「さよなら同盟2」


5日後
トリューニヒト政権の支持率は90%にまで跳ね上がっていた。
市民は熱狂し、正義の騎士に酔いしれている。
軍部でも帝国への粛清案が提出されていた。
とは言え実際に帝国へ侵攻する訳では無い。
人々のナイトシンドロームを満足させるため、イゼルローンから帝国へ威嚇攻撃をするだけだ。
軍事的には全く無意味で政治的には重要だとトリューニヒト派が考えるその案は受理されようとしていた。
そんな時期、市民にもう一つの熱狂的感心事のニュースが流れた。
「ミラクルヤンがテレビに出演するんだって」
「今日の3時からイゼルローン民間放送でだろ。見逃せないよな」
「今まで一度もテレビ出演した事無いから楽しみだ」
そう、市民にとって正義の騎士以上に興味のあるヤンウェンリーがイゼルローンのニュース番組に生出演するというのだ。
「イゼルローンリアルタイムだろ。録画しないと」
「奇跡のヤンの素顔が生放送されるって話題らしい」
「ヤン提督はいつもサングラスしているから」
「神秘のベールが解かれるって週刊誌が大騒ぎだぞ」
 イゼルローンリアルタイムはごく普通の民放だ。
 適度なニュースをコメンデーター達が議論する、それの他に最近の流行や情報を盛り込んだごく普通の、政治色の一切無い平凡なニュース番組だ。
 ヤンウェンリーの生出演はハイネセンの軍部にも届いた。
軍部は即中止させようとしたが民放であり、事前にこれだけ情報が流れてしまっていては止めることが出来ない。
ハイネセンがイゼルローン軍部に問い合わせると司令官代理が軽い口調で返答してきた。
「イゼルローンの民放には前々からヤン提督独占インタビューを打診されていたんですよ。なにせ提督は同盟のアイドル、あ、失礼ヒーローですからね。個人の趣味とか素顔とか皆知りたがるんです。あまりにもしつこいから一回だけという事で引き受けたんです」
 アッテンボローはにこやかに訪ね返す。
「何かハイネセン本部として支障がありますか?普通にインタビューに答えるだけですよ。バラエティまがいのニュース番組ですからね、ヤン提督の私生活とか女性の好みとか恋愛経験とか、そういう話題が主となるでしょう。まあこれも軍の広告塔であるヤン提督のサービスって事ですかね」
ハイネセンとしては勝手にマスメディアに出演されては困るがそれを命令する訳にもいかない。
マスコミは報道の権利を主張するだろうし、ヤンウェンリーの言動の自由を主張するだろう。
(ヤン本人は主張しなくてもマスコミ陣が追求することは間違いない)
「ではこれはあくまでも一個人のテレビ番組出演という事で軍部に全く関係の無いと理解していいのだな」
ハイネセン軍部が確認を取る。
「一個人の出演としてもヤンウェンリーは同盟軍のイゼルローン要塞司令官、兼、イゼルローン駐留艦隊司令官、兼、同盟軍最高幕僚会議議員である。軍の内部情報を口にしないと明言してもらおう」
アッテンボローは神妙な振りをして敬礼した。
「もちろんであります。ヤン提督は思慮深いお方ですからテレビ番組のインタビュアーの先導で無闇な事を口滑ったりいたしません。そこらの自覚は持っております」
 どうだか・・・今までの諸行を知っている人間なら誰でもそう思うがハイネセンの軍人はそこまでヤンを知らなかった。
「ヤン提督は私的な放送だとしても、民意を盛り上げ軍の発展に?がる発言を期待する」
 こうしてハイネセン軍部はしぶしぶ許可を与えた。
  というより与えずには仕方なかった。
すでに週刊誌や他番組のニュースでヤンウェンリーな間出演は放送されており、そのイゼルローンリアルタイムへの特番まで組まれている有様だ。
他局までもこぞって番組の報道をしている。
ハイネセンとしてはヤンウェンリーにこちらへ来てもらい、政府の目が行き届いた放送局から番組を流そうとしたのだがこれはイゼルローンによって阻止された。
ハイネセンまでの実質的な距離、かかる日数を指摘される。
「その間イゼルローン要塞司令官、兼、イゼルローン駐留艦隊司令官、兼、同盟軍最高幕僚会議議員がイゼルローンを離れる訳にはいきません。たかが一放送のために」
そう言われては反論出来ない。
せめてこちらの監視員が到着するまで放送を延期するように打診したのだが、それも却下された。
「こちらに来るのを待っていたら一ヶ月はかかりますよ。その間に戦闘が起こったらテレビ出演の話なんてふっとんじまいます。我々はそれで構わないですが楽しみにしている同盟の市民さん達が可哀想じゃないですか」
  同盟市民の不満は支持率に直結する。
歯軋りしながらハイネセンは生出演を黙認するしかない。
だが少々なり手は打っておいた。
もしヤンが軍ないし政府に不利な発言をしたら、テロリストに見せかけた工作を員テレビ局に投入する予定となっている。
重要人物であるヤンウェンリーを襲う暴漢の参入を作り上げて生放送を中止させる魂胆だ。


当日
イゼルローンリアルタイムのスタジオは異様な熱気に包まれていた。
幾ら依頼してもすげなくけんもほろろに断られ続けたヤンウェンリーがテレビ出演してくれるのだ。
ディレクターを初めスタッフ一同は興奮のあまり前日眠れなかった。
今まで低迷とまではいかなくとも視聴率が二桁いったことの無い平凡なニュース番組
お茶の間を賑わす軽い話題と俄インテリを喜ばせるニュース内容、それがイゼルローンリアルタイムの売りだ。
深刻な題材を軽く分かりやすく薄っぺらく放送する。
市民にも理解出来るように。
視聴者の大半は学生か主婦層。
だが今回は違う。
ヤンウェンリーの独占インタビュー。
これはイゼルローンだけでなくハイネセンどの放送局でも初めてだ。
ヤン提督のテレビ嫌い、マスコミ嫌いは有名でどのメディアにもインタビューは愚か声明、コメントの一行足りとて掲載されたことが無い。
ディレクターは緊張に手が震えた。
今日の視聴率は50%どころでは無い。
70%、いや80%はいくだろう。
それはほぼ全国民がイゼルローンリアルタイムを見るということだ。
イゼルローンは同盟と帝国の中間点に位置する。
電波の受信は帝国でも可能だ。
ひょっとすると帝国人も見るかもしれない。
いや、きっと見るだろう。
帝国軍を翻弄し続けたヤンウェンリーへの関心は帝国でも高い。
「つまり全宇宙の大半が放送を見るって事だ」
ディレクターは武者震いした。
放送至上、例の無い最高視聴率を獲得出来る。
宇宙中の人々が同じ時間、イゼルローンリアルタイムを見るのだ。
「すごいぞっこれはすごい事だ」
今回の放送はきっと報道史に名を残すこととなる。
ディレクターである自分の名も歴史に刻まれる。
興奮と感動でディレクターは眩暈を起こしそうだった。


インタビュアーには女性が選ばれた。
知性があり美貌で知られるイゼルローンナンバー1のアナウンサーだ。
今年のベストアナウンサー賞を獲得している今一番人気の売れっ子。
豊満な胸とアイドルあがりの可愛い顔立ち、だが見た目を裏切る知性とニュースに対する批評は一目置かれている。
彼女ならヤンウェンリーと並んでも遜色無い。
というより地味な見た目のヤンウェンリーに花を添えてくれるだろう。
それが抜擢された理由であった。
女性インタビュアーは緊張していた。
ミラクルヤン、マジシャンヤン、それは同盟全女性の憧れである。
毎年ハイネセンの女性誌で行なわれる結婚したい男グランプリでも上位を占めていた。
国家主席で独身のトリューニヒトと争っている。
トリューニヒトが積極的にメディアに顔を売るのとは違いヤンはいつもサングラスをして顔を隠している。
それでも人気はトリューニヒトよりも上だ。
一応マスコミ関係者だから内情を彼女は知っていた。
本当はヤンウェンリーがダントツ一位なのだがトリューニヒトの工作により二位もしくはもっと低く下げられているのだ。
やらせなどマスコミでは日常茶飯事なので気にはしないが本当はナンバー1の実力を持つヤンとのインタビューに彼女は興奮する。
「上手にやらないと、下手したら女性視聴者の反感を買うわ」
もし女性的な色気を見せたらアナウンサー生命を絶たれるバッシングに会う。
だからと言って男勝りのインタビューを番組は望んでいない。
わざわざ自分が抜擢されたのはその微妙なバランスを舵取れると評価されたから。
「私なら出来るわ」
口の堅いヤンウェンリーを煽て、市民の望む情報を聞き出してみせる。
性格、好み、思想、一番皆が知りたがっているのは女性関係。
若くして独身の英雄への一番の関心事。
インタビュアーは念入りに髪をセットしながら鏡に向って微笑んだ。
男なら誰でもその気になる無垢な笑顔。
この顔を武器に男の口を割らせてきた。
無知で物知らず、あどけない口調で質問すれば男は何でも答えてくれる。
今回も上手くいくわ。
彼女は女性に反感を持たれないレベルの口紅を引いて千党体制に備えた。

ヤン一行がスタジオに到着したのは放送30分前の事であった。
「さあさあ、お待ちしておりました。ヤン提督」
ディレクターのみならず放送局の幹部がこぞって揉手をしながら握手を求めてくる。
ヤンはサングラスをしたまま嫌々それに答えた。
「あの、お願いがあるのですが、今回の放送でサングラスは取って頂けるのでしょうか」
ディレクターが恐る恐る訪ねる。
「サングラスをしていてはいけませんか?」
ヤンの質問にディレクターは媚びた笑みを浮かべた。
「いけなくはありませんが、視聴者はヤン提督の素顔を見たがっています。出来ればちょっとだけでも外してもらえませんか」
ヤンの眉が潜められるのを見てディレクターは慌てて付け加えた。
「もちろん放送中ちょっとだけでいいんです。最初はしていて、ここぞっという時に外す、うん、それがいいっ効果抜群ですよ」
自分の案に酔いしれているディレクターを放っておいてヤンはステージに上がった。
「今日はよろしくお願いいたします。インタビュアーのミシェル スワンソンです」
放送前、ここぞとばかりに色目を使ってくるインタビュアーに軽く会釈しヤンはソファに座った。
一人かけのソファが二つ、小さいテーブルが一つ。テーブルの上には美しい薔薇とカサブランカが飾られている。
紅茶もセッティングされている。
「ヤン提督は自然体でいてください。それを視聴者は望んでいるのですから」
その方が口を滑らせて美味しい話題を提供してくれる。
前もって打ち合わせをしなかったのはそのためだ。
質問の内容も知らせていない。
突然聞かれれば素のヤンウェンリーを放送することが出来る。
表情も自然が一番だ。
前もって知らされていれば顔が固くなる。
演技が入ってはせっかくの生番組がもったいない。
ディレクターは揉手しながら何度も繰り返した。
「普段のヤン提督、魔術師の日常を皆知りたがっているんです。よろしく頼みますよ」
ヤンは苦笑しながら頷いた。