「LOST 1」



アッテンボローがその男に近づいたのは悪ふざけの延長だった。
 悪友達と退屈紛れの賭け事。
 散々酒を飲んだ末での他愛無い悪戯。
 それが運命の帰路だとは気が付きもしなかった。


 その晩、ダスティ アッテンボローは友人数人と町に繰り出し酒を飲んでいた。
 彼等は同盟士官学校の1年生。
 本来ならば酒どころか外出禁止なのだが若い彼等にとって規則は破るためにある。
 ましてやアッテンボローは父親に無理矢理丸め込まれ士官学校に入学させられたのだ。
 入ってしまったものは仕方ないが面白くないのも事実。
 アッテンボローは入学早々問題児で、彼の周りに集まるのも優等生とは言いがたい。
 入ってまだ半年なのに彼等は門限破りの常習犯となった。
 今日もこっそり抜け出し夜の街を楽しんでいた。
 先ほどまでナンパした可愛い女の子達も相手をしてくれていた。
 そう悪くは無い晩であった。
 仲間の一人がくだらない事を言い出すまでは。
「ちぇ、ダスティばっかりもててつまらないよな」
 付いてきた女の子達は皆アッテンボローにご執心であった。
 仲間達にはおなざりな癖にアッテンボローの携帯番号を知りたがる。
 女の中でも一番可愛い子と携帯アドレスを交換していたのを仲間が見過ごす訳が無い。
「焼くな焼くな、俺がいい男過ぎるのがいけないんだ」
「なんでダスティばっかりもてるんだよ、不公平だ」
 仲間がぼやくのも無理は無い。
 ダスティ アッテンボローは女にもてる。
 鉄灰色の髪 少々甘めの顔立ちはハンサムの部類に入る。
 学生にしては鍛えられた身体。
 もてる要因は揃っている。
 しかしダスティに人気が集まる一番の原因は彼の持つ雰囲気であった。
 それさえ無ければ完璧な美形なのに鼻の頭にはそばかすが散らばっている。
 まるでやんちゃざかりの子供がそのまま成長したような印象を受ける。
 いたずらっぽく輝く瞳は魅力的だ。
 どこか憎めなく妙に気になる。
 彼ならどんな悪さをしても許してしまう。
 ダスティと付き合ったらとても楽しいだろうという気分にさせられる。
 実際ダスティアッテンボローはその手の苦労を惜しまないタイプであったから彼女達は満足する。
「ダスティはフェロモン出ているんだよ」
 仲間が言うともう一人も同意した。
「そうそう、犬猫と一緒、可愛がってあげたいって思わせるオーラ出ているんだよな」
「年上の女にもてるもんな」
「でも下もひっかかってるぜ」
「女全てに有効なんだよ、ダスティのフェロモンは」
 友人達がそう評するのも無理は無い。
 アッテンボローのナンパ率は100戦連勝。
 小さい頃からやたらともてた。
 小学校では彼を巡って女の子の戦いまであった始末だ。
 顔が良い奴は大勢いる。
 頭の良いのも、立派な身体な奴も五万といる。
 しかしアッテンボローの様に女にもてる奴は見たことが無い。
 それだけでは無い。
 男から見てもなんとなく憎めない。
 まあ彼だから仕方ない、という気分にさせられる。
 ムードメーカーというやつだろう。
 これだけ女にもててもやっかまれないのは彼の持つ独特な雰囲気によるものであった。
「だが許せん、今日の一番人気アニーちゃん、可愛かったのに」
「付き合うのかよ?ダスティ」
 詰め寄る友人にアッテンボローはにやりと笑った。
「さあな、気が合えば付き合うさ」
「そう言ってこの前のソフィやマルガリータともまだ続いているじゃないか」
 アッテンボローは気のいい奴であったが善人では無かった。
 ナンパした女の子と複数お付き合いしている事は有名だ。
「遊んでいられるのは学生時代だけだからな、今のうちに人生を謳歌しているのさ」
 嫌味な一言も彼が言うと鼻につかない。
「全く特な性格してるよ」
「夜道で後ろから刺されるなよ、ダスティ」
 仲間達は笑いながら忠告した。
「おっと、そろそろ帰らないと深夜の点呼が回ってくるぜ」
 脱走犯達は夜遊びを切り上げて宿舎に帰る支度をする。
「そうそう、怖い見張りが俺達の帰りを待っている」
「今日の監視は三年の女子だったよな」
「ってことは士官学校一の美女クリスティーナもいるのか?」
 一気に皆興奮する。
「クリスティーナ嬢だったら俺捕まってもいいや」
「そこから恋が始まるってのもありかもしれないぞ」
「マジかよ、ああ、俺もクリスティーナ先輩に捕まりたい、そしてお仕置きされたい」
 下品な笑い声をあげながら仲間内で盛り上がる。
 それも仕方ない話だ。
 士官学校は基本的に女が少ない。
 いたとしても男勝りの体格を持った強女ばかり。
 そんな中クリスティーナは美貌の才媛としてもてはやされていた。
「なあ賭けないか?誰が愛しの先輩に捕まるかを」
 一人が無謀な提案をしてきた。
「俺だぜ俺、ダスティには負けられない」
「そうそう、いくらダスティがラッキーマンだとしてもこればかりは譲れない」
 悪友達がいうのも無理は無い。
 アッテンボローのもう一つの魅力。
 それは彼の強運にあった。
 ダスティアッテンボローは運がいい。
 仲間達がやっかむほど彼はツキが回ってくるのだ。
 試験で山掛けすれば絶対そこが出る。
 門限破りを見つかったことは一度も無い。
 いいなと思った女の子は向こうから声をかけてくる。
 それだけでは無い。
 食事の時おかずが一品多かったという些細な事から美女とのアバンチュールという重大事まで、彼は全方位運に恵まれていた。
 仲間達はミラクルだと言いダスティは実力だと言って笑う。
 そんなアッテンボローだからこそこの賭けに乗ったのだ。
「まあ俺がクリスティーナ嬢と当たるのは間違いないけどな」
 横柄なその言葉に仲間は調子に乗る。
「ちぇ、それだけじゃダスティの一人勝ちじゃんか、つまらない」
「なら見つけた相手を落とすまで勝ちじゃないってのは?」
「それなら面白いな、誰に見つかるか分からないんだから」
「クリスティーナじゃなくてサマンサに見つかるかもしれないぞ」
「げぇ、あの大女、ゴリラみたいな身体してるじゃないか」
「エピータかもしれないぞ、ガリガリの軍国主義者」
 げらげら笑っている内に宿舎の壁に辿り着いた。
「よし、じゃあ俺が先陣を切る、クリスティーナに見つかることを祈っていてくれ」
「見つからなかったら賭けは無効だよな」
「見つかったらどんな相手でも落としてみせろよ、ダスティ」
 壁をよじ登るアッテンボローを仲間が囃し立てる。
「うるさいな、静かにしろよ、本当に見つかるじゃないか」
「見つかるためにやっているんだろうが」
 騒ぐ仲間達を後に、ダスティは塀の上まで辿り着いた。
 そして眼下を見下ろし・・・
 そのまま硬直してしまった。
 男が一人、こちらを見上げている。
 制服を着ているから士官学校の生徒なのだろう。
 見覚えは無いから上級生に違いない。
 彼は驚いた表情でアッテンボローを見上げている。
「何固まっているんだよ、ダスティ」
「後がつかえているんだ、早くしろ」
 空気の読めない仲間達もよじ登ってきてそのまま凍りついた。
 酒でよどんでいた頭が一気に回転を始める。
 やばい、冗談じゃなく本当に見つかってしまった。
 門限破りがばれれば反省室行きは間違いない。
 100枚のレポートも付いてくる。
 それだけではすまないだろう。
 彼等はしこたま酒を飲んでいた。
 悪くすれば停学、そこまでいかなくても親に連絡が行くのは間違いない。
 真っ青な顔で固まっている4人の悪童。
 男は無言で塀の上を見上げている。
 その時、遠くから声がした。
「どうした?ヤン、何か問題でもあったのか?」
 全員緊張で身体が強張った時、男はのんびりした声で返事をする。
「なんでも無いよ、ラップ、こちらは問題無い」
 それだけ言うと塀に背を向けて去っていった。
 男が見えなくなると塀にしがみついていた4人の悪がきは暗渠のあまり転げ落ちた。
「た、助かったぁ」
「見逃してくれたみたいだな」
「とにかく、ここでのんびりしているとまた見つかるぞ、部屋に戻ろう」
 問題児どもは慌てて自室へと戻っていった。

 翌日、二日酔いのアッテンボローの所へやってきた悪友は開口一番こう言った。
「昨日の賭けはダスティだけ有効だな、がんばって落としてみせろよ」
「何言っているんだ?」
 寝ぼけた顔を顰めるアッテンボローに仲間達はにやにや笑う。
「昨日見つかったじゃないか。まさに運命の出会い、塀の上と下で」
 しばらく沈黙の後、苦虫を潰した様な顔でアッテンボローが声を出した。
「本気か?あれ男じゃないか」
「男だって問題無いぜ、賭けには有効だ」
「昨日の見張りは女だって言っていたじゃないか」
 仲間の一人が頭を掻いた。
「情報が一日ずれていたんだよ、女子の見張りは今晩だった」
「ふざけんなっ」
 不機嫌なアッテンボローを仲間は諌める。
「まあお前のラッキーもここで打ち止めって事だな」
「さすがに男相手じゃダスティのフェロモンも通用しないしな」
「負けを認めるなら賭けは無効にしてやるぜ」
 からかってくる仲間の言葉が感に触る。
「俺が負けるって?冗談じゃない」
「じゃあやるのか?ダスティ」
「いいぜ、但し俺だけが動いてお前等見ているだけってのはつまらないな、俺が勝ったらどうする?」
 仲間達はしばらく考え込んだ後口々に条件を提示した。
「学食チケット一年分」
「後期のノートとさぼりの代返」
「ビンテージのジャケットと腕時計、プレミア物だぜ」
 結構な条件、アッテンボローはにやりと笑う。
「お前等、俺が負けると思っているだろ」
「そりゃあなぁ、いくらダスティでも男相手じゃ無理だろ」
「ましてや先輩なんだぜ、なんかさえない感じだったし」
「まあ見てろって。俺の運が伊達じゃないことを見せてやるよ」
 自信満々なアッテンボローに皆興味を惹かれる。
 こういう目をしているアッテンボローは無敵なのだ。
 こいつなら本当にあの先輩を落とせるかもしれない、
 悪友共は俄然乗り気になった。
「お前の恋が成就するための協力なら惜しまないからな」
「男とくっついてくれれば今までダスティにいっていた女がこっちに回ってくるぜ」
「がんばれよ、がんばってホモになっちまえ」
 囃し立てる仲間を後目にアッテンボローは立ち上がると身支度を整えた。
「どこに行くんだ?ダスティ」
 アッテンボローは制服のジャケットを羽織りながらにやりと笑う。
「もちろん、昨日の先輩にお礼を言ってくるのさ」
 部屋を出て行くアッテンボローを仲間の声が追いかける。
「さすがダスティ、アッテンボロー、行動が早い」
「応援しているからな」
「上手くいったら紹介してくれよ」
 責任の無い野次を無視してアッテンボローは上級生の教室へと急いだ。
 まず事務室で昨日の見張り名を調べだす。
 数名いたが黒髪の男は一人しかいない。
 ヤン ウェンリー
 初めて聞く名前だ。
 と言っても下級生が知る先輩の名などワイドホーンやジャンロベールラップの様な主席連中ばかりなのだが。
 彼は教室にはいなかった。
 図書館か中庭にいると教えられ探しに行く。
 しばらくうろついていたら中庭でかの人を発見した。
 ベンチに寝転がって昼寝を楽しんでいる。
 アッテンボローが近づいても起きる気配は無い。
 顔の上に乗せてあるベレー帽がずりさがっている。
 半分だけ覗く寝顔は平凡な男そのもの。
 相手が寝ているのをいい事にアッテンボローはしげしげと観察した。
 軍人にしてはひ弱な身体。
 下手すると士官学校の女より細い。
 背は170位か?
 中肉中背、収まりの悪い黒髪は少し癖がかっている。
 瞳は閉じられているがきっと髪と同じ色だろう。
 こんなベンチで寝ている事から見て分かる。
 成績も普通、中か中の下。
 優等生とは言いがたいのは制服にアイロンがかかっていないことから推測出来る。
 つまり、先輩として付き合うにはうまみの無い人物だ。
 賭けに乗ったのは失敗だったかな。
 アッテンボローが後悔しかけた時、ヤンが目を覚ました。
 身動ぎしたためベレーが地面に落ちる。
 それを拾ってやるとヤンは恐縮した顔でお礼を言った。
「お礼を言うのはこちらの方です、ヤン先輩」
「君は?」
 ヤンは昨日の門限破りの顔を覚えていなかった、
「ダスティ アッテンボローです、昨晩はありがとうございました」
「ああ、昨日のあれね」
 ヤンは興味ない顔でふわぁっとあくびをした。
「なんで見逃してくれたんですか?」
 アッテンボローは率直な疑問をぶつけてみた。
「面倒くさいから」
 意外な答えが返ってくる。
 普通、門限破りは通報するのが規則だ。
 もちろん通報した後、書類提出など手続きは面倒だがそれだけのメリットはある。
 通報した者は任務を真面目に遂行したということで特権を与えられるのだ。
 教師の覚えも目出度くなるし成績にも反映する。
 だから皆門限破りを見つけるのに躍起になるのだが。
 目の前の男は変わっているタイプらしい。
 アッテンボローは俄に興味が湧いてきた。
「俺、先輩の事気に入っちゃったんですよね、付き合ってもらえませんか」
「どこへ?」
 お約束の返事にアッテンボローは噴出した。
「そういう意味じゃありませんよ、仲良くなってもらえないかなって意味です」
 アッテンボローが言った瞬間、ヤンは顔を顰めた。
「何故?」
「気に入ったって言ったでしょう」
「私は見ての通りさえない奴だよ、付き合っても思白くないと思うけど」
 卑屈というのでは無い。
 事実のみを告げる口調でヤンは断る。
「それは俺が判断しますよ、今のところ先輩の事がすごく知りたい」
「何故?」
「興味があるから」
 意味深な口調でアッテンボローが答えた。
 そしてヤンの手元にある本に視線を向ける。
「自由惑星同盟と銀河帝国の歴史考察・・・ねえ、随分固い本を読んでいるんですね」
 歴史お好きなんですか?と問われヤンは頷く。
「なら今度この手の本お持ちしますよ、実は俺有害図書愛好会の名誉会長もやっているんです」
 有害図書愛好会、それはアッテンボローが発足した秘密の同好会だ。
 ジャーナリスト志望であったアッテンボローは学校もしくは国で閲覧禁止の本を集め貸し出しているのだ。
 と言ってもほとんどがエロ本ビニ本
 発禁の思想書は図書館の片隅にほおりだされてあったのが数冊あるにすぎない。
 しかしそれはヤンの気を惹いたようだ。
「へえ、どんな本?」
「帝国の繁栄と後退、同盟軍内の冤罪事件一覧、フェザーンの経済効果、そんなところですかね」
「十分だ、ぜひ貸してもらえないか?」
「いいですよ、今度持ってきますから」
 アッテンボローはとっておきの笑顔を見せた。
 どんな堅物も落ちると言われる必勝のスマイルを。