「LOST2」
その日の放課後、アッテンボローは早速本を片手に現れた。
「ありがとう、アッテンボロー」
「お礼に夕飯奢ってくださいよ」
「でも、今日は外出日じゃないよ」
「関係ありません、門限までに戻ってくれば大丈夫、俺美味しい店知っているんです」
強引にヤンを連れ出し街でも評判のレストランに入った。
「ここ味がいい割に安いって人気なんですよ」
家庭料理に毛が生えたものであったが学食の味気ない料理とは雲泥の差だ。
始めは戸惑っていたヤンも食事が終わる頃にはすっかりリラックスしていた。
それは食事のせいだけでは無いだろう。
後輩だがアッテンボローは話し易い相手だ。
ジャーナリストの父がいるためか話題は豊富。
ヤンとの会話に合わせるだけでなく面白おかしく政治から学校の噂まで話を振ってくる。
何時の間にかヤンはアッテンボローに惹き込まれていた。
普段なら飲まないワインに口を付けてしまう位に。
二人でワインを1本開けほろ酔い加減になったところで門限の時間が近づいてきた。
レストランを出ると並んで歩く。
帰路に着くまでの短い間、アッテンボローは横目でヤンを観察していた。
今日は思ったよりも面白かった。
さえない先輩だと思ったけれども会話は楽しかった。
(これなら付き合ってもいいかな)
見た目はやぼったいがアッテンボローは気に入った。
会話が良いというのは彼の中で重要な選択基準だ。
ジャーナリスト志望だからどれ程美人でも頭の中身が空っぽの女は願い下げだ。
短い会話の中、ヤンは時々鋭い意見を突いて来た。
会話に興味を持つと外見も良く見えてくる。
横目で伺うヤンは平凡な顔立ちだが悪くない。
普通ということは際立って良い部分も無いが悪いパーツも無いということだ。
キス位してもいいかな
思うと直に実行した。
士官学校の塀の前まできた時、まだ酔っ払っているヤンに顔を寄せた。
触れるだけの戯れのキス。
もし怒られたら冗談だと笑って誤魔化すつもりだった。
酔っ払っているから、言い訳の言葉を用意していたアッテンボローだが顔を離して驚いた。
ヤンは真っ赤な顔で硬直していたのだ。
怒るっというより今何が起こったのか分からないようだ。
唇に手をあてて目を大きく見開いている。
「冗談ですよ、ヤン先輩」
アッテンボローが笑って言うとヤンは困惑した表情を見せた。
「あっああ、そうなんだ、ごめん、私はこういうのに慣れていなくて」
その言葉で分かった。
付き合うどころかヤンはキスもしたことが無いのだ。
ファーストキスが男で悪かったかな、と思うよりも先にアッテンボローは動いていた。
唇を隠すヤンの手を取ると素早くキスをする。
触れるだけだが先ほどよりも長く。
数秒の出来事だった。
離れたときヤンは耳朶まで赤く染まっていた。
「可愛い、先輩」
褒め言葉は自然と出てくる。
「からかわないでくれ、アッテンボロー」
ワインで潤んだ瞳が睨みつけてくる。
それすらも可愛いとアッテンボローは思った。