「さよなら同盟4」


「・・・え?」
驚くインタビュアーに向って再度微笑み言葉を続けた。
「アーレハイネセンは300年以上昔、ルドルフ フォン ゴールデンバウムが築いたゴールデンバウム王朝の圧政から逃れ自由惑星同盟を築きました。ゴールデンバウム王朝の銀河帝国との戦争が始まって200年近くになります」
ヤンは微笑を浮かべたまま静かに語りかける。
「我々の存在はゴールデンバウム王朝率いる銀河帝国へのアンチテーゼして生まれました。その同盟が皇帝を保護するなどというのは茶番ではありませんか?」
「ですが皇帝はまだ6歳ですよ、そんな子供から帝位を略奪するなんて許せません」
ヤンはまるで子供を諭すように反論を封じる。
「確かに皇帝は不幸ですね。しかし不幸の原因はあなた方の言う帝位を奪われたからではありません。政治の道具に利用されているからです」
「道具というのは言い過ぎではありませんか?彼は本来得るべき地位を奪われたのですよ、我々同盟と銀河正統政府はそれを取り戻すために力を貸しているのです」
「まだ6歳の子供ですよ。地位も名誉も権力もそれに付随する責任も理解できないでしょう。そんな子供に皇帝の称号を押し付けるのは非道ではありませんか?」
「ですが彼が本来得るべき地位は」
「その地位とは何を指すのですか?ゴールデンバウム王朝が長年に渡って民衆から不当に搾取してきた税金の事ですか。世襲制によって実力も無いのに贅沢な貴族暮らしをすることですか?年端のいかない子供に権力を押し付け傀儡にする事ですか。皇帝に仕立て上げ、彼から職業を選ぶ権利や自由を奪うことですか?」
「そ、それは・・・」
「ゴールデンバウムの皇帝とは自身の才能によって得た地位では無く世襲によって与えられ他者から簒奪した税金によって成り立っているのですよ」
ヤンは微笑を崩さない。
だがその笑みは先程と印象が異なっていた。
穏やかで温和。
同じ顔なのに印象ががらりと変わる。
穏やかな瞳は確固たる意思を持ち、柔らかな微笑は人を惹き付ける強引なまでの吸引力を秘めている。
「ローエングラム公はゴールデンバウム王朝が築いた貴族社会に対抗する勢力です。一部特権階級による支配から民衆を解放するために生まれた。それは同盟の存在意義と共通するのでは無いのですか?」
「でも、ローエングラム公は独裁者で権力を簒奪して・・・」
「帝国の民衆はローエングラム公を支持しています」
「洗脳されているからでしょう。独裁者として圧政をしいているからでは無いのですか。もし彼が暴君でないのなら民主主義という方法を取るはずです」
インタビュアーは意地に賭けて反論した。
ヤンはそれを鼻先で笑う。
「500年続いたゴールデンバウム王朝を改革するのに一番成功の確率が高い手段を用いたのでしょう。確かに民主主義は我等の信念でしょうが、それを帝国市民に強いるのは傲慢では無いのですか?」
意味が分からずうろたえるインタビュアーにヤンは微笑んだ。
「我等は民主主義の元、教育を受け生活をしています。ですが帝国はそうでは無い。長いゴールデンバウム王朝の圧政により人心は疲弊し、反乱の意思すら失っている」
生徒に対する様に語りかける。
「人間というのはもろい物です。500年続いた王朝は人々から抵抗の気力すら奪い去ってしまった。今帝国に生きている人間の誰一人として民主主義を知らない。生まれた時から階級社会に染まって洗脳されてきた民衆にとって皇帝に逆らうという事は神に逆らうのと同意語なのです」
「人は生まれながらにして権利と自由を保障されています」
「それは我々が民主主義の国家に生まれ教育されたからそう思いこんでいる事です」
一言で両断した。
「帝国の民衆は知らない。逆らうという意味すら知りえない。そんな状態で貴族社会を改革するとしたらどういう方法が有効でしょうか。民衆を啓蒙し反ゴールデンバウム王朝の組織を作る?何年、何十年、いや何百年かかるのでしょうね。500年かけて築き上げてきた王国を崩壊させるのに同じ年月が必要かもしれない」
「とは言っても・・・」
「ローエングラム公は分かっていたのでしょう、だから一番効率の良い手段を用いて貴族社会を排除した。そしてトップである皇帝を同盟に亡命させたのです」
「え?どういう事ですか?」
インタビュアーは瞬きを繰り返した。
「言った通りです。ローエングラム公はわざと皇帝を亡命させた、いやこう言うと語弊がありますね、皇帝が亡命するのを見逃したのです」
爆弾発言にスタジオは凍りつく。
「まさか・・・そんな事が・・・」
「ドラスティックに貴族社会を改革したローエングラム公にとって最後の障害は皇帝でした。しかしまだ6歳の子供、ゴールデンバウムの長き圧政の責任を取らせるにはあまりにも幼すぎる。だが正統な後継者であり排除する訳にもいかない」
ヤンは一息つくと紅茶を飲み干した。
絶妙なタイミングで話は途切れ、皆続きに耳をそばだてる。
「もし皇帝が成人して帝位を継いでいたらローエングラム公は躊躇無く断罪していたでしょう。しかしそれは出来ない。子供だから。帝位を継ぎ民衆をまとめるには幼すぎる。皇帝となり責任を負う意味すら判っていない。廃嫡したら幼い皇帝から地位を奪った簒奪者として情勢を分かっていない愚か者に糾弾される。ではどうしたらいいか?皇帝が亡命したのは今ハイネセンに居る銀河帝国正統政府なる者達の計画によるものでしょう。ローエングラム公はそれをあえて止めなかった。それだけの事です」
厄介払いをしたのですよ、言葉にはしないがヤンの表情がそう語っている。
「温情を示したのですよ。あのまま帝国に居れば幼い皇帝は政治の道具に利用され暗殺されていたでしょう。だから同盟に逃げるのを見逃してあげたのです」
これには些かの脚色が入っている。
だがヤンはあえてそう答えた。
ローエングラム公が喜んで邪魔者を排除したのは分かっているがそれをここで言い募っても意味は無い。
インタビュアーにその真意は伝わらなかった。
「ですが同盟政府が皇帝を受け入れ帝国に対し対戦したらローエングラム公の破滅では無いのですか」
その時ヤンは初めて冷笑を浮かべた。
凍りつくような微笑。
相手を侮蔑する表情なのに何故かとても魅力的で目が離せない。
魅了される。
嘲笑されているのにインタビュアーはヤンから視線を逸らすことが出来なかった。
「ローエングラム公にとって同盟はそれ程脅威ではありませんよ」
過信して奢るな、正義の騎士を気取るな、
その実力も無い癖に。
痛烈な批判であった。
「帝国にとって同盟とは遠い星の一反乱軍にしか過ぎないという事を忘れてはいけません。我等が思うほど帝国は同盟を重要視していない」
「ですが、皇帝が亡命してきて我等がそれに力を貸したら帝国には脅威になるのではありませんか?」
「亡命した皇帝にどの様な力があるのです?艦隊の一つも持たず敵だった同盟に厚顔無恥にも助けを求めてきた亡命者ですよ」
インタビュアーは言葉に詰まった。
「ローエングラム公が亡命を許したのには二つの要因があります。一つはゴールデンバウム王朝の後継者の合理的な排除、そしてもう一つは同盟を試したのです」
「試す?」
「そう、我々はテストされたのですよ。亡命した皇帝をどう扱うかで」