
ロイエンタールは首を横に振る。
「そうでしょうとも、ヤンウエンリーなど閣下がお会いする価値もありません」
「運良く勝利を得ることが出来、同盟では元帥とまでなりましたが軍にも政治にも反抗的な変わり者でしてね」
「我々も彼には業を煮やしていたのですよ」
「たまたま偶然が重なって勝利できただけなのに、しかもその勝利は我々の後押しあってこそなのにそれを分かろうともしなかった男です」
政治家達が声高にヤンの悪口を言う。
周りを取り囲んでいた娘達も一様にうなずいた。
「ヤンウエンリーっていつも大きいサングラスをかけていて顔も分からなかったのよね」
「醜い顔だから見るに耐えなかったのではなくて」
「なんでも同盟軍が指示していたらしいわよ。公の場や報道の際にはサングラス着用を義務付けていたって噂」
「全然軍人らしくない貧弱な男だから軍の威信を保つためにサングラスかけさせていたらしいわ」
「それに比べるとロイエンタール閣下は素敵ですわ」
「ハンサムでいらっしゃるし才能に溢れていらっしゃいますわ」
「閣下のお話をもっと聞きたいですわ。プライベートで」
「あら、ぬけがけはずるくてよ。ねえ閣下、あちらの席に座ってゆっくり帝国のお話をしていただけませんこと?」
女達が色目を送ってくる。
周囲の政治家も卑屈な笑みを浮かべながらロイエンタールの行動を待っている。
今、ここにいるのは政治家の娘達の中でも美貌を誇る女が揃っている。
その中の一人にでも、出来れば自分の娘に手をつけてくれれば地位は保証されたも同然。
だがロイエンタールは冷たい一瞥を与えて断りを入れる。
「失礼、副官に話があるので」
引きとめようとする女達に口元だけで笑みを返すとロイエンタールはその場を立ち去った。



やはり政治家に捕まっていたベルゲングリューンを呼び出しロイエンタールは帰る指示を出した。
「これ以上付き合っていられるか、馬鹿馬鹿しい」
「同感です。まさかこれほど同盟の腐敗が進んでいようとは思いませんでした」
ベルゲングリューンもロイエンタールと同様の目にあっていたらしい。
肩を落とした副官にロイエンタールは皮肉な笑みを浮かべた。
「だが、だからこそ同盟の支配はたやすいものとなる」
「そうですな、民間人は腐敗しきった政治家や軍に嫌気がさしていることでしょう。これならば帝国の属領のほうが良いと考えてもおかしくありません」
「実際メディアも歓待の記事ばかり報道しているからな」
ロイエンタールの言うとおりであった。
高等弁務官のハイネセン到着は生放送で同盟全土に伝えられたが暴動やテロ、ストの類は一切起こらなかった。
歓迎するムードすら流れていたのである。
「こんな輩と戦っていたのかと思うと吐き気がする」
ロイエンタールはそう言い放つと会場を後にする。
ベルゲングリューンをはじめとする帝国軍は上司の判断に賛成であった。



続く

「innocent 6」

「提督 起きてください。朝ですよ」
遠くから声が聞こえる
「ううんっ後5分だけ」
声に抗って毛布の中にもぐりこもうとするが声の主は許してくれない。
「朝食の支度は出来ていますよ。大好きなシロン産の紅茶も入っています」
声は穏やかだが否と言わせない強さを持っている。
しょうがない、しぶしぶと毛布から頭を出すと彼の被保護者が顔を覗かせていた。
「おはようございます。ヤン提督、もう10時ですよ。早く起きて顔を洗ってください」
「まだ10時だよ」
小声で反論するが被保護者には通用しない
「世間ではとっくに10時です。さあ、朝ごはんです」
彼の被保護者は規則正しい生活を目指しているのだ。
「私はもう軍人では無くて、悠々自適な年金生活なのだからもうちょっと寝かせてくれてもいいと思うんだけど」
「そんな事言っていると提督は昼まで寝ているでしょう」
まったくその通りだ。
「そして昼からは昼寝をするんですから、さあ起きて、顔を洗ってパジャマを着替えてください」
この家の一番の権力者であるユリアンにせかされてヤンはしぶしぶ毛布から這い出した。



ハイネセンの一角
元同盟軍元帥ヤンウエンリーの朝はこうして始まる。
身支度を整えてキッチンに顔を出すと良いにおいが漂ってきた。
カリカリベーコン焼きたてのトースト 湯気をたてている目玉焼き 新鮮なサラダ 香り高いシロン産の紅茶
完璧な朝食である。
ヤンは椅子に座るとさっそく紅茶に口を付けた。
「うん、美味しい、ユリアンの入れる紅茶は最高だね」
毎朝のセリフも決まっている
「冷めないうちに食べてましょう、いただきます」
ゆったりとした時間。朝食を食べながらヤンはテレビジョンにスイッチを入れた。

 

{今日のトピックスは帝国のカイザー、ラインハルトフォンローエングラム伯の輝かしい戦歴とその政策を同盟にも分かりやすくご紹介します}
テレビから流れてくる音声にユリアンは顔を向けた。
「最近ほとんどの番組が帝国の事ばかりですね」
画面にはコメンテイター数人がカイザーについて議論を戦わせている。
といっても内容はカイザーを褒め称えるものばかりなのだが。
{カイザーラインハルトの非凡性について}
{彼のなそうとする覇業、その実績と可能性}
辛口の政治評論家と呼ばれる人々は争うようにしてラインハルトを評価している
「他のチャンネルはどうでしょう?」
ユリアンはチャンネルを変える。
{だからぁ、カイザーラインハルトもかっこいいしぃ、ロイエンタール提督もかっこいいしぃ、めっちゃ帝国のファンになっちゃったって感じぃ}
{あたしはロイエンタール提督派。友達もロイ様のファンが多いよ、だってカイザーってかっこいいけど帝国にいるじゃん。ロイ様なら同盟にいてあたし達の事守ってくれるでしょ}
{カイザーの方が素敵よぉ。だってカイザーはカイザーだから宇宙一ってことでしょっカイザーめちゃラブなの}
画面に映るのはグラビアアイドル達
自分達がどれだけ帝国ファンか競い合って議論しているつもりらしい。
ユリアンはまたもチャンネルを変えた。
{本日の高等弁務官 ロイエンタール提督の日程は午前に同盟政府と今後の構想について・・・}
「どのチャンネルも帝国軍一色ですね」
ユリアンのため息にヤンは穏やかな笑みを浮かべた。
「私としては、ヨブトリューニヒトが画面に出てこなくなったから安心してチャンネルを回せるよ」
しかし彼の被保護者は納得いかないようだ。
「でもこれって言論統率、メディアの操作じゃないんですか?」
「まあ一部は意図的に流されたものだろうけれど、民放の・・・ワイドショー的な番組は自発的に帝国の特集を組んでいるんだろう」
さっきのグラビアアイドルの番組のたぐいは 特に。
「ある意味平和な証拠だよ、こんな毒にも薬にもならない番組ばかりなんだから」
ヤンの言葉にユリアンは頷いた。
「目立ったテロもストライキも起きていませんしね」
「・・・・それだけ同盟人が同盟を見限っていたという証でもあるけれどね」
「ビュコック元帥は大丈夫なんでしょうか」
ユリアンは心配そうに質問をした。
「私は今軍から身を引いているから詳しい事は分からないけれど、大丈夫だと思う。カイザーラインハルトは聡明な方だ。今同盟に反発を及ぼすような粛清はしないだろう」
するならまず、私を一番最初に槍玉にあげるさ。
ヤンは紅茶をすすりながらそう答えた。
「そういえば、ヤン提督は帝国軍、高等弁務官が来てから一度も会いに行っていませんね。挨拶ぐらいはしておいたほうがいいんじゃないですか?」
社交辞令にしても、元元帥がこうひきこもっているのは体裁が悪いだろうし相手にも悪印象を与えるのではないか?
ユリアンの言葉にヤンはまたも苦笑した
「私はすでに退役している過去の人間だよ。そんな人間に会って思い出話をするほど高等弁務官は暇じゃないだろうね」
そう言うと食事を終えヤンは席を立った。
「ごちそうさま、美味しかったよ。私はこれから読書をするけどユリアンはどうする?」
「僕は買い物にいって、それからカリンに会ってきます・・・それにしても」
ヤン提督の生活は本当に隠居そのもの
ため息をつくユリアンにヤンはにっこりと微笑んだ。
「ああ、夢の年金生活 やっと手に入ったんだ。これを謳歌して満喫しないでどうするんだい」
ヤンは悩みの欠片も無いという表情で読みかけの歴史書のページを開いた。

 

 

続く

 

ヤン登場の仕方・・・うーんお約束の黄金パターン (ユリアンがねぼすけヤンを起こす)
まあ銀英的様式美というやつです。

「innocent 7」

同盟に駐在する帝国軍はロイエンタール艦隊を中心として3000人を上回る
ハイネセン到着から1ヶ月、規律正しい帝国軍の中 に不満の種が芽生え始めていた。

 

「何故同盟軍の元上級幹部をそのままにしておくのか?」
「尋問なり更迭するなりして戦争責任を明らかにするべきではないか?」
そのような声が上がっている
「政府に関してはその生命と財産を帝国は保障したのだからといって軍人にも同じ処遇を適用するのだろうか?」
「粛清しないにせよ、尋問くらいはあっても良いのではないか?」
下士官を中心としてその声は大きくなっていった。
「大体元軍人はこちらから動きが無いのをいいことに退職して引きこもっている」
「挨拶くらいは当然の義務だろう」
彼らの言い分はこうだ。
新しい支配者、高等弁務官に対して敬意がなさすぎる
過去の遺物だとしても元軍人として、戦争を起こした責任者として面談くらいはするのが儀礼ではないか?
その意見は賛否分かれるところである。
退役した軍人がしゃしゃり出てきてはこれからの支配に影響するかもしれない
しかし退役したからといってまったくの無視というのも感に触る。
「特にヤンウエンリー元帥、退役したからといって隠居生活とは気楽なものだ」
「一度くらいはロイエンタール閣下にお目通りしてもいいだろうに」
「何故ヤンウエンリー元帥はひきこもったままなのか?」
下士官の不満はそれに集中した。

ヤンウエンリーの戦歴は帝国では有名なものだ。
最後の方の会戦では全てがヤンウエンリーによって動かされていたと認識している。
彼らにとって同盟と戦っているというよりもヤンウエンリーの率いる同盟と戦争をしているという意識があったのだ。
だからこそ、政府の要人に寛大な処置が与えられても不満は無かった。
同盟軍人の多くが退役してそのまま野放しというのも許せた。
同盟よりも帝国のほうがヤンウエンリーという人物を評価していたのだ。
それゆえにヤンウエンリーが退役し、普通の軍人と同じように民間人に戻るというのは理不尽に思えた。
ヤンは実質上同盟のトップにいた人物だと帝国は思っている。
退役し隠居しているでは責任放棄にしか見えない。
それを言うなら他の政府要人はどうだ?
彼らはいい。政府要人など腐敗しきっているのだからほって置いてもかまわない
しかしヤンウエンリーは違う
帝国軍人にとってヤンウエンリーはカイザーに唯一勝利を与えなかった男
愚劣な政府要人などと同一視するべき人間では無い
ある意味帝国軍人はヤンを過大評価していたのだろう。
その巨大な戦歴ゆえにヤンウエンリーは単なる軍人ではなく、同盟の要と見られていたのだ。
矮小な軍人や政治家が日夜ロイエンタール閣下のところへ日参しているがヤンウエンリーは来ない。
それがヤンに無視されているようで帝国の下士官には苛立たしかった。

 

 

「innocent8」

「下士官の間から不満が上がっております」
高等弁務官の執務室で副官であるベルゲングリューンから報告を受けたロイエンタールは不快そうに目を細めた。
「何が不満なのだ?」
「旧同盟軍幹部に対する処置について、寛大すぎるのではないかという意見が出ております」
「ビュコック元帥は調査中だが・・・・下士官の指しているのはヤンウエンリーに関してか」
「はい。ヤンウエンリーに関して野放しというのは私個人としても危険ではないかと思っております」
「卿はヤンウエンリーが反帝国運動に准ずるとでも思っているのか?」
「分かりませんが、それだけの器であると思っております」
今、同盟で反帝国を掲げるならばヤンウエンリーを担ぎ出す以外に勝算は無い。
つまりはヤンウエンリーは今でもそれだけ同盟に影響を持っているのだ。
「更迭しなくとも監視はつけるべきだと思います」
このヘテロクロミアの高等弁務官に意見できるのは副官のベルゲングリューンくらいなものであろう。
物怖じしないその言葉にロイエンタールは頷いた。
「確かにな、監視は必要だ しかし相手はかのペテン師だ。どれほど監視をつけようとも彼が我々を欺こうとするならばいともたやすくしてのけるだろう」
監視をしても意味が無い、と言外に含ませる。
「ヤンウエンリーに対しては意味無くとも周囲には効果があります」
未だ帝国の監視下にあるとなればテロリスト、反帝国主義の連中もおいそれとヤンウエンリーには近づけないだろう。
ロイエンタールはしばし思案した後、不適に笑った。
「それよりももっと良い方法がある」
「方法といいますと?」
「ヤンウエンリーに同盟軍の残務処理をさせるのだ。魔術師自ら帝国の復興に尽力をつくすとなれば対外的にもイメージは良いだろうしな」
「反対にテロリストにとってはヤンウエンリーの裏切りとも見えます」
同盟軍人、政治家はこぞって帝国に加担している。
新同盟 帝国の下で作られる新しい同盟に参加することで自分達のイメージアップを図っているのだろうが・・・
傍から見れば誇りを売り飛ばし 帝国に尻尾を振っている愚かな連中にしか見えない。
そんな矮小な輩にヤンウエンリーが加わればどうなるか?
「ヤンウエンリーの名声が地に落ちるのは当然だな」
ロイエンタールの言葉にベルゲングリューンは頷いた。
「しかし彼は隠居の身、退役した軍人だといって公の場にはいっさい顔を出しません。どうやって引きずり出しますか、そこが問題ですな」
「方法はある」
ロイエンタールは一枚の書類を見せる。
「同盟からの密告状だ。これだけでは無い。毎日何通も、何十通も送られてくる」
それはベルゲングリューンも知っていた。
高等弁務官に情報を提供する・・・といった内容で帝国に媚を売る書状が多く届く
自分の利益のためならかつての同胞を売り飛ばすことに微塵の痛みも感じない恥知らずな手紙だ。
手紙の内容はどれもヤンウエンリーの反帝国思想、反逆の意図についてであった。
根拠も無く、でっちあげばかりの手紙はいつもならば即焼却炉行きなのだが。
「この手紙にはメルカッツの生存が記されている」
ベルゲングリューンは息を飲んだ。
旧帝国の名将、同盟へと亡命したメルカッツが?
「その手紙には証拠が記されているのでしょうか?」
ロイエンタールは不適に笑った。
「証拠など無い、しかしこれはヤンウエンリーをおびき出すのに使えると思わないか?」
手紙にはこう記されていた。ヤン元帥がバーミリオン会戦後、メルカッツ逃亡のため軍用艦隊を供与したと
「これは国家資産横領となりますな」
「同盟の一般法を用いれば背任横領罪。反和平活動防止法違反でひっぱるよりも余程信憑性があっていいだろう」
「これを盾にヤンウエンリーに帝国への協力を要請すると」
「そうだ。 もちろん脅迫や命令では意味が無い。ヤンウエンリー かつての同盟元帥が自ら進んで帝国の復興事業に参加することこそ意味があるのだ」
ロイエンタールは冷たく笑いながらベルゲングリューンに指示を出した。



ヤンウエンリーを隠居の場所から引きずり出して来いと。

 

「innocent 9」

昼下がりの午後、ヤンはユリアンの用意してくれたサンドイッチをつまみながらブランデー入りの紅茶を(紅茶入りのブランデー)を楽しみ、うとうと転寝を楽しんでいた。
そんな時である。
来客を示すブザーを音が部屋に響き、至福の時間が中断される。
「誰だ、こんな昼間っから」
ユリアンが帰ってきたのだろうか、と思ったが彼は鍵を持っているからブザーなど鳴らさない。
元帥退職後、ヤンの家には訪問者など皆無に等しかった。
帝国軍から余計な疑いを持たれてはいけないからとヤンは元部下にもこの家の訪問を控えさせていたのだ。
そうなると交友関係の狭いヤンの家には来訪者などほとんどいなくなる。
マスコミや政治家も今は帝国側に張り付いているのでヤンはいたって静かな隠居を満喫していたのだが。
ブザーの音が再度する。
「うるさいなぁ、はいはい、今でます」
ぶつぶつと文句を言いながらヤンは玄関に立ち・・・
ドアを開けて固まってしまった。



「初めてお目にかかります。当官はハンス エドアルド ベルゲングリューン 帝国軍同盟駐留艦隊の副官をしております こちらにいるのはラッツェル大佐」
穏やかな住宅街に突然現れた帝国軍士官にヤンは戸惑いを隠し微笑で答えた。
「こちらこそはじめまして、私は 」
「分かっております、同盟一の智将、ヤンウエンリー元帥であられますね」
「元元帥ですよ、立ち話をなんですから入りませんか、お茶をご用意します」
ヤンは二人を促すとリビングへと案内した。


案内された応接室は綺麗に整理整頓され(ユリアンのおかげなのだが)華美な装飾や家具もなくごく普通の民家だ。
それを好ましく思いながらラッツェルは上官に耳打ちした。
「全然驚いた様子ありませんでしたね、我々の訪問にも」
「さすが魔術師、肝の据わり方が違うということか」
ベルゲングリューンがそう答えたところでヤンがお茶を運んでくる
「粗茶ですが・・・どうぞ」
入れられたお茶はお世辞にも美味しいものとは言えなかったが二人は黙って口に含む。
「それで、ご用件は?」
「実はヤン閣下に統合作戦本部までご同行をお願いに参ったのです」
「それは・・・更迭ということですか?」
ヤンは穏やかに質問した。
「違います。我々は強制したりいたしません。あくまでヤン元帥のご意思でということです」
「元ですよ、ベルゲングリューン提督」
ヤンは自分の入れたまずい紅茶を口にする。
「私は過去の人間です。更迭して戦争責任を問うというのであらば同行いたしますがそれ以外のお話ならば辞退させていただきます」
言外に帝国がヤンの知名度を売り物にするのには協力できないと言っているのだ。
(さすがヤン元帥、我々の企みにもう気がついたのか)
しかしここで帰っては子供の使いだ。
ベルゲングリューンは座を正すとヤンと向かい合った。
「では高等弁務官に直接 そうお話ください。我々はヤン閣下に害を与えるつもりはありません。同行してそのまま更迭などといった卑怯なまねもいたしません」
ベルゲングリューンはヤンを見据える
「唯、旧同盟の元帥であった方が、いや元元帥ですが高等弁務官に一度も面談せず家にこもっているのでは印象は良くないのではないですかな」
「印象といいますと?」
ヤンの穏やかな表情は崩れない
「あらぬ噂を立てるものが多いということです。現に高等弁務官のところには日夜旧同盟を断罪する・・・まあ密告ともいいますが書面が届いております」
一度お会いすればそんな疑惑もすぐ霧散することでしょう。
ベルゲングリューンの言葉にヤンは小さく苦笑した。
「断っても無駄、ということですね。では同行するにして、私は旧同盟の制服を着たほうがいいのでしょうか?」
ヤンの質問にベルゲングリューンの方が苦笑いをした。
「閣下はすでに退役の身、制服では堅苦しいでしょうし目立つことこのうえないでしょう」
「では、着替えてまいります」
ヤンは二人を残しスーツに着替える。
「困ったな、これは」
ヤンは頭を掻きながらため息をついた。
軍人であったころ、 何かあれば軍服で事足りた。
だからろくな背広など用意していなかったのだ。
ヤンは細身なため、会う背広のサイズが無かったとも言う。
しかしシャツにジャケットというのは失礼すぎるだろう。
ヤンはクローゼットの中から一番ましなスーツを引きずり出した。
確かこれは何歳かのバースディに仲間から送られたもの
「ヤン提督の服装センスは壊滅的だから俺達がましな物を選んであげました」
そう言っていたのはアッテンボロー
黒い細身のスーツは華奢なヤンの体にもフィットして着心地は悪くなかった。
ドレッシーな感じが派手すぎて袖を通すことも無かったのだが。
「まあこれなら失礼にはならないだろう」
ヤンは着替えると寝癖を直しながらリビングへ戻った。
「お待たせしました」
苦笑しながら現れたヤンは微塵も軍人には見えなくて二人は少し固まってしまったのだが。


とにかくベルゲングリューンとラッツェルはヤンを連れ出すと その足で統合作戦本部へと車を走らせた。

 

「innocent10」

統合作戦本部、同盟軍の中心 同盟政府の要
その建物は今、帝国軍によって運営されている


車が本部の玄関につくと20名はいる警備兵が敬礼をしてきた
「勤め、ご苦労」
ベルゲングリューンは言葉をかけるとヤンを促す
「さあ閣下、案ずることはありません。今日閣下がここに来られることは私達と高等弁務官しか知りませんので」
ヤンは促されるままに車から降りた。
兵士は軍隊の見本のように規律正しく整列して敬礼している
(確かに同盟軍と比べたら雲泥の差だな)
ヤンは収まりの悪い黒髪をかき回しながら兵士に軽く会釈をすると本部の中に入っていった。


三人の姿が見えなくなると兵士が小声で噂する
「ベルゲングリューン閣下が連れておられたのは誰だ?」
「今日は訪問者の予定は無かったはずだが」
「民間人だろう、どう見ても軍人には見えないし」
「ずいぶん若かったな。まだ20歳そこそこだろう。一体何の用件なのかな」
軽い雑談の種、一時間後には兵士達はもうそのことを思い出しもしなかった

統合作戦本部の廊下を歩きながらヤンは考えていた。
(高等弁務官が私を呼びに来るとしたら目的は二つ考えられる。 同盟の反帝国に対する見せしめか・・・もう1つは元元帥の知名度を利用して帝国への協力を要請するか・・・)
この様子では第二案だろう。
「しかし現在の同盟法、帝国とのバーラード条約にも退役軍人を強制的に任務につけることは出来ない筈)
そんな事は高等弁務官も分かっているのだろう。
分かっていて呼び出すには何か仕掛けを用意してあるに違いない
(仕掛けといえば・・・たぶんあれだよな)
ヤンを公の場に引きずり出すに値する駒はあれ以外にありえない

そこまで考えたときであった。
「閣下、中で高等弁務官がお待ちです」
ベルゲングリューンが最奥の、元同盟元首ヨブトリューニヒトの執政室であった。
コンコンとノックをしてベルゲングリューンが声をかける
「閣下、ヤンウエンリー元帥をお連れしました」
「入れ」
中から声がする。
「どうぞ、閣下」
ベルゲングリューンがうやうやしく扉を開けてくれた。
(元元帥だと言っているのに)
心の中でぶつぶつ言いながらヤンは部屋へ入り一瞬動けなくなった。
目の前にいる高等弁務官から発する威圧感と・・・彼の美貌に目を奪われて声を発することもためらわれたのだ。

 

「innocent11」


一方高等弁務官であるロイエンタールの方はといえば、こちらも一瞬言葉を発することが出来なかった。
「ヤン・・・ウエンリー元帥?」
「元・・・元帥ですが」
ヤンの答えにロイエンタールは目の前の書類と実物を見比べる。
「・・・・写真と・・・・随分印象が違うようだが」
ロイエンタールは何度か見比べて、頭痛を感じたかのように頭を振った。
「はあ・・・それは公式用でして」
ロイエンタールの問いにヤンは恐縮する。
「公式用・・・にしてもこれは・・・」
ロイエンタールが絶句するのも無理は無かった。


軍に残っていたヤンウエンリーに関する書類と報道されたデーター
そこに写っているヤンウエンリーと目の前の人間は同一人物だと言われても容易に納得できるものではなかったのだ。
ヤンは報道されたデーターでは全てサングラスを着用している。
それはいい。ヤンウエンリーのサングラスは有名だったらしいから分かる。
しかし・・・・書類の中の写真は目の前の人間よりも二割は精悍で体格は三割増し
(それでも帝国軍やローゼンリッターに比べたら華奢すぎるほど華奢なのだが)
「私はどうも軍人には見えないらしくて・・・・こんな貧弱だと軍の指揮にもかかわるということでちょっと修正がほどこされているんです」
「修正?」
ロイエンタールは眉尻を上げた。
「ほら、よくあるでしょう。政治家が選挙用ポスターで印象良く見せるためにちょっと修正したり・・・アイドルがバランス良く見せるためにちょっと胸を大きく修正したり・・・・」
このたとえはよくなかったのだろうか。
ロイエンタールの眉間の皺はますます深くなった。
「ちょっと?」
これはもはやそんなレベルでは無いような気がする。
ヤンの写真、顔は輪郭・・・特に顎を大きくいかつく修正して・・・しかも顎が割れている。
確かにこの方が歴戦の勇者らしくはなっているが。
目は反対に小さく・・・鋭くなっている。
体は筋肉を後付修正したために不自然極まりなく胸元などボディビルダーのようなありさまだ。
写真の中の人物ならば同盟軍の英雄。不敗の軍人ヤンウエンリーだと納得が出来るが・・・・
ロイエンタールはもう一度写真から本人に目を向けた。


ヤンウエンリーの本物は恐ろしく軍人らしくなかった。
白兵戦は絶対に無理だろうというくらい華奢な肢体、細い腰をドレッシーなスーツが際立たせている。
ロイエンタールが握り締めたら瞬時に砕けてしまうだろう繊細な手首だ。
そして顔は・・・
(これで本当に30歳なのか?)
アングロサクソン系が多い帝国軍にとって東洋系のヤンは20歳前半にしか見えない。
それもかろうじてだ。
へたしたら未成年といっても通用するのでは無いか?
印象的で大きい瞳が更に年齢不詳に見せている。
黒髪は豊かで・・・収まりが悪いらしく先ほどからヤンはしきりに頭をかいている。
肌理の細かい肌は女性よりもよほど白い
女々しいわけではないが全体的に線が細い。
雄雄しいとはお世辞にもいえないだろう。


 

 

(これがヤンウエンリー?)
当然ロイエンタールが起こす行動は唯1つであった。
「卿が真にヤンウエンリーか確認する必要があるな」
目の前にいる人物を本物と認めるにはあまりにも無理があった。
巧妙に替え玉が用意されていたのではないかと疑っても無理は無いことである。
(しかし替え玉ならもう少しましな人間を選べばいいのに)
「確認ですか。でも私の顔を知っている部下は全員退職してしまっていますし・・・・あ、キャゼルヌ先輩が軍に残っていたんですね、それにビュコック元帥もいらっしゃいました。二人に確認していただければ分かると思います」
どこか能天気な口調でヤンが提案してくる。
「・・・・・」
ロイエンタールは無言で同盟軍本部に連絡を入れた。


目の前にはリアルタイムで映像の出てくるテレビ電話。
キャゼルヌは高等弁務官からの緊急呼び出しに緊張していたが、その画面を見て顎を落とした。
「ヤンッヤンじゃないか、何故そこにいるんだ?」
「先輩、お久しぶりです。元気そうで何より」
「なにがお久しぶりですだ。何故お前が高等弁務官室にいるんだ?まさか更迭されたのか」
キャゼルヌの剣幕にヤンは苦笑を返した。
「その話はのちのち。今は」
ヤンは傍らのロイエンタールをちらりと見て苦笑を深くした。
「卿に確認してもらいたいのだ。このヤンウエンリーは本物か?」
話に割り込むようにしてロイエンタールがキャゼルヌに問いかける。
「本物って?ヤン、お前に偽者なんかいたのか」
「そうじゃないですよ、先輩。ほら、私の公式写真があまりにも猛々しい出来上がりなので本人が見劣りしてしまって」
「・・・・そういう訳か、まあそうだな。お前はちっとも軍人らしく見えないし、軍学校の時もそうだったが元帥になっても変わらないとはまさか俺も思わなかったぞ」
「お世話かけます。先輩」
なにやら話しが長くなりそうな気配である。
「ではこのヤンウエンリーは本人だということだな。それだけ分かれば結構だ」
プツリッロイエンタールは強引に回線を切るとちっとも軍人に見えない英雄に向き直った。

「では改めて自己紹介としよう。私はオスカー フォン ロイエンタール  帝国元帥で現在は高等弁務官の任務についている」
「はじめまして。ヤンウエンリー、元元帥です」
こうして二人の会談は始まったのであった。


続く
しまった、INNOCENTはシリアスなのに・・・・なんかへたれコメディ

 

 

「innocent12」

 

ロイエンタールに進められ、ヤンは腰を下ろすと同時に紅茶が運ばれてきた。
シロン産の極上品だ。
「卿が紅茶好きなのは有名だからな」
「おそれいります」
口に含んだところで高等弁務官は切り出した。
「今日ここに呼んだのは他でも無い、卿に旧同盟軍の解体、並びに再編成を要請する」
ロイエンタールの言葉は要請でも要望でも無く命令口調であった。
冷たい、しかし美しいヘテロクロミアに見据えられる。
しかしヤンは動じなかった。
「私は退役した身分です。今更のこのこ出てきても帝国軍のお役には立てないと思います」
「率直な意見だな」
この時、ロイエンタールは少々驚いていた。
普通、誰でもロイエンタールに対してある威圧感、畏敬、もしくは恐怖とも呼べる感覚を覚えるものだ。
それはロイエンタールのこの金銀妖瞳にあるのかもしれない。
万人に一人しか現れないという遺伝子の変異によるこの瞳は見る者に違和感を感じさせるらしい。
慣れてくればミッターマイヤーのように友ともなれるだろうしベルゲングリューンのように信頼する副官にもなれるだろう。
ラインハルトの様に彼を指揮下に収めるカイザーにも。
しかし初対面は、誰でもロイエンタールのこの瞳と氷のような空気に異質なものを感じ平静ではいられない。
だが目の前の男、ヤンウエンリーは違った。
ロイエンタールの瞳を間近で見ているにも関わらず彼は萎縮した様子も、奇妙な物を見た視線を向けるでも無かった。
自然体のまま、ヤンはロイエンタールの申し出を断る。
それは妙にロイエンタールの気に障った。
「では言い方を変えよう。ヤンウエンリー元元帥に高等弁務官として任ずる」
「バーラード条約に違反しますが」
ヤンの言葉をロイエンタールは鼻で笑った。
「条約か、卿ははじめから条約に違反した疑惑がかかっている。すなわち条約の保護下にはいないということだ」
含みを持った言い方にヤンは静かに問いかけた。
「それはどういうことですか?」
「卿にはメルカッツ提督をバーミリオン会戦後、逃亡のため軍用艦隊を供与したという疑惑がかかっている」
「証拠はあるのですか?」
ヤンはあくまでも動じなかった。
「国家資産横領罪。同盟で言えば背任横領罪。調べるに値する事柄だと思わないか?」
「証拠は無いのですね」
ロイエンタールは皮肉な笑みを見せヤンウエンリーの前で書類をちらつかせた。
「卿の同胞からの密告状だ。同胞の言葉は信用出来ないというのかな?」
ヤンは深く、大きくため息をつくとロイエンタールを見据えた。
黒い、漆黒の瞳が金銀妖瞳と重なる。
「言葉遊びはやめましょう。ロイエンタール閣下。私はその密告状を認めないし証拠にも値しない。差出人の名すら書いていない書類を私は同胞の手によるものとは考えません」
「優等生の答えだな」
冴え冴えと光るヘテロクロミアにもヤンは臆することは無かった。
「私を逮捕し、拘束しても無駄です。証拠は出てこない。そんな事実は無かったのだから。帝国軍には冤罪を計ったという汚名だけが残るでしょう」
「確かに卿は有名人だ。卿を逮捕すればそれだけでマスコミ、反帝国のテロリストが騒ぎ立てるだろう。しかし卿の部下ならどうだ?」
ヤンは息を飲み込み、視線を逸らした。
今まで自分を見据えてきた男がこの台詞に動揺した、という事はロイエンタールを満足させる。
「卿の部下は卿ほど知名度は無い。卿の副官やローゼンリッターでは駄目だな。更迭するなら、もっと知名度の低い人間」
「彼らは何もしりませんよ」
ロイエンタールは凍るような笑みを浮かべる。
「知っているのか知らないのかは問題ではない。第十三艦隊に勤務していたことが、卿の部下であったことが必要なのだ」
「それは脅しですか?」
「そうだ、察しがいいな。さすがは魔術師」
ロイエンタールの言葉は続いた。
「卿は民主主義の具現者だと聞く。ならば卿は自分のために自分の部下が犠牲になるのを良しとはしないだろう」
「それは民主主義ではありません。自己犠牲にしかすぎません」
「言葉遊びはもう止めようか。ヤンウエンリー元帥」
「元元帥です」
「いや、元帥だ。高等弁務官であるこのオスカーフォンロイエンタールが任ずる」
卑怯な・・・という言葉をヤンは飲み込んだ。
たぶんこういう話になるだろうとは想像していた。
だがロイエンタールがここまで徹底して自分を引きずり出そうとは思いもよらなかった。
「結局・・・夢の年金生活もすぐ破綻してしまうんですね」
冗談とも聞こえる言葉を吐くヤンウエンリーにロイエンタールは軽蔑した視線を投げつけた。
「諦めるのだな。それが卿の運命なのだから」

誰よりも才能を持つ人間に世界は安穏の地を与えたりはしないものだと。

 

「innocent 13」


翌日 ヤンウエンリーが同盟軍に元帥として復帰することが正式に通達されると世間の話題はそれ一色となった。

 

「信じられません。ヤン提督をまた利用しようとするなんてっこれじゃあ同盟の頃と変わらないじゃないですか」
そう憤慨したのは彼の被保護者であるユリアンミンツだ。
「怒ることは無いよ、ユリアン。どうせ私はお飾りの元帥なんだから」
ヤンは苦笑しながらユリアンをたしなめた。
「前と違って戦争に出ることも無い。唯座っているだけで給料が入ってくるんだから考えてみるとこれはお得かもしれないよ」
同盟の年金制度が敗北後、大きく変わって(減らされて)ヤン家の経済を圧迫していることを茶化してだったがこの冗談はあまり上手とはいえなかった。

 

「私達も復帰します。ヤン提督を帝国軍の中で一人いさせるわけにはまいりません」
フレデリカをはじめとするヤンイレギュラーズはこぞって軍役に戻ろうとしたがそれはヤンに止められた。
「それこそ敵にも味方にも疑心の種を植え付けることになるよ」
ヤン艦隊が復帰すれば帝国はヤンが反帝国運動を開始するための前準備だとあらぬ疑いを持つだろう。
反帝国主義者はこぞってヤン艦隊を帝国へ擦り寄る裏切り者とののしるだろう。
マスメディアは帝国の配下についたヤン艦隊を同盟軍の崩壊だと報道するだろう。
そして・・・現同盟政府はヤン艦隊が政権を狙っているのだと勘違いするに違いない。
「色々考えるとやはり私一人が復帰したほうがいい。どうせ宣伝用のハリボテなんだから」
ヤンの答えに皆黙るしかなかった。




通達を受けた暫定同盟軍は困惑した。
「何故今更ヤンウエンリーを担ぎ出すんだ?」
「同盟軍の解体は進んでいると言うのに、前の元帥を復帰させるのは流れに逆らっている」
一番憤慨したのはもちろんキャゼルヌである。
彼はヤンウエンリーと旧知の仲であるから知っていたのだ。
「ヤンを担ぎ出すなんて何を考えているんだっ帝国の連中はっ」
その怒り様に同僚や部下は目を剥いた。
「あいつらはヤンの事を何も分かっていない。あいつは戦闘なら成果を挙げるがデスクワークや調整には本当に役立たずなんだっ」
かつての上官に対する言葉とはとても思えない。
「ヤンにそんなことをさせようとすると返ってこんがらがって仕事に支障が出るに決まっている」
前の時は、ヤンは昼寝をしていてキャゼルヌやフレデリカの持ってきた書類に判を押すだけだった。
それで良かったのだ。
ヤンの仕事は調整の成果を挙げるために指示することでは無く、あがってきた結果を判断することだったのだ。
前の部下たちはそこを弁えていたからこそ うまくいっていた。
「しかし帝国軍のお偉いさんがそれを理解するとは思えん」
ぶつぶつ言いながら頭を抱えるキャゼルヌを同僚や部下は慰めの目で見るしかなかった。

 

「innocent 14」


ヤンの部屋は統合作戦本部の一室に用意された。
引退してから住んでいる住居は本部からハイネセン郊外 一時間以上かかる場所にあるため、通うという案は却下されたのだ。
しかしもしヤンの家が歩いて10分のところにあったとしても同じだろう。
軍に復帰したヤンウエンリーは重要人物であり、セキュリティや秘密保持の面からも野放しには出来なかったのだ。
帝国軍の上層部も本部に部屋をもうけてある。
ヤンに与えられたのはロイエンタール元帥の部屋の隣であった。



荷物を片付けながらヤンは大きくため息をついた。
「なんか・・・豪華すぎるんだよね」
帝国軍が滞在するにあたり、部屋の内部は大きく様変わりしていた。
以前は質素とまではいかなくても必要最低限な家具しかなかったのに、
ヤンは部屋の中を見渡した。
「きっと同盟のお偉方がやったんだろうな」
帝国風に飾られた室内、華美でデコラティブな家具や絵画。装飾品
部屋の中にいるとここが同盟であることを忘れそうだ。
本部の中も、高等弁務官の部屋を始めとして帝国調に改築されていた。
「表ばっかり似せても意味ないのに」
それが分からない政府要人や軍関係者は媚を売るためにこんな税金の無駄使いをしている。
しきりにためいきをつきながら座り込んで少ない荷物を整理しているとドアが開いた。
「ヤン元帥はまだ片付けているのか」
少し呆れた声が聞こえヤンは振り向いた。
「ロイエンタール高等弁務官、これは失礼しました」
急いでヤンは立ち上がると慣れない手つきで敬礼を返す。
「何か御用でも?」
「卿の最初の任務を伝えにきた」
「はあ?」
「今晩、同盟政府主催の式典に参加してもらおう」
「・・・・」
さっそく始まった。ヤンは小さくため息をついた
式典などといっても実際は帝国にへつらうためのパーティーにすぎない。
見世物になる気は無い、といっても納得してもらえないだろうし、それ目当てでヤンを復帰させたのは明白だ。
「卿は正装をして参列するように 」
「同盟の礼服で・・・ですか?」
「そうだ、何か問題でも?」
ロイエンタールの冷たいヘテロクロミアがヤンを見据える。
「あれはちょっと・・・・相当私には似合わなくて・・・出来れば普通の軍服で参列したいのですが」
「却下する」
何をわがままいっているんだ、この元帥は
軍人ともあろうものが似合うに会わないで制服を選り好みするとは言語道断
ロイエンタールは苛立ちを滲ませながらヤンに命令した。
「1時間後に迎えに来る、用意をしておくように」



 

一時間後。
部屋に入ったロイエンタールとベルゲングリューンは絶句してしまった。
「・・・・・・卿、その服装は」
「だから似合わないと言ったのに」
ヤンは情けない顔で言い訳をする。
「旧同盟の式典に参加するときは、その・・・いろいろ修正をしていたもので・・・全然私の体に合わないんです」
同盟の白い礼服は全くヤンに似合っていなかった。
否、それ以前にサイズが全然違う。
大きすぎる服を着せられて困っている青年、といった風貌だ。
そう言えば、ロイエンタールとベルゲングリューンは思い出した。
ヤンは公の場、映像などでは過度に修正を加えられていた。
やむおえず人前に立つときはサングラスで顔を隠し・・・服の下は貧弱な体を隠すためにプロテクターやら何やら着けられて、
一応見劣りしない体に修正されていた
足元を見てロイエンタールの眉間の皺は深くなる。
「靴も上げ底なんですよね、歩きにくいったらありゃしない」
ヤンの靴は5センチは高くなっていた。
しばらく沈黙の後、ロイエンタールは副官に命令した。
「こんなちんどんやを連れて行けるか、なんとかしろ」
高等弁務官の命令はもっともであった。



続く
なんかへたれコメディになりがち、でもシリアスなんです(苦笑)

「innocent 15」


急の手配で服のサイズを修正し、なんとか見られる格好になったヤンを伴い式典の会場へと向かうこととなったが・・・
リムジンの中、ロイエンタールはため息を付く。
「これは役に立たないかもしれんな」
上官の言葉にベルゲングリューンは複雑そうな顔をし、ヤンは恐縮しきった表情を見せた。


先ほどとは違い、体にあった服を着ているのでおかしくは無い。
だが、ヤン自身が問題であった。
サイズが合っていても恐ろしく軍服が似合わない。
押し着せられた若者のように、仮装をしている少年のように
まるで軍人らしくないのだ。
ぼさぼさの髪を整え、出てきた顔立ちは繊細な造りをしていた。
漆黒の瞳は男だと思えぬほど大きく潤んでいる。
セットされた髪は柔らかで、触り心地がよさそうだ。
なによりもその体、体の線に合った服は華奢な肢体を強調させるだけであった。
どう見ても歴戦の勇者には見えない。


会場についたロイエンタールとベルゲングリューンは待ち構えていた政治家や女性に取り囲まれた。
「お待ちしておりました。閣下」
「お会いできて光栄ですわ」
まだ着いた直後だというのにお世辞や媚が飛び交う。
その様子にロイエンタールは苦虫をつぶした様な顔をした。
政治家も、女性も、軍人も、誰もロイエンタールの横にいるヤンウエンリーに気がつかない。
気にも留めないと言った方が正しいだろう。
単なる雑魚、一応同盟の制服を着ているが高等弁務官の従卒くらいにしか思われていないことは明らかだった。
だが、女性の一人がヤンに目を向けた。
今までの帝国軍人とは明らかに違う、華奢な青年に彼女は眉を潜めた。
「この人は?同盟の軍服を着ていますが閣下の部下ですの?」
女性の声に嫉妬が混じっていたのは気のせいだろうか。
眉を潜める上官に代わってベルゲングリューンが答えた。
「ヤンウエンリーです。同盟軍元帥の」
その一言は周囲の笑いを誘う。
「まあ、ベルゲングリューン閣下は冗談が上手い」
「今日は仮装の催しでもありましたかな?」
「部下の方に同盟の制服を着せるとは、閣下も存外ジョークに長けていますな」
当然というか、あんまりな反応にロイエンタールとベルゲングリューンは苦笑を返すしかなかった。
ヤンの服装は正式なものであり、階級章も付けていたにも関わらず同盟の連中は誰も気が付かなかった。
「それよりもロイエンタール閣下はヤンウエンリーを元帥に戻したというのは本当ですか?」
「ヤンウエンリーなど矮小な輩ですが。まあ知名度だけはありますから少しは帝国軍の皆様のお役 に立つでしょう」
「我々もぜひ帝国軍のお力になりたいのですが」
「何か御用があればお申し付けください」
厚顔無恥な輩にロイエンタールは疲れすら感じる。
適当に話をあわせた後、ロイエンタールは席を立った。
「後は任せる、ベルゲングリューン」
「お帰りですか?閣下」
「ここにいても益は無いからな。帰るぞ、ヤン」
それだけ言うとロイエンタールはヤンの腕を掴み強引に会場を後にした。

 

残されたベルゲングリューンに女性たちが群がってくる。
「あのロイエンタール閣下の横にいた者は誰ですの?」
「帝国の方とは随分雰囲気が違いますわね」
「あんな軟弱な体で軍人なの?ロイエンタール閣下の従卒?」
彼女達の目に浮かぶのは女性特有のものであった。
あの眉目秀麗なロイエンタール閣下の横にいることを許される青年は自分達女よりも余程華奢で・・・
彼女達に嫉妬を感じさせるほど可憐だったからだ。
「いや、あれは単なる部下でして」
女性達の追及に辟易しながらベルゲングリューンは大きくため息をついた。
(何か別の噂になりそうな気がする・・・・)
こういう時の勘はよくあたるものだ。

とにかくヤンウエンリーを担ぎ出すのは相当の困難が予想されることだけは間違いなかった。

「innocent 16」


当初の計画は大きく変更せざる終えない。
これがこの数日で出したロイエンタールの結論であった。?
同盟政府の思惑によりヤンの公式映像は大きく編集されており、実物を出したところで効果は期待出来ない。
もし本物を公式に出したとしても本物こそが帝国に作られた偽者ではないかと疑惑を招くだけだ。
帝国でもヤンに修正を加えるなど言語道断
それが新たな火種になる可能性もあるから発表は慎重を要した。
それだけではない。
ロイエンタール、高等弁務官を更に苛立たせたのはヤンウエンリーの事務能力であった。
同盟軍の再編、管理の一旦を担わせようとしたのだが。
・・・・・ヤンウエンリーは全く役立たずだったのである。




その日の午後、
ロイエンタールはヤンウエンリーに与えられた執務室へ赴き怒りに震えた。
「ヤンウエンリーっ起きろ、ヤンウエンリー」
執務室の主は不届きにも、書類を顔に載せて居眠りをしていたのだ。
「ヤンウエンリーっ」
ロイエンタールの怒声にヤンはようやく目をしばたかせた。
「あっロイエンタール閣下、失礼いたしました」
慌てて口元をぬぐい(よだれでも垂らしていたのか?)背筋を伸ばす。
「卿は仕事を何だと心得ている?」
目の前の書類に目を向け、それが全く仕上がっていない事にロイエンタールは眉を潜めた。
「すいません、こう、なんと言うか書類を見ていると眠気が襲ってきて・・・」
「卿はふざけているのか?帝国に協力するつもりは無いという意思表示なのか?」
ヤンは収まりつかない髪をかきながら困ったように笑った。
「しかしですね、閣下。私がこれを見ても意味は無いと思うのです。こういう事務仕事は現場の人間が一番把握しておりますし、彼らが処理した方が効率が良い。同盟再編ならば他に適任者がいるでしょう」
「自分がやっても無駄だから居眠りをしていたというのか?」
ロイエンタールの問いにヤンは頬を赤くした。
「いえ、これは・・・なんというか持病でして。書類を見ると睡魔に襲われて・・・・」
なんという怠惰。なんという無能さ。
ロイエンタールは怒りに顔色が無くなるのを自覚した。
震えるこぶしを押さえ、なんとか激情を抑える。
こんな輩がヤンウエンリー、同盟の英雄なのか、
こんな人間に帝国軍は負けたのか。
その事実が無ければロイエンタールは今すぐこの男を更迭していただろう。
「とにかく卿はその書類に全て目を通し、報告書を作成するのだ、これは命令だ」
ロイエンタールはそれだけを言うと部屋を後にした。


これ以上ヤンウエンリーの顔を見ていると本気で殴ってしまいそうだったからだ。



続く


「innocent 17」


ヤンウェンリーが元帥に返り咲いてから一ヶ月が過ぎた。
だが思惑とは別に仕事は遅々として進まず、それが高等弁務官の苛立ちに拍車をかけている。どんな状況下でも平静を崩さない筈の上官の鬱屈にベルゲングリューンは驚きすら感じていた。
今日も、仕事後飲みながらロイエンタールは不満を漏らしている。
「なんなのだ、ヤンウェンリーという男は」
仕事はしない。それどころかちょっとでも目を離すと居眠りをしている。
これが帝国軍兵士ならば懲罰ものだ。
なのに彼は仕事が出来ないことを恥じるそころか薄ら笑いで言い訳をしてくる始末だ。
「あんな男にわが帝国軍は煮え湯を飲まされたのか」
ロイエンタールのこだわりはそこにあった。
帝国軍の人間ならば誰もがヤンウェンリーに対してこだわりがある。
彼らが心酔するカイザーラインハルトを手玉に取った男
帝国軍元帥を翻弄し、たった一艦隊で戦局を覆した同盟の英雄
帝国が誇るイゼルローン要塞を無血で占領し、アムリッツアではビッテンフェルト艦隊を撃破 ランテマリオではシュタインメッツ、レンネンカンプ、ワーレンの艦隊を撃破した魔術師
帝国軍にとって同盟軍とはヤンウェンリーと同義語になってさえいた。
ヤンウェンリー以外は烏合の衆。
彼さえ倒せば同盟恐れるに足りず。
それは帝国軍最高位のカイザーラインハルトの考えであり、幕僚も同様であった。
帝国軍にとってヤンウェンリーは敵であるが尊敬に値する軍師でもあったのだ。
だからこそヤンが政府の要求を聞き入れ停戦した時には憤った。
それだけの器と嘲笑もした。
しかし。どれだけ笑おうともヤンウェンリーを無視することは出来ない。
カイザーはロイエンタールという重鎮をハイネセンを送り込んだ。
ヤンウェンリー一人のためだけに。


送り込まれたロイエンタール本人はヤンウェンリーに対して憎悪にも似た感情を隠し持っていた。
その才能に対する羨望。認めたくないが嫉妬であったのだろう。
愚劣な同盟政府の命令に従うヤンを軽蔑もしていた。
だがヤンの戦歴を評価し、尊敬する気持ちも抱いていたのだ。
その思いはヤンウェンリー本人に会った瞬間に霧散した。
本当にこれがヤンウェンリーかと疑ってしまう程、彼は無能で怠惰な人間
ロイエンタールがもっとも忌み嫌うタイプだったのだ。


苦い思いを噛み締め、ロイエンタールとベルゲングリューンは飲みながら今後について意見を交わした。
同盟について。帝国との調整
話題は尽きることなく、そのせいか深酒をしてしまったようだ。
酒豪のロイエンタールですら軽い酩酊を覚えた。
激務で疲れが溜まっていたのか彼にしてはめずらしく酔っていた。
深夜。ベルゲングリューンと別れると部屋に戻る途中、隣室の様子が気になる程に ・・・

「innocent 18」


ヤンウェンリーは元帥とはいえ危険人物としてマークされている。
部屋の暗証コードはロイエンタールによって管理されていた。
音声も登録されているから深夜の訪問にも問題なく扉が開く。
「ヤンウェンリー、入るぞ」
部屋に一歩踏み入れ、ロイエンタールは眉を潜めた。
あちらこちらに散らばっている書類、本の山
脱ぎ捨てられた衣服
ヤンウェンリーの脳味噌の中には整理整頓という文字は存在しないらしい。
部屋の主は?と耳を澄ますと微かにシャワーの音が聞こえてきた。
酔った勢いで部屋に来てしまったが水音に頭が冷えてくる。
「俺は何を話したかったというのか」
ヤンウェンリーと戦略や戦術について話ながら飲みなおそうとでも思っていたのか。
彼が何を考えているのか知りたくないといったら嘘になる。
あれほど帝国軍を苦しめた人間なのだ。
一度くらいは膝を突き合わせて話をするのも悪くない、と考えてしまったのはやはり酒のせいだろう。
ロイエンタールは自嘲すると足元に散らばっている服をソファに置いた。
歩くのに邪魔な本の山を抱え、机の上にまとめる。
それは単に、部屋の惨状が見苦しかったから。
ただそれだけだったのだが。
机の上の書類に目を留めたのは偶然であったのか。
それを見た瞬間、ロイエンタールの表情が引き締められた。
「・・・・」
無言で書類を手に取り読み進める。
ページをめくる度にロイエンタールの顔は冷たく強張っていった。

 

しばらくしてシャワーの音が止む。
パタパタッという足音と共に髪の毛から水を滴らせガウンを着たヤンが書斎に現れた。
「ロイエンタール閣下?どうしたのです、こんな夜遅くに」
自室に突然現れた高等弁務官の存在に驚きを隠せない
そんな ヤンにロイエンタールは冷たい視線を向ける。
「これはどういうつもりだ?ヤンウェンリー」
机の上に投げ捨てられた書類の束。
見た瞬間、ヤンは冷たく無表情なロイエンタールの怒りの激しさを正確に理解した。

 

短くてごめん 続きます

「innocent 19」


ロイエンタールが投げ出した書類の束
そこに書かれている事は見なくとも知っている。
ヤン自身が作成したものなのだから。


現在の同盟と帝国の状況
同盟にある帝国軍駐留艦隊の存在意義と高等弁務官の責務


書類にはそれが詳細に分析されていた。
それだけでは無い。
今後の可能性についてもしたためられている。

同盟におけるテロの可能性と方法
帝国の基盤と弱点

つまりは帝国とはカイザーラインハルトで成り立っている帝国、ラインハルトが倒れれば直に瓦礫の国へと変貌する危険性を指摘しており、同盟が反逆するとすればまずカイザーラインハルトを表舞台に引きずり出す必要がある
バーミリオンの様な好機は二度と訪れない。
カイザーは遠く離れた帝国領にいて同盟は手出しできない。
だとすればどの様な方法があるか。
書類にはそこまで書かれてあった。
現在の同盟ではカイザーを呼び寄せる力は無い。
だが高等弁務官であるロイエンタールにはある。
彼はそれだけの影響力を持っており、野心もある。
ロイエンタールが同盟で帝国に対し、カイザーに対し反逆を企てたらどうなるか?
高等弁務官では無く新たな支配者となり 同盟領を統治し新同盟 もしくは第二の帝国を建設するとしたら・・・・


別の可能性も書かれている。

ロイエンタールを同盟側に囲い込み、帝国から離反させる
彼ならばヨブトリューニヒトなど比べ物にならない程、指導者としての手腕を発揮できるだろう。
だがそれにはロイエンタールに民主主義を理解させなければならない。
カイザーが大きな失策をしてロイエンタールが帝国を見限れば話は別だろうがラインハルト フォン ローエングラムはそんな失敗は起こさないだろう。


書類はそこまでで終わっていた。

 

 

「これはどういう事だ、ヤンウエンリー」
固い表情でロイエンタールは問い詰める。
「単なる落書きです。意味のあるものでは無い」
ヤンはため息と共に答えた。
「落書き・・・にしては内容が物騒だな 貴官は仕事の書類は一枚も仕上げない癖に綿密な落書きを作る時間はあるようだ」
「その紙束は私個人が暇つぶしで書いたものです、帝国に対して意図があるものでも、ましてやテロを先導するために作った物でもありません」
この点ははっきりしておかなければならない。
ヤンは強い意志を持ってロイエンタールに進言した。
「御気に触ったのなら申し訳ありません。この紙束は処分します」
ロイエンタールは冷たい瞳でヤンを見据えていた。
「俺には落書きだとは到底思えないな、どう見てもこれは旧同盟軍に対する指示書だ」
「誤解です。 私は歴史家になりたいので・・・・・今の状況を自分なりに分析しただけで・・・だからそれは私の頭の中で考えているだけの絵空事なんです」
ヤンが言い募ればそれだけ嘘に聞こえてくる。
馬鹿にされているとさえ思えてくる。
ロイエンタールは怒りのあまり体が震えるのを感じた。
この目の前の男は、会った時から凡庸な振りをして帝国軍を騙してきた。
役立たずのふりをして居眠りをしながら策謀をめぐらしていたのか。
それに気が付かなかった自分達の事をあざけり笑っていたのか。

ヤンウエンリーは昔からそうだった。
我々を翻弄し、騙し、誘い込み、幾多の敗北を帝国軍に味あわせたのだ。
帝国が誇るイゼルローン要塞を無血で占領し、アムリッツアではビッテンフェルト艦隊を撃破 ランテマリオではシュタインメッツ、レンネンカンプ、ワーレンの艦隊を撃破したペテン師
そして今、ロイエンタールさえもその口車で欺こうとしている。

許せない。
何に対して怒りを感じるのかすらも考えられない憤怒にロイエンタールは身をゆだね、行動を起こした。
目の前で無害を装うこの男を引き裂かなければこの怒りと屈辱は収まらない。
ロイエンタールは戸惑うことなく、一瞬の躊躇も無くヤンを引き倒した。



えー・・・・・20からはHになるので地下に潜ります。裏作らなくては・・・



「innocent 20」


ベットの上に組み敷いた奴の体は貧弱だった。
兵士とは思えない程細く、手荒に扱ったら壊れてしまいそうなほど華奢だ。
だが丁重に扱う気は無かった。
ロイエンタールの体の下にあるのは征服すべき相手であり憎むべき敵なのだ。
優しくしてやる必要など無い。


男を抱くという行為は軍隊では日常的に行なわれている。
擬似恋愛とでも言うのだろうか。
生死を分かち合ったからこそ生まれる友情が愛情へと移行するのか、女の絶対数が足りない軍隊ならではの性欲処理なのか、どちらにせよこれまでロイエンタールには興味が無かった。
欲望を処理するだけの女は履いて捨てる程いたし、常に新しい女が擦り寄ってくる。
女は二種類だけだ。
目の色を変えて媚びる女と、高慢なプライドを振りかざしロイエンタールには興味が無いといいつつ誘えば足を開く女。
どちらも大して変わりは無い。
愛情も欲望も無く、単なる捌け口として抱いてきただけ。
だからセックスという行為はロイエンタールにとって、性欲を満足させるだけの行為か、相手に屈辱を与えるための手段でしかない。
今、腕の下にあるのは男だ。
男など抱いた経験は無いがやり方は知っている。
相手にとって一番屈辱を感じる方法、男のプライドを再起不能なまでに傷つけるのにセックスは有効な手段だ。
軍隊ではよくあることだ。
ロイエンタールはヤンを屈服させるためなら男を抱くことに抵抗すら感じなかった。



「なにをっ何をするんですかっ閣下っ」
突然ベットに押し倒されたヤンは一瞬何が起こったのか分からなかったらしい。
覆いかぶさるロイエンタールの体を押しのけようとしてそのまま硬直した。
密着する下半身
そこではすでにロイエンタールの雄が、欲望が鎌首を上げていたのだ。
服越しにも感じる固くなった男の証。
「ひっやっいやだっ閣下っやめてください」
ロイエンタールの意図を知るとヤンは猛烈に抵抗を始めた。
「何をするのかだと?初心な事だ、この状況でそれを聞くとは」
稀代の英雄はこちら方面では随分と無知らしい。
くぐもった笑い声をあげながらロイエンタールはヤンの肌に手を這わした。
そして感嘆の声を上げる。
「白いな、女よりもよほど滑らかな肌をしている」
感心したというより侮蔑の口調であった。
「ここも、小さいが綺麗な形と色をしている」
抵抗したことで乱れたガウンの隙間から見える胸の果実。
ロイエンタールは戸惑うことなく唇を寄せた。
「ひっいやだっ」
怯え体が強張るヤンにロイエンタールは暗い笑みを浮かべた。
「卿はどうやら慣れていないらしいな、これは楽しみだ」
少し触れただけで分かる。
この体はセックスに慣れていない。
初めてかと思うほど緊張し強張って震えている英雄の肢体。
ロイエンタールの奥で欲望に火が灯る。
嗜虐心と征服欲がロイエンタールの性欲を煽り立ててくる


もう止められない。
いや止めるつもりも無い。



ごめんぬるい、まだ続きます

「innocent 21」


ロイエンタールの愛撫は巧妙であった。
伊達に何十人も女を相手にしてきた訳では無い。
性別は違えども人の体を、どこを触れば感じるのかを熟知していた。
「綺麗な肌だ。女とは違う。だが筋肉に覆われた男とも違うな」
暗に見下しながらロイエンタールはヤンの体を撫で回した。
「いやだっやめてください閣下、今なら冗談で済みます」
身を捩るヤンだが、その抵抗はロイエンタールにとって猫がじゃれついているレベルでしか無い。
羞恥のため、ほんのり染まった肌に手を這わせなら性欲が募るのを感じる。
優しくしてやるつもりなどなかった。
強引に挿入して射精してやるつもりであった。
だが、この状態で痛みよりも快楽を感じるほうが何十倍も屈辱であろう。
そう思いつくとロイエンタールは暗い笑いを浮かべた。
「卿は男相手は始めてだろう。心配するな、優しくしてやろう」
言うと同時にロイエンタールの顔が下へと降りてくる。
胸に、腹にキスの様な愛撫を繰り返しながらたどり着いた先。
「ああっいやぁっ」
隠された秘所、男ならば誰でも感じる根を口に含まれヤンは体をのけぞらせた。
ピチャピチャと淫猥な水音が聞こえてくる。
くちゅりっとすすり上げるような音も。
「あんっああっひっ」
経験の無い、幼いとも言っていい根をしゃぶられ、甘噛みし、先端をほじるように舌でつつかれる。
「やあぁっあっああっ」
ヤンの短いくぐもった悲鳴。だがその中に快楽がにじみ出ているのをロイエンタールは聞き漏らさなかった。
男のいちもつなど口に出来るとは考えてもいなかったが、いざこういう局面に遭遇すると大して嫌悪感も抱かない。
それよりもとりすました顔をしているペテン師が悦楽に染まっていく方が楽しかった。
「男相手は始めてのようだが女ともセックスしたことが無いのではないか?卿のここは全然使い込まれていないようだ」
揶揄る言葉を吐きながらロイエンタールの舌はヤンに絡みつき、片方の手は足を掴み大きく広げさせ、もう片方の手は陰で震えている陰嚢を揉みしだいた。
「ここを吸われながら、いじられると気持ちいいだろう。腰が揺れているぞ」
無意識に腰を動かしていた事を指摘され、ヤンは羞恥で全身を染めた。
その恥じらいこそがロイエンタールをそそる事にも気が付かず。
「夜は長い。楽しませてもらおうか」
ロイエンタールは低く囁きかけると思い切りヤンの果実を吸い上げた。




ごめん、なんかへたれポエムえろ・・・・

「innocent 22」


組み伏せられ、体を撫で回されていてもまだ、ヤンには状況が理解出来ていなかった。
否、男が男を強姦する、セックスするという行為自体は知っている。
軍隊では時々、または日常的に行なわれている。
懲罰か、見せしめか集団リンチか・・・・・たまには愛のために
だが今の状況はどれにも当てはまらない。
ロイエンタールはヤンを貶めようとしているが、このやり方は彼に似合わない。
彼は今この国でもっとも権力を握っている存在であるのだから、ヤンを罰したいのならば他にいくらでも方法はあるはずだ。
こんな下種な方法はオスカーフォンロイエンタールにはふさわしくなかった。
当然そこに愛などというものは無い。
ヤンは自分の容姿が目立たなく人を魅了するものでは無いと思っている。
間違ってもロイエンタールの様な美丈夫を惑わすような色香は持っていない筈だ。

 

なのに、ロイエンタールの手は的確に労わりすら感じる繊細さを持ってヤンから快楽を引き出していく。


混乱する思考をあざ笑うかのようにロイエンタールはヤンの隠された官能を引きずり出すのだ。
「あっああっいやだっ」
淫猥な指先に、舌に、唇にヤンは翻弄される、
「そこはっああっ」
誰も触れたことの無い、自分ですら触ることの無い蕾に唇を寄せられヤンは震えた。
「卿はここで俺を受け入れるのだ、念入りにほぐしてやろう」
いやらしい台詞と共に何かが入り込んでくる。
ぬめぬめとしたその感触がロイエンタールの舌だと分かるとヤンは悲鳴を上げる。
「いやぁっあっああぁっ」
だがその声は悲鳴とも嬌声とも区別つかない色香を漂わせていた。



短い・・・・ごめん

 

「innocent 23」


「あっああぁっもうっいやぁ」
喘がされ、乱れさせられてヤンの抵抗が弱まった頃合を見計らってロイエンタールは前を寛げた。
「十分に濡れているな。これならば入れても大丈夫だろう」
ロイエンタールの唾液とヤンから滴り落ちる先走りの蜜でほぐれた蕾。
そこを狙ってロイエンタールは腰を進めてきた。
「ひいぃっ痛いっああぁ」
抵抗しようにも体が動かない。
ぐいぐいと押し付けるように剛直が体の奥に入り込んでくる。
裂けるっ体の奥から二つに引き裂かれてしまう様な痛みにヤンは仰け反った。
背後から獣の様に腰を動かしてくる男。
これがあのロイエンタールなのか?
痛みと混乱で思考が朦朧とする。
これは夢だ。こんな事は現実にありえない。
「全部入ったぞ。男など初めてだが卿の中はなかなか良い」
だが声が聞こえる。
背後から覆いかぶさるように囁かれる声がこれが現実だということを伝えてくる。
「卿の中も俺を締め付けてくるぞ。本当に初めてなのか?」
あざ笑うような声と共に腰を捕まれ揺さぶられる。
「ああぁっいたいっいやぁ」
痛い、辛い、苦しい以外もう何も考えられない。
自分はこのまま死んでしまうのだろうか。
死んだら自分は地獄行きだろう。
たくさんの人を殺したのだから。
「ああぁ、もうやめて、死んでしまう」
ヤンの掠れた悲鳴を聞きながらロイエンタールは低い笑い声を上げた。
「死にはしない。それよりも天国へ連れて行ってやろう」
言葉と同時に激しく腰を出し入れされる。
同時に前へ手を這わし、萎えたヤンの果実をしごきたてた。
「気持ちいいだろう、ヤンウエンリー 後ろを犯されながら前を弄られて良いのだろう。腰が揺れているぞ」
あくまでもヤンを貶めるためにロイエンタールは睦言を囁く。
「卿の中はとてもいい。男は女よりも具合が良いというのは本当だな」
ロイエンタールの剛直が激しさを増す。
同時に前を扱き立てられ、先端を弄り回されヤンは悲鳴を上げて達した。
少し間を置いて背後の男が胴奮いをして果てる。
蕾の奥に感じる熱い液体
違和感のあまりヤンは鳥肌を立てて流れ落ちる感覚に耐える。



それはロイエンタールがヤンを犯した証であった。