「さよなら同盟3」


華麗な音楽と共に番組は始まる。
初めから視聴率は71%を獲得していた。
「すごいぞっこれは類を見ない数字だ」
まだヤンは画面に登場していない。
男女のアナウンサーが今日のニュースを読んでいる。
ヤンの出番は3時20分から。
特別番組として1時間延長して枠を取ってある。
1時間30分のロングインタビュー
話題を持たせるのはインタビュアーの腕の見せ所だ。
単調なニュースと気象情報、交通情報の後アナウンサーの声がスタジオに響く
「今日は皆様に素敵なゲストをご用意しております。我等がイゼルローンの最高責任者であり英雄として名高いこの方。名前は言わなくとももうお分かりでしょう。どうぞっミラクルヤンです」
華やかな音楽とスポットライトがセットに集中する。
ソファに腰掛けたヤンにカメラが向けられた。
手を前で軽く組み、えらぶった様子も無く、だがサングラスはかけたまま軍服でヤンは挨拶をした。
「初めまして、ヤンウェンリーです」
インタビュアーは微笑を浮かべながら話を繋げる。
「とは言ってもヤン提督の事は同盟市民なら誰でも知っていますから。初めましてという挨拶はおかしいですわね」
「そうですか?」
ジョークのつもりなのか場が和む。
「私もヤン提督の一ファンですがお会いするのは初めてで緊張していますの、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
軽く握手を交わした。
「早速ですがヤン提督の生い立ち、経歴をこちらにご用意しました。同盟市民の皆様なら誰でもご存知かと思いますが改めて説明させて頂きます」
 セットの後ろに用意されたボードには輝かしい戦歴が記されている。
「最初に頭角を現したのがエルファシル。民間人300万人、一人も怪我人すらださずに見事脱出されたヤン提督の手腕に同盟は最大級の賛辞を送りました。これが788年、21歳の時で中尉から少佐に昇進されました。それから8年後の796年、アスターテ会戦でも功績を挙げ少将に昇進、同じ年に難攻不落と言われたイゼルローンを一人の死者も出さずに陥落させ中将に昇進、同年の帝国領侵攻で大将に昇進、見事な経歴ですわ」
インタビュアーが漏らした感嘆の吐息は演技では無かった。
あらためて表にすると分かる。
  ヤンウェンリーの非凡さが。
「救国軍事会議クーデターでの活躍も素晴らしかったと聞いております。ハイネセンの市民は皆ヤン提督に感謝しておりますのよ」
「それはどうも」
素っ気無く答えるヤンには何の表情も浮かんでいない。
普通これだけ褒められれば少しは喜ぶか奢ったりえばったりするだろうに。
戦歴を披露すれば自分から自慢するだろうと考えていたディレクター陣の思惑は外れた様だ。
「では次にヤン提督の生い立ちをご紹介しましょう、767年生まれで5歳の時生母であるカトリーヌルクレールヤンさんと死別、その後は星間交易船の艦長であったお父様のヤンタイロン氏に引き取られましたが15歳の時事故で死別、お辛かったでしょう」
「まあ、そうですね」
ヤンの口は重い。
「その辛さを乗り越えて同盟士官学校に入学、やはり自分の才能を自覚されて軍学校に入学したのですか?」
「いえ、学費が無料だったので入っただけです」
「・・・・最初は戦史研究科、しかしそこが廃止になったため戦略研究科に移転。この頃から軍才を発揮されていたのですね」
「たまたまです。実際卒業してからしばらくは役立たずで無駄飯食いのヤン、ごくつぶしのヤンというのがあだ名でした」
インタビュアーの顔が引き攣った。
「では・・・この話はここまでにして皆様が知りたがっている提督の日常に話題を移しましょう」
ここぞとばかりに笑顔を向ける。
「提督はマスコミ嫌いで有名ですのね。今まで一度もメディアに出られた事はありません。だからこそ市民は知りたがっております。ヤン提督の人柄を」
「ごく平凡ですよ、私は」
「そうおっしゃらずに。お好きな食べ物は?嫌いな物は何ですか?」
「好きなのは紅茶入りの酒ですね。嫌いなのは政府主催のパーティー料理です」
 温和な口調に隠された辛辣な言葉に一瞬スタジオが静まり返った。
「まっまあ、冗談がお好きですこと」
「私のジョークは笑えないと幕僚は言っていますが」
「他に好きな事、嫌いな事は?」
「昼寝と読書が趣味ですね。嫌いなのは軽薄な情報を流すマスコミのテレビ番組や新聞です」
 インタビュアーの顔が更に引き攣った。
「提督は三流週刊誌などが苦手なのですね。分かります。ああいう雑誌にはよくヤンウェンリーの素顔や特ダネと証した根も葉もないゴシップが掲載されておりますから。でもご安心を、イゼルローンリアルタイムはその様な低俗な番組とは違います」
「そう願います」
 素っ気無い口調を返すヤン。
 たじたじになりながらインタビュアーは質問した。
「それでは、皆の最大の関心事を教えていただけますか、
ヤン提督は30歳で独身、とても魅力的でもてると伺っております。ご結婚のご予定はおありなのでしょうか?」
「ありません」
「お付き合いしている女性は?」
「いません」
「どの様な女性が好みなのですか?」
「考えたこともありません。好みだから好きになるのでは無く好きになった女性が好みになると思っておりますので」
「では、同盟軍の女性なら誰にでもチャンスはあるということですか?」
「そうですね」
 一言答えるとヤンは紅茶に手をつけた。
口に含んだ瞬間、しかめっ面になったのは仕方ないだろう。
テレビ局で出される物とユリアンの紅茶を比べる方が間違っているのだ。
インタビュアーは焦っていた。
話が続かない。
自慢の話術もヤンには通じない。
救いを求めてディレクターに視線を向けると手で合図を送ってきた。
沈黙はまずい。
番組に穴を開けるな。
なんでもいい、
ヤン提督が関心を惹きそうなネタを話せ。
政治ネタでもいい。
本当はやばいからそっち関係は質問しない予定だったがこの際贅沢は言えない。
イゼルローンリアルタイムの視聴者に政治ネタや軍事ネタは重過ぎるが沈黙よりはましだ。
ディレクターの意を汲み取ってインタビュアーは居住まいを正した。
「では、次は少々真剣な話題をさせて頂きます。昨日無慈悲にも帝位を奪われた幼い皇帝が同盟に救いを求めて亡命してきました。まだ子供の皇帝を虐待し追い詰めたローエングラム公についてどうお考えですか」
 ゆっくり紅茶を飲んでいたヤンが顔を上げた。
 サングラスで隠されているがその表情には僅かに嫌悪が浮かんでいる。
素早く読み取ったインタビュアーが言葉を続けた。
「分かりますわ。提督が苛立っていらっしゃるのが。全く恐ろしい話です。正当な皇帝であるエルウィン ヨーゼフ二世はまだ6歳、なのに臣下であるラインハルト フォンローエングラムは子供から帝位を略奪し銀河帝国を手中に収め独裁者を気取っているというのです」
これはインタビュアーのみの見識では無い。
政府からの報道で与えられた一般市民の見識だ。
今度こそヤンは露骨に顔を歪めた。
「ヤン提督はローエングラム公の蛮行をどうお考えですか?」
インタビュアーは慎重に質問を選んだ。
ここで同盟の取るべき政策などを聞くのは危険だ。
政府の放送倫理違反に問われる可能性がある。
民放であったとしても政府に批判的な、不利益な情報を流した場合処罰の対象となる。
政府にとって都合の良い放送倫理だ。
ヤンウェンリーに今の状況を語らせるわけにはいかないが、敵であるローエングラムに対して個人的意見を述べさせるくらいなら問題無いだろう。
そう判断しての問いかけであった。
「民主主義の具現者と呼ばれ同盟の英雄であるヤン提督にとって今回の事件は不愉快でしょう」
 同意を求めるインタビュアーに向ってヤンは頷いた。
「そうですね、大変不愉快です」
 これで話を繋げられる、ほっと一安心したインタビュアーは次の瞬間目を見開いた。
ヤンがゆっくりした動作でサングラスを取ったのだ。
驚きが画面を通じ、視聴者に伝わる。
その時点で視聴率は80%を記録した。
「ヤン提督を大写しにしろっアップだっ」
ディレクターが叫ぶ。
ズームされたカメラはヤンの素顔を映し出す。
それは英雄と呼ぶには線が細く、男性的な勇猛さは無いが整った造作で柔らかな印象の誠実な素顔であった。
大写しにされたカメラに向ってヤンはにっこりと微笑んだ。
見る者を捉える微笑だ。
その笑顔を張り付かせたままヤンはもう一度答えた。
「大変不愉快です。今回の政府が下した判断は」