「LOST15」

 卒業、という意味を学生達は真剣に捉えていない。
 否、捉えたくないと言った方が正しい。
 前線に送られるかもしれない。
 辺境の地へ行く可能性もある。
 誰もがハイネセンにいられる訳では無い。
 それは友達や恋人、親、親しい者との別れを意味する。
 後方にいるだけでは無い。
 最前線になれば命の保障は無い。
 士官学校出は一兵卒よりも死亡率が低いがそれでも毎年卒業した者から結構な死傷者が出る。
 皆差し迫った現実から目を背けていた。
 自分達がもうすぐ戦争するのだという事実を見まいとしていた。
 後輩も同じだ。
 先輩の卒業は自分達の未来でもある。
 来年は、再来年は自分達も同じように卒業し戦争に赴く。
 その意味を考えたくなかった。
 分かっていても理解したくなかった。
 アッテンボローもそんな一人だ。
 彼は利発な秀才であったが感情はまだ完全な大人では無い。
 ヤンが卒業する事も分かっていたがそれだけなのだと自分を納得させる。
「先輩がテルヌーゼン勤務だったらいいな、別の星だったら会うのが不便でしょうがない」
 情事の後、ベットの中でぶつくさ言うとヤンが苦笑した。
「どこに配置されるかは軍に入らないと分からないよ」
「遠かったら会いに行きますね、先輩も来て下さいよ」
 遠距離恋愛は辛いなぁ、とぼやくアッテンボローにヤンは微笑んだ。
 アッテンボローの言葉は嘘では無かったが真実でも無い。
 今、彼はそう思ってくれるけど自分が卒業したらすぐ忘れるかもしれない。
 アッテンボローが自分だけでなく色々な女性と楽しんでいるのは知っていた。
 知っていたけれど黙っていた。
 嫌われるのが怖かったから。
 今はまだ近くにいるからアッテンボローも自分を大切にしてくれるけれど、離れたら他の女性に気持が移るかもしれない。
 女が放っておかない程この後輩は魅力的なのだから。
 さえない私の事などすぐに忘れてしまうだろう。
「どうしたんですか?先輩、悲しそうな顔をして」
 年下の恋人が抱きしめてくる。
「なんでもないよ、卒業だと思ったらちょっとセンチになっただけだ」
「先輩でもそう思うんですね、可愛い」
 アッテンボローは笑いながら何度もキスを繰り返した。
「そうだ、先輩はパーティーの相手は見つかったんですか?」
 ふいにそう聞かれヤンは困った顔をした。
「私に付き合ってくれる女性なんていないよ」
 卒業生はパートナー同伴が常識だ。
 独り者は壁の隅に追いやられてしまう。
 その姿はあまりにも侘しく、笑い者となってしまう。
 年に数人そういうのが出る。
 大抵オチこぼれの劣等生だ。
 後輩はそれを笑いながら、自分はああなるまいと心に誓う。
 ヤンが壁の花になることは明らかだった。
 笑い者になるであろうことも。
「ならパーティーの日は俺と過ごしませんか?」
 アッテンボローがそう言い出したのは彼なりの気遣いであった。
「つまらないパーティーですよ、さぼってもいいじゃないですか」
 どうせ卒業の答辞はワイドホーンに決まっている。
 アッテンボローもあんな奴の顔は見たくなかった。
「え?でもいいのかい?アッテンボローもパーティーは楽しみにしていたんだろう」
 卒業生だけでなく在学生も優秀な者に限り出席を許可される。
 アッテンボローは二年間主席であったから当然権利がある。
「いいんですよ、それより先輩と二人、一晩を過ごしたいな、何時も門限があって朝まで一緒にいられなかったから」
 夜明けのコーヒーを飲みましょうよ。
 べたな事を言われヤンは真っ赤になった。
「テルヌーゼン一のホテルを予約しておきますからね、約束ですよ」
 アッテンボローの念押しにヤンは嬉しそうに頷いた。