「MAGIC13」

この土地にも反ヤンウェンリーの人間がいるのだな。
 ロイエンタールが皮肉な笑みを浮かべた時、路地の脇から声がした。
「何するんだ、てめえ」
「英雄のポスターを破るだなんて許せないな」
 すごみながら三人のごろつきが出てくる。
 彼等はロイエンタールと同様たまたまそこを通りかかっただけだろう。
 目の前の男に因縁を付ける気なのはみえみえだ。
 男は冷たい微笑を浮かべ振り返った。
「街の美観を損ねるんでね、死人のポスターなど気味悪い」
 ごろつきの顔色が変わる。
「てめえ、エルファシルでミラクルヤンの悪口を言うとどうなるか分かっているんだろうな」
「この星のもんじゃねえな、帝国軍の仲間か?」
 物騒な雰囲気が路地に漂う。
 だが男は動じなかった。
 美しい顔にアルカイックな微笑を浮かべている。
「死人は死人さ、そんなポスターをべたべた街中に貼り付けて見苦しい星だね」
 ごろつきは殺気をみなぎらせる。
 彼等は屑だが愛国心は持ち合わせているようだ。
「そこまで言って唯で済むと思うなよ」
「痛い目を見たいようだな」
 ごろつきの一人がいやらしい笑いを浮かべた。
「その可愛い顔が泣き叫ぶまで痛めつけてやるよ」
「そうそう、エルファシルのルールを教えてやらないとな」
「ヤンウェンリーの事を悪くいったらどうなるか、身体で教えてやるぜ」
 下品な笑いを浮かべる男達の意図は明白だ。
 一人がロイエンタールに視線を向けた。
「そこの優男のにいちゃん、突っ立っていると怪我するぜ」
「とっとと失せろ、俺達はこの子に用があるんだ」
 その言い分は不快だったが目の前の男を助ける義理は無い。
 自分で厄介事を呼び寄せたのだから袋叩きに会おうと犯されようと自業自得だ。
 ロイエンタールはきびすを返し路地から抜けようとした。
 その時、背後から音がした。
「可愛がってやるよってっいてて」
「てめえ、何しやがるっ」
 軽快な人を殴る音
 振り返ると同時に目に入ってきた出来事に驚いた。
 男はごろつきが繰り出すパンチを流れるような仕草で避け相手の急所に手刀を入れる。
 呻き声と共に三人が床に崩れ落ちる。
 それは数秒の出来事であった。
 ロイエンタールは目を見開いて男を観察した。
 素人では無い。
 何か武道を嗜んでいる。
 動きに無駄が無い。
 ロイエンタールは俄然黒髪の男に興味が湧いてきた。
 女の様な生白い顔、美しい漆黒の髪 
華奢な体は鍛えられていない。
 軟弱な雰囲気でありながら三人の男を瞬時に射止めた男。
 何者だ?
 ロイエンタールの視線を感じたのだろう。
 男は振り返り眉を潜めた。
 目と目が合い、逸らせない。
 男がじっと自分の瞳を見詰めているのを感じロイエンタールは苦笑した。
 路地裏で暗いといってもヘテロクロミアくらいは分かる。
 左右違う色の目に驚いているのだろう。
 奇異な者を見るにしては意味深な顔をして男はロイエンタールを見詰めている。
 綺麗な漆黒の瞳。
 ロイエンタールは喉を鳴らした。
「慣れているな。喧嘩に」
 声をかけると素っ気無い返事が返ってくる。
「物騒な世の中だからね。護身術くらい誰でも身につけているよ」
「自己防衛というには過激だな」
「人それぞれの基準さ」
 男は秀麗な笑みを見せた。
 たった今人を殴り倒した人間が見せる笑みでは無い。
 場慣れしている。
 優男だがどこかの店のボディガードなのだろうか?
 軍人には見えない。
 だが素人とも思えない。
 漆黒の闇を身にまとう男には裏の世界が良く似合う気がした。
 しかし、人に使われるタイプとも思えない。
 考え込んでいるロイエンタールの横を男が通り過ぎた。
 その背に声をかけなかったのは防御本能が働いたからかもしれない。
 軍人としての、戦う男の勘がこの男に関わるなと告げていたのだろう。
 妙に気になる男であったがロイエンタールは頭を軽く振ると忘れることにした。
 夜は長い。
 まだ始まったばかりだ。
 精々今晩は魔術師縁の土地で夜遊びを楽しむつもりである。