「LOST14」

 数日後、
 士官学校中を驚愕が駆け巡った。
 マルコム ワイドホーンが負けた。
 戦略シュミレーションでは士官学校入学から4年間、無敗を誇っていたワイドホーンが落ちこぼれのヤンウェンリーに惨敗したのだ。
 ヤンの取った策は奇策でもなんでも無かった。
 敵の補給路を絶ち己は防御に徹するという正当な戦略であった。
 だがこの策を立てるものは士官学校ではあまり見ない。
 血気盛んな学生は防御ばかりで攻撃をしない地味な戦略を馬鹿にしていたからだ。
 ワイドホーンは怒り激昂した。
「奴は逃げ回っていただけだ。応戦しないでこちらの資材が尽きるのを待っていただけの卑怯者だ 正面から戦えば俺が勝っていた」
 どれだけワイドホーンが憤慨しても結果がヤンの勝利を物語っている。
学生達はヤンの勝利を偶然のラッキーだと評価した。
 しかしこれによりヤンは留年を免れエリートが学ぶ戦略研究科に回される事となった。

 ヤンの勝利はアッテンボローにとって複雑であった。
 勝てっとハッパをかけたのは自分だ。
 だが本当に勝利するとは思わなかった。
 奇妙な感じだった。
 アッテンボローはヤンを自分より下だと位置づけていた。
 成績はもちろん セックスの経験も人間的にも
 二年先輩ではあるが常にアッテンボローはリードし、ヤンはそれに従ってきたのだ。
 二人の力関係は決まっていた。
 見下すというには語弊があるがアッテンボローはヤンを格下と思っていた。
 それが蓋を開けてみると自分が負けたワイドホーンに勝利している。
 シュミレーションの内容はアッテンボローも見た。
 ヤンの取った策は有効だ。
 だがこれといって変わった作戦では無かった。
 負けたのはワイドホーンが無能だからだ。
 自分ならヤンに勝てるだろう。
 そう思うのだがアッテンボローはヤンにシュミレーションの対戦を申し出はしなかった。
 負けるとは思っていないけれど。
 万が一にも負けてこの力関係が崩れるのが嫌だった。
 シュミレーションの事は偶然のおかげだと自分に言い聞かせた。
 戦略研究科に移ってもヤンはこれといった成果は上げなかった。
 平均の成績を維持する。
 しばらく噂は出回っていたが年も超えると皆ヤンがワイドホーンに勝ったことなど忘れてしまった。
 
 
 新しい年になると士官学校は一気に忙しくなる。
 目の前に卒業を控えヤンの周囲もにぎやかになっている。
 卒業後、どこの部隊に配置されるのか。
 どこの星へ任じられるのか。
 と言う話題はもちろんだが一番学生の話題となるのは卒業パーティーであった。
 軍に入ってからの配置先など考えても仕方ない。
 どうせ上の思惑で決まってしまうのだ。
 学生の希望など通る筈も無い。
 一種諦めにも似た感情がある。
 それならば目先の楽しい卒業パーティーの事でも考えようっとばかりに学生は気合を入れた。
 パーティーは解禁とばかりに男女同伴を許される。
 4年間、厳しい禁欲生活を送ってきた若者はここぞとばかりに羽目を外す。
 いかめしい教授陣もこの日ばかりは目を瞑ってくれる。
 学生は憧れの女の子を誘う。
 街の女の子も士官学校のパーティーに誘われるのはステイタスであった。
 テルヌーゼンは小さい街だ。
 士官学校のお祭りは街全体のお祭りでもあった。