「MAGIC9」



最後の戦い、バーミリオンで同盟は敗れた。
負けると分かっている戦いにヤンは参戦する。
ラインハルトを慢心させないために、
絶対の勝利を覆し彼を窮地に追い込む。
後一息というところで同盟政府から停戦命令が下された。
地球教徒に守られたトリューニヒトが現れたのだ。
このタイミングもヤンが計った事であった。
ヨブトリューニヒトはこの時のために生かしておいたのだ。
ラインハルトを追い詰める。
しかし負けさせるわけにはいかない。
絶体絶命を自分の意思の叶わぬ所で救われた皇帝は二度と
自分の才能に酔いしれたりしないだろう。
一生この訓戒を忘れない筈だ。
ラインハルトフォンローエングラムはルドルフにならない。
そしてルドルフですらなしえなかった大国家を建設するだ
ろう。
帝国はもう問題無い。
後は同盟だけ

残るは同盟内の腐敗を浄化すること。
このままでは同盟は帝国の属領として民主主義国家の意味
を失う。
ヤンが選んだ方策は同盟の解体であった。
そして新たな民主主義国家を作る、
それは帝国に対抗出来る勢力で無くていい。
小さくとも民主主義の理念を持ち、皇帝も存続を認める国
家が必要だ。
これは殊更ヤンが密某をめぐらさなくとも同盟自身が勝手
に動いてくれた。
ヤンを暗殺しようとする政府、
疑心暗鬼に囚われた高等弁務官、
ヤンは沈みかけた同盟という名の沈没船から脱出するとイ
ゼルローンを再奪取した。
ここを拠点として民主主義の萌芽を残す。
ラインハルトに、帝国にそれを認めさせる。
しかしここで己自身がネックとなる。
ヤンウェンリーの影響力が強すぎるのだ。
帝国はヤンがいる限り、どんなに小さくとも民主主義国家
を脅威と見なす。
 イゼルローンもヤンに頼りきり彼こそが民主主義だと誤解
していく。
ヤンは当初の予定通りに事を進める決心をした。
帝国軍がイゼルローンに侵攻してくる。
それを撃退し、勝てずとも負けず幾つかの小競り合いをし
た後和平の申し出があった。
彼はその場を利用する。
 和平の席に着く前に、直前に自分が殺される方法を。


 悲劇の主役となるヤンウェンリー
彼は人々の心に釘を打ち込むだろう。
 皇帝は決して勝てなかった敵に対する畏敬を持ってヤン無
き後脅威でなくなった民主主義国家を容認する。
同盟は指導者を失った事で本来の民主という理念に戻る。 悲劇を起こす役は地球教徒に演じてもらうことにした。
前総大主教の側近で今まで同盟フェザーンを操ってきた
輩を。
そして全ての罪を被り旧地球教は帝国と同盟共通の敵とな
り滅亡するのだ。
彼等に和平の情報を流すとすぐに食らい付いてきた。
 レダUの航路、人員の詳細を密告する。
キュンメル事件やトリューニヒト擁護、フェザーンへの介
入など小さい暗躍を続けてきた旧地球教徒はこの密告に小
躍りした。
ヤンウェンリーを殺せば自分達が実権を握ることが出来る
などと妄想に走る。
旧地球教徒は知らなかった。
そのヤンウェンリーこそが正当な地球総大主教であり全て
の黒幕なのだということを。


 最後の舞台、ヤンは慎重に事を進めた。
疑われぬよう装いながら死への準備をする。
ユリアンは同行させなかった。
当然だ、彼を殺すわけにはいかない。
彼にはこれから働いてもらわなければならないのだから。
 ヤンはこれまで何度もユリアンに言ってきた。
「やりたい事があるのならそちらを選んだ方がいい、自分で決めるんだ、私が軍人だからといってそれに従うことは無いんだよ」
民主主義を背負うのが苦痛なら逃げ出していいんだ。
これは総大主教では無く保護者としての心情であった。
だがユリアンは首を振った。
「僕のやりたい事は決まっています、ヤン提督についていきます」
明るい声でそう言った彼。
「ごめん、ユリアン」
ヤンはそう呟くしかなかった。
もう一人、シェーンコップが頑強に護衛に立候補したが
ヤンはそれを認めなかった。
彼がいては困る、
シェーンコップは強すぎる。
彼がいては暗殺計画が破綻するだろうから。

 ヤンはパトリチェフ、ブルームハルト、そしてスールを同
行させることにした。


重要人物の他にレダUを実際に運行する要員が必要となる。
ヤンはそれらを自分の部下、同盟にいる地球教徒で固めた。
そしてダミーの死体を用意させる。
レダUに乗っている全員分のダミーを


 船出から3日目、
帝国軍を装った旧地球教徒と遭遇した。
ヤン達は混乱に乗じて死体を配置する。
ダミーは精巧に作られていて見破られることは無いだろう。
体格の良く似た死体を探し出し整形手術を施し指紋を変え
てある。
同盟にある自分達のデーターをも改竄した。
この死体のDNAを調べてもデーターにあるDNAと一致
するよう準備は整っている。
冷凍保存してある死体は救援がくるころには解凍し、違和
感なく役を果たすだろう。


ヤンと地球教徒は誰にも咎められることなくレダUから脱
出を果たした。

「総大主教、後始末は終わりました」
 思い出にふけっているうちに片付けは済んでいた。
表情無く告げるオーベルシュタインにヤンは微笑を返す。
「ご苦労様、さあ、それでは私は帰ることにするよ」
「次に、ご指示頂けるのは何時でしょうか」
 冷徹な表情でオーベルシュタインは問う。
「さあ、命令しなくてもいい事を願うよ、ラインハルトとユ
リアンががんばってくれれば私の出番は無いからね」
それはオーベルシュタインが総大主教と再度会える可能性
が無い事を示している。
 瞬間彼の義眼が切なげに揺れた。
 それを見逃さずヤンは自愛の笑みを浮かべる。
「褒美をやろうか?パウル」
 妖しい微笑の意味を正確に理解してオーベルシュタインは
首を振った。
 楽しそうな笑い声がする。
「今ならお前の上司の精液が奥に残っている。それを犯すのも背徳的でいいだろう?」
 偽悪的な笑い。
 一瞬 オーベルシュタインは眩暈にも似た渇望に襲われた。
 この自分にとって唯一の主君は神を信じていない。民主主
義を信じていない。今体を繋げた皇帝を愛していない。
 部下である自分も本当は必要とされていない。
 誰も支配できない、手に入れられない存在。
 偽悪的で打算的で人を駒のように扱い使い捨てる。
だからこそオーベルシュタインは惹かれたのだ。
その魔力の虜となり全てを捨てて彼に仕えてきたのだ。
「私は皇帝とは違います。一緒にしないで頂きたい」
 褒美を受け取れば自分は他の男と同列に成り下がる。
 オーベルシュタインは断腸の思いで褒美を断った。
「強がりを言って、まあそういうところがパウルのいいとこ
ろけどね」
たいして興味が無い口調でヤンは笑うと服を調えた。
「じゃあね、パウル」
それだけ言うと飄々とした足取りで出て行った。


総大主教の屋敷は帝国から帰ってきた当主の話を聞こうと
側近が集まっていた。
「では皇帝の容態は回復されたのですね」
 側近の言葉にヤンは苦笑しながら頷く。
「人騒がせな皇帝だよ、寝込む度に呼び出されては適わな
い」
 年下の側近が神妙な顔で発言する。
「パウルも、総大主教にお会いしたいから騒ぎ立てるのでは
無いですか?」
 言葉には嫉妬と優越が混じっている。
 総大主教を呼び出した事への嫉妬と何時も傍にいられる自
分達の立場の優越感。
「レダUに残してきた彼から連絡はあった?」
「スールですか、疑われることも無く監視を続けております。
今のところユリアン達は理想的な民主主義を歩んでいるよう
です。」
「それは結構、レダUでは君達にもたくさん働いてもらった
ね、ありがとう 礼を言うよ」
「もったいないお言葉です、ヤン閣下」
 二人の地球教徒は恭しく敬礼をした
「それはやめてくれ、パトリチェフ、ブルームハイト、私は
もう君達の上司じゃないんだから」
「そうでしたな、つい癖で」
 二人の地球教徒は笑いながら総大主教にお茶を差し出した。

「どうぞ、グランビジョップ、ブランデーのたっぷり入ったシロン産の紅茶です」