「LOST21」
6年が過ぎた。
士官学校を主席で卒業したアッテンボローはそれなりに優秀な成績を収め同期の中では出世頭と言われていた。
忙しく目の回るような毎日に士官学校の日々は遠い過去のものとなる。
辛い失恋の記憶も今はもう、心の隅に瘡蓋を残すだけとなった。
アッテンボローは出世を重ね少佐に駆け上がる。
その功績で第6次イゼルローン攻略では駆逐艦エルムIII号の艦長に抜擢された。
作戦表を見てアッテンボローは眠っていた瘡蓋が疼くのを感じた。
彼の名があったから。
第6次イゼルローン攻防戦総司令部作戦参謀にヤンウェンリーの名前が記されている。
何時かこの日が来るかもしれないとは思っていた。
まさかこんなに早く彼と会えるとは
アッテンボローは苦笑すると制服に着替えた。
これから第6次攻略の式典が始まる。
統合作戦本部の会場へ向いながらアッテンボローは頭の中で段取りを考えた。
まず謝ろう。
素直に謝罪するのだ。
そしてこれから友人として良い関係を築きたい。
式場でヤンを見つけ出したアッテンボローは些か緊張しながらその前に立った。
「お久しぶりです、先輩、俺の事覚えていますか」
ヤンは変わらない優しい微笑で答えてくれる。
「もちろん覚えているよ、アッテンボロー、君の活躍も噂で聞いている、少佐なんだってね、おめでとう」
昔と変わらぬ物言いにアッテンボローは暗渠の息を吐いた。
「その、士官学校でのことはすいませんでした。俺ずっと謝りたくて」
「昔の事だよ、謝ることは無い」
ヤンはそれだけ言うと場を離れようとした。
慌ててアッテンボローは話題を探す。
この場所で士官学校時代の話はまずかったか。
何の話題ならいいだろうか。
無難なのはヤンの戦果についてだ。
アッテンボローはここぞとばかりに褒めちぎった。
「先輩は大佐じゃないですか、すごいですよ、エルファシルの話は聞きました。尊敬しています」
「あれは運が良かっただけさ」
「そんな事無いですよ、先輩には才能があったんです、昔戦略シュミレーションでワイドホーンに勝ったじゃないですか」
ヤンは苦笑すると席を立とうとする。
思わずアッテンボローは腕を掴んだ。
「先輩っ今晩暇ですか?一緒に飲みに行きませんか。昔の事とか話したいし」
つい本音が出る。
今ここでヤンと離れたら次何時会えるか分からない。
昔の瘡蓋、と思っていた。
もう忘れたと自分でも納得していた。
でも、ヤンを目の前にして昔の疼きが蘇ってくる。
無様な失恋は傷だけじゃない思いを残したのだ。
ずっと謝りたいと思っていたのは諦め切れなかったからだ。
もう一度会いたい。
やり直したい。
心の奥でずっと思っていた事を自覚する。
自分はまだ先輩が好きなのだ。
「手を離すんだ」
ヤンは静かに命令した。
動かないアッテンボローの手を祓いのける。
そして静かに告げた。
「君が何の思い出話をしたいのか分からないが私から話す事は無いよ」
「俺にはあります、先輩」
言いすがるアッテンボローにヤンは冷たい眼差しを向けた。
「大声を出さないほうがいい、私に絡んだりしたら皆に陰口を叩かれるよ」
エルファシルの英雄に媚を売る奴だ・・・と
酷薄な笑みを浮かべヤンはアッテンボローを見詰める。
「昔の様な付き合いは期待しないことだ。あれは若さゆえの過ちだったからね、同じ間違いは二度と犯さない」
「・・・先輩」
ヤンは微笑みを浮かべながら去っていった。
アッテンボローはその場に立ち竦んだまま動けなかった。
あんな先輩、見たことが無い。
残酷な笑みを浮かべアッテンボローを傷つける言葉を吐く。
その効果が分かっていて酷薄な微笑を向けてくる。
背筋が寒くなるのをアッテンボローは自覚した。
自分が成長したようにヤン先輩も変わったのだ。
昔の、優柔不断で優しいだけだった先輩はもういない。
必要とあれば人を傷つける事を厭わない。
軍が、戦争がヤンを変えたのか。
それとも昔から素質があったのか分からない。
立ち竦みながらアッテンボローは自分の情熱に火が付くのを感じていた。
昔の先輩は好きだった。
だが、今目の前にいたヤンウェンリーにもっと切羽詰ったものを感じる。
好きだと言う言葉では表せない程、彼に魅了され翻弄され、愛を欲してあがくだろう未来。
アッテンボローは動けないまま、自分の渾名を思い出していた。
ラッキーマン、
みんなダスティ アッテンボローは運がいいと言った。
自分でもそう思っていた。
自分の運を信じていた。
確かに今、それを実感する。
自分は最高に運がいい。
士官学校時代にヤンウェンリーを知り合いになれて、彼と共に行動出来る。
何万という兵士が望んでも叶えられない立場に自分はいる。
アッテンボローは自分に言い聞かせた。
なんて俺は運がいい男なんだ。
この幸運を逃さないようにしなければ。
前の様に間違えて壊してしまわないように。
胸の奥に宿った恋心を抑えてアッテンボローは自分に言い聞かせた。
今度こそ失敗しない。
二度と間違えない。
大切な者を傷つけたりしない、と
呪文のように繰り返しながらアッテンボローは呟いた。
好きなんです、先輩、ずっと
これからも・・・きっと