「MAGIC4」




銀河帝国ローエングラム王朝初代皇帝のラインハルトフォ
ンローエングラムは死の病に付していた。
後に皇帝病と呼ばれるそれは若きカイザーの命を削って
いく。
 発熱し、政務に支障をきたすようになったカイザーはベ
ットの住人となった。
 治療の甲斐なく病状は進む。
皇帝が死んだらどうなるのか?
ここまで来て野望潰えるのか?
 人々は戦慄しながら見守るしかなかった。


 その晩は静かな夜であった。
風も無く静寂が辺りを押し包む。
「静かだな、今晩は」
連日見舞い客が訪れていたが今日は誰も来ない。
軍務尚書のオーベルシュタインが人祓いをしてくれたのだ
ろう。
疲れ切っていたカイザーはほっと一息ついた。
この様に無様な姿を見られるのは嫌だった。
自分は覇者であり倒れることは許されない。
分かっているのに体が動かない。
気力が萎えていく。
生きようとする力が湧いてこない、
原因は分かっていた。
ヤンウェンリー
かの魔術師の訃報を聞いた時からカイザーは生きる目標を
失ったのだ。
強大な敵を自分の足元に平伏させる。その野望を目の前で
奪われた。
失って初めて分かる。
彼を手に入れたかった。
自分の幕僚に加えたかった。
魔術師を切望していた。
執着とも呼べるそれ。彼が死ぬまでカイザーは意味を考え
なかった。
ヴァルハラへ旅立とうとしている今ならば分かる。
ラインハルトは魔術師に惹かれていたのだ。
その知略に、人柄に、全てに心を奪われた。
何時しか彼を手に入れる事が同盟を滅ぼすことであり、宇
宙を手に入れる同義語となっていた。
その彼が死に、あまりの喪失感にカイザーは耐えられなか
った。
「女々しい奴だ、俺は」
ベットの中、自嘲の笑みを浮かべた時、風が吹いた。
部屋の空気が揺れる。
不思議に思いそちらへ視線を向け、カイザーは驚愕した。
「ヤン?ヤンウェンリー?」
 思い人が窓際に立っていたのだ。
「お久しぶりです、閣下」
 ヤンウェンリーははにかんだ笑みを見せる。
 足は・・・あるように見える、
 ちゃんと立っている。
 突然現れたヤンは同盟の制服を着ていなかった。
 白いケーブで全身を覆っている。
 それがこの世の理から外れた者のような非現実感を与え
てくる。
「これは夢か?それとも卿は俺を迎えに来たのか?」
 ヤンと会えるのなら死神でもなんでもかまわない。
 喜色と動揺を表情に浮かべるラインハルトにヤンは静かに
答えた。
「夢です、夢で言葉を伝えにきました」
「・・・ヤン」
「死んではなりません、あなたはこれからやらなければいけ
ないことがたくさんある」
「分かっている、だが情けない事に気力が無い」
「カイザーラインハルト」
 ヤンが近づいてくる。
 それを皇帝は激視した。
「動いている、生きている。夢の中でも卿に会えて俺は幸せ
だ。俺はもう死ぬのか?」
 ヤンはベットの傍らに立つとラインハルトの豪奢な金髪を
抱きしめた。
「死んではいけない。生きて、私の分もがんばってもらわな
いと・・・ラインハルト」
「良い夢だ、卿は暖かい、まるで生きているようだ」
 くすりっと笑い声がした。
「ラインハルトは帝国に、いや全宇宙に必要な人間だ、生き
る気力を取り戻して」
「俺が唯一必要とする人間は死んでしまった」
 ヤン、卿の事だ。
 カイザーは夢の男を抱きしめて嗚咽を漏らした。
「何故だっ何故死んだっ俺を残してどうしていなくなっ
た?」
「ラインハルト、ごめんね」
「ヤンが死んでから全てが無味になった。世界が色を亡くす、
あれだけ輝いていた世界が、宇宙が・・・手に入れたと言う
のに意味を持たなくなった」
 ラインハルトの体は熱い。
 発熱しているのだろう。
「もう横になって、体に障る」
 ベットの横たえようとしたが彼は離れなかった。
自然ベットに引き込まれる形となる。
「俺は情けない奴だ。たかが敵将一人が死んだくらいで女々
しく泣き暮らしている」
 自分を卑下し責めるラインハルトは年相応の青年に見える。
 そう、彼はまだ25歳なのだ。
 なのに帝国に君臨する絶対君主を務めている。
 貴族を淘汰し、ゴールデンバウム王朝を廃し同盟を制圧
し、ローエングラム王朝を築いた。
 この5年間、彼は人生の数倍のスピードで突き進んでき
たのだ。
 脅威の改革を支えたのは強靭な精神力
 気力が萎えた時、今までのつけが一気に押し寄せている。
「泣かないで、ラインハルト」
 ヤンが優しく抱きしめてくる。
 皇帝は泣きじゃくりながら華奢な体を抱きしめた。
 死神でもいい、死人でもいい、夢でもいい。
 もう手放したく無い。
 彼が傍にいてくれるのなら死んでもいい。
 気持が伝わったのか咎める声がする。
「死なないで、ラインハルト」
「分かっている、だが俺は怖い、ヤンの死で感じた虚無感が
俺を支配する。今俺の中には何も無い、野望も、欲望も、希
望も」
「・・・ラインハルト」
 ヤンは痛ましげに皇帝を見詰め、そっとその体を抱きしめ
た。
 二人の体は密着し、熱を伝えてくる。
「喪失感は時が癒してくれる。だから焦らないで」
「時が経てばどうなるというのだ?どれ程待ってもヤンは帰
ってこない」
「今はまだ、ヤンウェンリーに固執しているけれど時が経て
ば大切な人が見つかるよ」
「ヤン以外に見つかる筈が無い」
「それは分からない、ラインハルトだってもう年頃だ、結婚
したい相手もすぐに見つかる」
 もう候補は傍にいる、
 ヒルデガルド フォン マリーンドルフ
 皇帝に似合いの才媛の美少女
「いらないっ欲しくない、俺はヤンさえいればいい」
「駄々を捏ねないで、私はもう死んだのだから」
「だが暖かい、生きている」
「これは夢だから、ラインハルトの夢だからそう感じるだけ
けだよ」
「夢でもいい、俺は・・・俺はヤンが欲しい」
 ラインハルトの体は病の熱と、それ以外で発熱している。
「ラインハルト・・・それはいけない」
「何故だ?これは俺の夢なのだろう、なら俺が何をしても許
される筈だ」
 若き皇帝の目には欲望が滲んでいる。
「ずっとこうしたかった。ヤンを手に入れ、その体に触れた
かった。抱きしめたかった」
 気が付かないうちに恋をしていた。
 始めは自分を邪魔する者への敵意。
 何度も勝てない事が執着を深くする。
 手に入れたいと願う。
 やがて思いは変化した。
 芸術ともいえる戦術を操るヤンに羨望した。
 見事な戦略に憧憬すら抱いた。
 ラインハルトは初めて自分では敵わない存在を自覚した。
 あまりにも強すぎる執着。
 天才ゆえかラインハルトの感情には幅が無い。
 好きか嫌いかそれだけである。
 誰にも向けられた事の無かったラインハルトの執着はヤン
ウェンリー一点へと集中した。
 彼を手に入れたい、全てを、何もかも
 執着は恋愛感情を芽生えさせ、恋心が更に執着を呼ぶ。
「ヤンが好きだ、欲しい、夢の中だけでいい、全てをくれ」
 子供のように我侭を言うラインハルト。
 ヤンは少し呆れた顔をしたが頷くと床にケーブを落とした。