「束縛」

同盟降伏の後、ヤンウエンリーの身柄は帝国で預かることとなった。
それはカイザーラインハルトが同盟に要求した盟約である。
親善大使などという役職がヤンに与えられたがその意味が呈のいい人質、人身御供、同盟からすれば厄介払いであったことは言うまでもない
ヤンは停戦するとその足で帝国へ赴くこととなり、敗北した同盟の土を踏むことも、仲間に別れを告げることも叶わなかった。
 
 「あれがヤンウエンリーか」
人々のざわめきが聞こえてくる。
「えらく細いな、軍人のくせに」
「遠くて良く見えないが、カイザーの横にいるのだから間違いないだろう」
「そうだな、カイザーが傍らから決して離さない、また傍にいるのを許されているのはヤンウエンリーだけだから」
風に乗って聞こえてくる口さがない噂にヤンはそっと俯いた。

ここは帝国本土。
今この豪奢な広間でラインハルトはカイザーとして王冠を授けられる。
実質上はすでに全世界の覇者であるラインハルト フォン ローエングラム
遅すぎる証明を今カイザーは受けようとしている。
ヤンは傍らのラインハルトに目を向けた。
美麗なカイザーが美しいだけの男でないことは自分が一番良く知っている。
戦闘では誰よりも勇敢な兵士であり指揮官
戦術では老練の専門家も舌を巻くほどの権謀を発揮する。
そして誰よりも優れている、彼にしか無い資質
人を惹きつけ、虜にするカリスマ性
それが眩し過ぎる・・・ヤンはそっと俯き視線を逸らそうとした時、ラインハルトの指がヤンの顎を掴んだ。
「卿は見届けるのだ、目を逸らすことは許さない」

俺がカイザーになるこの瞬間を
ラインハルトは掴んだ顎を愛しげに撫で、名残惜しげに指を離す。
それは周囲に密かなざわめきを呼んだ。
公衆の面前で、配下の前でラインハルトはよくこういう触れ方をする。
気にしていないのか、それとも牽制しているのか。
ヤンウエンリーは自分の物だと周囲に知らしめるかのように
カイザーとヤンのいる台座から下。
赤い絨毯の脇に整列している幕僚に見せ付けるかのように。
かつて共に戦った帝国元帥とラインハルトは立っている場所が違う。
以前は部下と上官であったがそれは帝国軍という枠組みの中であった。
今、ラインハルトはカイザー 天上人となろうとしている
部下であった元帥とは地位が、重みが、世界が隔てられる。
それが皇帝となるものの勤めであり宿命であった。
宿命の連れ合いにラインハルトは ヤンを選んだ。
 
その事実を見せ付けるようにラインハルトはヤンウエンリーを傍らに置いた。
ヤンは皇帝の所有物 だと周囲に知らしめるのであった。
 祝典の後は豪奢なパーティーが開かれる。
 しかしヤンはそれに出席することを許されなかった。
 皇帝がそれを許さないのだ。
「ヤンウェンリーは余の物だ。誰にも見せない。誰にも触らせない」
 公式の場以外でヤンが人目につくことを良しとしなかった。
 だからと言って主賓がパーティーを欠席するわけにもいかない。
 ヤンは部屋に連れ戻され、そこで皇帝の帰りを待つこととなった。


新無憂宮の一角
ラインハルトが住まう建物がある。
歴代の皇帝が見ればさぞ質素な小屋だと嘲笑うだろう。
皇帝就任後に建てられたそれは豪奢でも無く利便性を追求した簡素な造りであった。
皇帝が使用する応接室と書斎、寝室、リビング、キッチン、
 そしてもう一つ、
ヤンウェンリーの部屋が用意されている。
 帝国に連れてこられてから公式の場以外、ヤンはここを出ることを許されない。
 出来ることなら帝国の現状を見て回りたいというヤンの希望は叶えられなかった。
 それもしかたないことだ、とヤンも納得する。
 いくらラインハルトによって新帝国として生まれ変わってもまだ政局は安定していない。
そんな場所にかつての敵、ヤンウェンリーがのこのこ歩き回るわけにもいかないのだろう。
 そのかわり、補うかのごとくヤンには書物が与えられた。
ヤンの好む歴史書や発禁となった書物。
 帝国の歴史そのままに膨大な資料を読んでいくだけで時間は過ぎていく。
 式典の後、部屋に戻ったヤンは読みかけの歴史書を片手に紅茶のカップとブランデーを用意した。
 空調の効いた部屋でぬくぬくと紅茶入りブランデーを飲んでいると実感してくる。
「・・・・幸せだな」
 ヤンは人知れず呟いた。
「全て、願っていた通りになった」
 同盟は自治権を任されているとはいえ帝国の属領も同然。
 仲間とは引き離され戦犯同様の状態で帝国へ連れてこられた。
 そして皇帝によって拉致監禁まがいの扱いを受けている。
それでもヤンは呟かずにはいられなかった。
 自分は幸せなのだと。
 願いは適ったのだと。

 ヤンウェンリー 31歳になるこの男は見た目20歳そこそこの若造にしか見えない。
 だが知る人は知る。
彼こそ同盟が誇る英雄。
ミラクルヤン、ヤンザマジシャンと呼ばれ帝国軍を翻弄した戦争の立役者であることを。
 しかし彼は初めから英雄であったのではない、
 ましてや同盟に忠誠を誓う愛国者であったのでもない。
 ヤンウェンリーは歴史家を夢見る平凡な子供であった。
それが激変したのが商人であった父親の死。
残された財産は無く、ヤンは路頭に迷うこととなり、タダで歴史を学べる士官学校へ入学したのだ。
「あれが最初の間違いだった」
 落第点すれすれのヤンはどうにか士官学校を卒業したのだが、前途には軍人という暗い未来が待っているだけであった。
 まあ数年勤めて年金を貰えるようになったらとっとと止めてやろう。
 そう楽観視していたのだが、事態はヤンに優しくなかった。
ヤンは最前線に回され、アスターテで出会ってしまったのだ。
将来皇帝になるラインハルトと。
アスターテ会戦。有利であった筈の同盟軍はラインハルトの策により壊滅寸前まで追い込まれてしまった。
敗因は従来の戦術に拘った同盟軍の無能さとラインハルトの柔軟で聡明な作戦によるものであった。
敵でありながらその手腕は見事であった。
ヤンは同盟軍一艦隊の幕僚の末席に名を連ねていたが、ラインハルトの攻撃に胸が震える思いを感じた。
彼はヤンが・・もし自分が帝国軍ならばこう反撃する・・と考えていた方法と全く同じ手段を用いて見事同盟軍を撃破したのだ。
 あまりにも見事すぎてヤンは敵に共感すら覚えた。
 同盟軍は数の上で圧倒していたにも関わらずラインハルトの前で無様にも逃げ惑い絶滅寸前まで追いやられた。
その時、ヤンに指揮権が回ってきたのは偶然であり、もしヤンが指揮を取っていなければアスターテの同盟軍は壊滅していただろう。
 ラインハルトの策にヤンは奇策を持って征した。
 消耗戦に持ち込んだヤンにラインハルトは何を感じただろうか。
 両陣形は秩序を保ったまま後退を始めた。
 帝国は勝利したが勝ちすぎず、同盟は敗北したが負けすぎなかった。
 その時、帝国から一通の電文が届いた。

貴官の勇戦に敬意を表する
再戦の日まで壮健なれ。

ヤンは返信をしなかったがその電文は心の隅に刻まれた。
ラインハルトフォンローエングラム、
今はまだ帝国の一上級大将でしかない。
だが彼はひょっとしたらヤンが切望した存在かもしれない。
才能の片鱗を見てヤンは密かに期待をした。
誰にも言えない事だが、ヤンはラインハルトの出現を切望し、また確信していたのだ。
その頃、帝国でも同盟でもフェザーンでも誰一人想像さえしなかった新たなる英雄の出現。
ゴールデンバウム王朝を倒し代わって玉座に座る新皇帝の存在を。


 ヤンは歴史家になりたかったが軍人になってしまった。
それは本人にとっては不幸であったが同盟にとっては幸運であったのだろう。
ヤンのおかげで同盟は惨敗を免れ続けたのだから。
だが稀代の智将であるヤン本人は出世と名誉を喜んでいなかった。
疎んじてすらいた。
歴史家志望のヤンはどうしても軍人としての視点を持つことが出来なかったのだ。
時代と言う大海の中で個人の才能などはちっぽけな物だとヤンは考えている。
どれだけヤンが戦術面で勝利を収めても戦局は・・・大局面は変わらない。
 所詮は小手先の技でしかない。
それはヤンの政治感にも現れていた。
ヤンが君主主義よりも民主主義を選ぶのは皇帝個人の才能に依存する政治体制よりも集団、人民によって成される社会の方がマシだと思っている。
例えそれがどちらも同じ、腐敗しきっていたとしても個人の限られた才能に運命を任せるよりは有意義だろう、と確信していた。
 反政府主義とも捉えられかねない思想を隠し持っていたヤンだが一つだけ、これらに当てはまらない可能性があることを知っている。
人が聞いたら夢物語だと笑うだろう。
御伽噺だと一蹴されるその考えをヤンは真剣に考えていた。
ヤンの想定する予想外の存在、それは

英雄の出現

であった。あまりにも陳腐な、ロマンチストな、非現実的な存在。
英雄などというものは権力者が良い様に作り出した代物でしかありえないと人は嘲笑するだろう。
 だが、歴史家志望のヤンはその可能性を捨てることは出来なかった。
 確かに個人の才能には限界がある。
 人が一人の力でドラスティックな政治改革を行なえるとは思えない。
 しかし、歴史上英雄の存在は記されている。
 ユリウスカエサル、チンギスハン、ナポレオンボナパルト・・・数え上げれば切が無い。
 学のある者ならば言うだろう。
 それは古代、遥か昔の事。
 人類が発展途上で成熟していなかったからこそありえたことであり、宇宙時代の現在では個人の資質に全てを委ねることはありえない。と
 だがヤンは心の中でこう反論する。
宇宙に出たからといって人間の本質は変わっていない。
現にルドルフフォンゴールデンバウムは自身を英雄、神格化し帝国を築いた。
同盟では悪辣な支配者とされているルドルフも帝国ではいまだに英雄扱いだ。
 しかしヤンが言いたいのはそういう事では無い。
 ヤンが求めている英雄は時代の改革者でありカリスマなのだ。
一個人の資質に頼るべきでは無いといいながら、英雄の出現を待ちわびるのは矛盾に満ちている。
 だがそれらはヤンの中では一つの事柄として纏まっていた。
 ヤンは英雄を切望していたが、英雄個人に対して莫大な期待を持ってはいなかったからだ。
 英雄という物は才能も大切だがもっと大切なものがある。
それを求める基盤、カリスマの出現を乞う世情、社会への不信感、政治への不満、現社会に対する完全なる否定。
土壌があり花は開く、大樹は育つ。
もし平和な時代であったら才能溢れる英雄であったとしても平凡な一生を終えるであろう。
 歴史には記されていないがそうした英雄予備軍も大勢いたに違いない。
 つまりヤンが考えているのは英雄などというのはそこいらに転がっている秀才だということだ。
 それが時代のニーズに答え 改革を行なった時英雄と呼ばれる存在になる。
 反対にもしルドルフが平和な時代に生まれたとしたら悪政を強いたりせず普通の軍人で終わっていただろう。
 ヒトラーも単なる画家で終わっていたかもしれない。
民衆が現社会に愛想を尽かし変革を求める時、実力と、多少の運を持った者が日の目を見る。
 もちろんこれには英雄の資質も大きく影響するだろう。
私利私欲に走ってしまったら第二のルドルフになり、体制は移行しても内情は変わらずに終わるのだから。
 とにかくヤンは闇雲に英雄を神聖視している訳では無かった。
 妄想で出現を待ちわびているのでもなかった。
 帝国では腐敗が芯まで行き届いており、社会は窒息状態である。
 同盟も同じ状態なのだが、君主主義という点で帝国の悲嘆は膨張し破裂寸前のありさまだ。
長きに渡る戦争が破綻の足取りを速めている。
 基盤は揃った。
 後は英雄の出現を待つだけだ。
 それが今すぐなのか、10年後なのか、50年後なのか分からない。
 ヤンは切望した。
 自分が生きているうちに英雄が現れることを。
 何時か現れることは分かっていても今現れてくれないと意味が無い。
 これはヤンの身勝手な希望なのだが出来ることなら自分が存命中に現れドラスティックな改革を行なって欲しい。
 そうすればヤンは引退し、年金を貰いながらその英雄を端から眺め、彼に対する歴史書を書けるだろう。
 自分勝手な本音を冗談に包んで隠し持っていたヤンなのだが、祈りが天に届いたのか単なる偶然なのか帝国に英雄が出現したのだ。

ラインハルトフォンローエングラム

アスターテ会戦から一年のうちに帝国はドラスティックどころではない改革が始まった。
 停滞していた時代を取り戻すかのごとく恐ろしいスピードで帝国の政治、経済、通念が改革されていく。
宇宙の片隅、同盟でヤンはその報告を聞く度に胸を高鳴らせた。
一度も会ったことが無い、アスターテの時電文を貰っただけの相手。
 だがヤンはラインハルトの事を信じた。
彼こそが帝国を、同盟をも作り変える改革者なのだと信じた。
 根拠も無くそう思えたのはラインハルトの思想、戦略 戦術全てがヤンの考えと酷似していたから。
遠い銀河の果てにいるとは思えない程相手の動きが分かる。
多分、ヤンとラインハルトの共通点は従来の価値観に囚われない柔軟な思想にあったのだろう。
 銀河帝国は神聖であり不可侵な聖域である。
この主張をラインハルトは真っ向から否定した。
 自由惑星同盟は自由 自主 自立 自尊を掲げる民主主義国家である
 その大前提がすでに崩れ去っていることをヤンは見切っていた。
 既存の政治体制、地位や名誉に価値を見出せなかった。
 これだけなら多くの人間が考えていただろう。
 ヤンとラインハルトの共通点は、それらに価値を見出せず嘆くばかりでなくその先、帝国と同盟が破綻した先の事を読んでいたところである。
 ヤンは同盟軍の元帥であり最高位の軍人であったが、心の中では不埒な事を考えていた。

出来ることならラインハルトフォンローエングラムが帝国だけでなく同盟も改革してくれないだろうか。そうしたら私は楽ですむ、

愛国者が聞いたら噴飯ものの主張だがヤンは本気であった。
ラインハルトが帝国を改革し、新皇帝になるのは遠くない未来だ。
 彼が皇帝となった時、同盟は意味を成さなくなる。
そもそも同盟とはゴールデンバウム王朝の圧政に対抗した組織だからだ。
 ゴールデンバウム王朝からローエングラム王朝へ変われば帝国と同盟が戦う理由が無くなる。
 ヤンが一番懸念するのはそこであった。
 戦う理由が無くなったからはいそれまで、と言って戦争を止められる程同盟は柔軟では無い。
 正確に言うと今まで戦争の甘い汁を吸ってきた寄生虫が黙っている訳が無い。
 彼らはこう主張するだろう。
 君主主義の圧政に苦しむ帝国人民を解放するために、民主主義の理念のために戦争を続ける。
 本末転倒だ。
ゴールデンバウムを倒すのが同盟の意義であり、ローエングラムの目的であった。
 本来ならば味方である筈なのに敵として戦い、ゴールデンバウムが倒れた後は味方同士戦う。
 しかも理由が民主主義のため。
 最低な構図だが、ヤンは同盟政府がそこまで腐敗仕切っていることを知っていた。
 もし同盟が新王朝に戦いを仕掛ければ、これ幸いとばかりに潰されるだろう。
 ラインハルトにとって同盟が残ろうが残るまいがどうでもいい話なのだ。
 同盟が和平を望むなら自治権を与え、共存すする道を選んでくれるかもしれない。
 しかし刃を向けるのなら容赦はしない。
 もともと長い戦争で帝国も同盟も疲弊しきっている。
 この戦争には結末をつけなければならないのだ。
 新帝国にとって同盟など地方の一領土にしか過ぎない。
しかし一領土であっても野放しにするには大きすぎる存在だ。
 敵となるか味方となるか、それは同盟政府の胸一存で決まってしまう。
 また戦いとなれば確実に同盟は負けるだろう。
 ではどうすればいいのか?
 帝国が無視出来ない程の力を持っている時点で和平をすればいい。
 宇宙が一つの政治形態でなければならない、などという夢物語はラインハルトも信じていないだろう。
 今の同盟政府にはその理屈は通用しない。
 ハイネセンは私欲に凝り固まった政治家の温床と化している。
 帝国同様にドラスティックな改革が必要だ。
 同盟内部で不可能ならば帝国にやってもらうしかない。
「結局は英雄の実力次第か」
 それで同盟が潰れるのならば民主主義も大したものでなかったということだろう。
だが自分は同盟のために戦うしかない。
 帝国に亡命するにはあまりにも多くのしがらみがありすぎる。
 同盟でしか生きられないのなら、その末路が悲惨にならないように努力するしかないのだ。
 同盟の未来は民衆が決めなければならない。
たとえどれだけ腐敗していても、民衆が選んだ政治家なのだから従わなければならない。
それが民主主義の思想なのだ。
もし、ヤンがもっと理想主義で行動的であれば己が政権を握っていただろう。
しかしそれは軍事政権であり、帝国と変わらなくなってしまう。
民主主義として形を残すにはどれだけ今の同盟に嫌悪を感じても従わなければいけないのだ。
たとえそれにより同盟が滅んだとしても。


その後、ヤンの戦功は素晴らしかった。
 皮肉な事は、それによりヤンは同盟の英雄に祭り上げられ広告塔に利用されたことだ。
帝国はラインハルトが新帝国を築き、同盟はヤンが懸念したとおりローエングラム王朝と敵対した。
最悪な事にゴールデンバウム王朝を、幼帝を保護する名目で・・・

バーミリオンで同盟は完敗した。
最後まで抵抗し、一時は皇帝の喉下に刃を突きつけりことに成功したヤン艦隊は、利己主義な同盟政府の停戦命令に従った。
従わざる終えなかった。
「所詮この程度なのか、同盟は」
バーミリオンでヤンは見切りをつけた。
悲しいことだが、もう同盟は己の力で浄化することが出来ない。
帝国の関与がなければ民主主義どころか国家として立っていることすら出来ない。
どれだけ悲嘆してもそれを選んだのは民衆であり自分自身なのだ。
国家が、思想が永遠なのだというロマンチシズムは幻想なのだ。


そしてヤンはそのまま敗戦の将として帝国に連れてこられた。
今、ヤンはカイザーの下にいる。
間近で、その一挙一動を観察することが出来る。
同盟は破れ、公人としてのヤンの願いは適わなかったが個人の夢は叶った。

英雄の傍でその生涯を見届けたいというささやかな夢が。

何故かラインハルトはヤンに固執している。
彼は生涯自分を離しはしないだろう。
うぬぼれで無く確信している。
ラインハルトの瞳が、気配がそう伝えてくる。
全身でヤンを欲しているのを感じると酩酊すら覚えてしまう。
ヤンもラインハルトに捕らわれているのだ。
あの豪奢な美貌を持つ英雄が今後、どの様な政治体制を築くのか。
考えるだけでぞくぞくする。
同盟は滅び、帝国は新たな国家として生まれ変わろうとしている。
もうヤンを縛るものは何も無い。

幸せなのだ。ヤンは
ラインハルトの・・・焦がれていた人の傍に居られる幸運に身を浸していた時、足音が聞こえた。

パーティーもそこそこに抜け出してきたのだろう。
もうすぐ扉が開く。
彼だけが出入り出来る扉を開きヤンの元へやってくる。
誰よりも権力を持ちながら清廉な心を持ち続けるヤンの英雄が。


その瞬間が待ちきれず、ヤンは立ち上がり扉を開けて彼を迎え入れるのであった。