「LOST19」

 パーティーも中盤に差し掛かり酔いつぶれる者が続出する頃、ようやくアッテンボローの頭は動き出した。
 謝らなければいけない。
 酷い事を言って傷つけた。
 今頃先輩は部屋で泣いているだろう。
 あれは嘘だったと言って抱きしめてもう一度やり直そう。
 許してくれるだろうか?
 アッテンボローは生まれてこの方あまり真剣に謝った記憶が無い。
 謝るというのは負けると同義語だと思っていたから滅多に口にしない。
 意地っ張りな悪がきだった。
 口先で相手を上手く言い含める。
 だがどんなに悪戯をしても皆許してくれた。
 親も友達もみんなアッテンボローなら仕方ないと言ってくれた。
 先輩にもそれは通じるはずだ。
 きっと何時ものように笑ってくれるだろう。
 謝るのは抵抗があったがそれよりも先輩に誤解されたままの方が嫌だ。
 決心すると急いで会場を抜け出した。
 同じ敷地内にある宿舎へと向う。
 部屋は知っていた。
 何度も忍び込んだのだから。
「先輩、俺です、アッテンボローです」
 トントンッとノックするが応答が無い、
 ドアを開けてアッテンボローは目を見開いた。
 綺麗に整理された部屋
 私物が全く無い。
 慌ててクローゼットを開けた。
 洋服が一枚もかかっていない。
 タンスの中も、引き出しも開けた。
 何も無い、
「荷造りって・・・早すぎますよ」
 アッテンボローは呻いた。
 確かにヤンは私物が極端に少なかった。
 身一つで士官学校に来て、そのまま私物を増やすことは無かった。
 物への執着が薄いタイプだったのだ。
 動揺はそのまま焦燥へと変わる。
 部屋を飛び出すと事務局へと向った。
「ヤンウェンリーは?先輩を知りませんか」
 局員がのんびりと答える。
「ああ、彼ならさっき宿舎を引き上げましたよ」
「どこへ行くか聞いていませんか」
「配属される任地へ行くと言っていました。彼はせっかちですね」
「その場所は?」
「任地は軍の秘密事項なので教えられません」
 アッテンボローの剣幕に呆れた事務員が答える。
「俺、先輩と連絡を取りたいんです、なんとかなりませんか」
「規則だから教えられません、でも君はヤンウェンリーと仲がいいんでしょう、きっと彼から手紙が来ますよ」
 事務員の言葉を最後まで聞かずアッテンボローは飛び出した。
 ここから街に出るには?
 歩いて?
 では空港へ行くには?
 バスかタクシーか?
 制服のままアッテンボローは街中を探した。
 通りかかる人に聞いて回った。
「黒髪の男を見なかったか」・・・と
 ヤンは目立つ風貌では無かった。
 誰もアッテンボローの問いかけに答えてくれなかった。
 空港へも行ったが事務員は同じように答える。
「搭乗者の名は原則として教えられません」・・・と
 探し回りながらアッテンボローは戦慄していた。
 見つからない。
 このまま別れてしまう。
 一生会えないかもしれない。
 その時気が付いた。
 とても大切な物を無くしてしまった事に。
 取り返しのつかない事をしてしまったことに。
 ぼんやりと滲む視界でアッテンボローは空港に立ち竦んだ。
 謝る相手を無くしてしまった後悔だけが胸をしめつけていた。