「さよなら同盟4」



「試す?」
「そう、我々はテストされたのですよ。亡命した皇帝をどう扱うかで」
スタジオの誰も言葉を発する事が出来なかった。
魔術にも似た弁説に魅了され翻弄されている。
「もし我々が民主主義に乗っ取り皇帝を対処していたら試験に合格していたでしょう」
「と言うと?」
「皇帝は既に帝国で支配者では無い。民衆を捨てて逃げ出し敵に救いを求めた卑怯者です。帝国の民意は皇帝から離れている。今帝国で皇帝は犯罪者なのです。その犯罪者を匿い神輿に乗せて帝国に戦争を仕掛ける同盟は皇帝の下僕でありようやく訪れようとしている平和を乱す大罪人の集団なのです」
これは帝国からの見方ですよ、ヤンは付け加えた。
「しかし同盟がその犯罪者を返還していたら帝国にとって同盟は交渉すべき対等な相手となる」
「まだ6歳の皇帝を帝国に引き渡すというのですか、そんな酷い事出来る訳無い」
「他国の犯罪者を匿うのですか、まあいいでしょう。では民主主義の原理にのっとり保護する、しかし皇帝としてでは無く一人の亡命者として。今後一切政治活動を起こさない、一同盟市民として受け入れれば良かったのです」
ヤンの口調はあくまでおだやかであった。
「しかし同盟政府は最悪の手段を取りました。皇帝を、我等が敵対するゴールデンバウム王朝の最高責任者を保護し、その権利を守るために帝国に宣戦布告したのです」
「宣戦布告とは物騒ではないですか。唯トリューニヒト元首が声明を発表しただけで」
「帝国はそう取らないでしょうね、我等はゴールデンバウム王朝に敵対した新帝国に唾を吐きかけ愚弄した。その罪は死刑宣告書にサインしたのも同然の愚行です」
大きく息を吐き呟く。
「もし皇帝を返還ないし一市民として扱っていたら同盟は新帝国にとって交渉するに値する価値を持った存在となりました。しかし結果は違う。我等は新帝国が同盟に侵略するきっかけを、口実をまんまと与えてしまったのです」
「帝国が同盟に侵攻などありえませんわ、だって同盟にはイゼルローンがあるじゃないですか」
ヤンは冷笑を深くした。
「イゼルローンなど宇宙にある星屑の一つにしか過ぎませんよ」
「イゼルローン回廊を渡らなければ同盟には侵攻出来ませんわ、それはヤン提督が一番ご存知でしょう」
釈迦に説法、同盟最大の智将にインタビュアーは反論した。
「実はイゼルローンに意味など無いのです。それは固定観念でしかない」
「どういう意味ですか?」
「イゼルローン以外にも帝国軍が同盟に侵攻する手段があるという事ですよ」
恐るべき事実を淡々と告げる。
「フェザーン回廊があるじゃないですか」
「え?でもあそこは自治領で不可侵では?」
「誰がそう決めたのですか?永遠に続くと思われた帝国が崩壊している今、フェザーン回廊に帝国軍が侵攻しないなどという概念は意味を持ちません」
「それはヤン提督の空想でしょう」
「そうですね、全て私の妄想ならそれに越したことはありません」
驚愕の仮説を立てておきながらすぐさま引き下がる。
見事な手腕であった。
意固地にならなかった事で人々は信じてしまう。
ヤン提督の言ったことは事実なのだ。
帝国はフェザーン回廊を通して同盟に侵攻してくる。
一言足りとて事実と言っていない。
確信していると言っていない。
だが視聴者は魔術にかかった。
言葉を濁したことで疑心は確信へと変わる。
「帝国軍の大攻勢に対抗出来るだけの戦力を同盟軍が保持していればいいのですが、あるとお思いですか?」
急に問いかけられインタビュアーは言葉に詰まった。
「救国軍事会議のクーデターは打撃でしたね」
それしか言わなかった。
だが視聴者には伝わる。
今の中枢部で軍は発言権を持っていない。
トリューニヒト政権の独壇場だ。
「我々にはヤン提督がいます、ミラクルヤンがっ魔術師がっ英雄であるあなたには我々を守る義務があります」
ヤンに気押されインタビュアーの本音が出る。
それはインタビュアーだけでは無い。
同盟市民の本音であった。
「私にどうしろと?一艦隊で帝国全軍に勝てると本気でお思いですか?」
「今まであなたはそれをやってきたではありませんか」
「それこそが幻想です」
ここぞとばかりにヤンは微笑んだ。
誰も目を逸らすことが出来ない魔性の笑みで。
「私が勝ったのは運が良かったからに過ぎません、少々のペテンで勝利したからと言ってこれからも続くと過信してはいけない」
「ですがあなたは、不敗の英雄で、名将で・・・」
「一戦場で勝利したからと言って情勢は変わりません。皆騙されていたのですよ」
「どういう事ですか?」
「エルファシルを思い出してください。私は300万の民衆の脱出に成功した英雄?それがなんだと言うのです、本当に議論しなければいけないのはエルファシルでの敗北であり軍務の責任者が民間人を見捨てて逃げたという事実です。しかし政府は非難をかわすため英雄の存在をでっち上げた」
「ヤン提督は見事300万人を救出したではありませんか」
「アスターテは?同盟の大敗北から目を逸らすために英雄を誇張したのです。あの戦闘の被害を、死亡者の膨大さを問題にしないために、イゼルローン攻略もそうです。アスターテの大敗北の尻拭いをするために仕掛けた政治的工作に過ぎない」
「でも成功したのでしょう、政府の方針は正しかったのではありませんか?」
「どこの誰が半個艦隊でイゼルローンを落とせると思いますか?もしそれを確信していたとしたら超能力者か魔術師ですよ」
「魔術師はヤン提督です。成功された」
「それが謝りだったのです。私はイゼルローンを手に入れた事で同盟は和平を結ぶと考えました。和平までにはいかなくとも帝国から侵略してこない限りは一時の平和がもたらされると思っていました。だからイゼルローンをペテンで攻略したのです」
ヤンはため息を付いた。
「読み間違えました。同盟軍はアムリッツァ会戦という愚行を犯した。帝国への大侵攻などという夢物語を実行してしまいました」
苦渋の色がヤンの瞳に浮かぶ。
「私もそれに加担した。帝国が補給戦を分断すると進言したが無視されました」
「敗北すると分かっていて戦ったのですか?」
「そうです」
ヤンの瞳は苦痛で満ちていた。
「何故?ヤン提督があの時止めていれば大敗北は無かったのでしょう、政府を説得していれば良かったのです」
「説得出来なかったのは私の落ち度です」
「説得が無理ならば実権を握ればよかったのではないですかっ」
突っ込みすぎている、そう思ったがインタビュアーは止めることが出来なかった。
「それは私が軍人だからです。シビリアンコントロールの原則に乗っ取り、政府は軍の上位にあり、軍が政策を変えるため武力を行使する事は許されない」
正論であった。
しかし納得がいかない。
ヤンさえ立ち上がってくれればアムリッツァで死ぬ人間はいなかったのだ。
インタビュアーの胸に怒りが湧き起こる。
仕事の範囲を超え、彼女は本気で憤った。
「では何故今更政府を批判するような事を言うのです。軍人ならば軍人らしく政府の意に沿えばいいのでしょう、それがあなたの言う民主的統制なのでしょう」
「そのつもりでした。例え何が起ころうとも私は政治には関わらない。それが私にとっての民主主義でした」
しかし、ヤンは言葉を続けた。
「今回の件は許容範囲を超えています。このままいけば同盟は帝国に侵攻され属領と成り下がるでしょう。ローエングラム公にはそれだけの力があり同盟には対抗する戦力も政治力も無い」
何がいいたいのか分からずインタビュアーはヤンを見詰めた。
「私は今まで政府の命令に従ってきました。だが今回のトリューニヒト元首の声明は同盟にとって壊滅的な打撃を与え、民主主義は宇宙から消滅するでしょう」
予言なのだろうか。
一言一言が重い。
「それを阻止しなければならない。アスターテ、アムリッツァ以上の被害が同盟本土にもたらされる。帝国軍がハイネセンの頭上に現れた時、同盟は崩壊します」
想像を絶する言葉に誰も反論出来ない。
「私が出来ることは一つです。阻止するためにヤンウェンリーが出来る唯一の事、それを言うために今回テレビに出演しました」
ヤンはゆっくりとスタジオを見渡した。
視線の先にはワルター フォン シェーンコップが映る。
相変わらずニヒルな微笑みを浮かべシェーンコップは指差した。
その先には政府の工作員が捕らえられている。
彼等は政治的話題が出ると同時にスタジオに突入しようとした。
しかしそれは阻止される。
見越して待機していたローゼンリッターによって。
所詮工作員といっても薔薇の騎士から見れば素人同然。
呆気なく勝負は付いた。
スタジオに乱入するまでも無く彼等は全員捕獲されていたのだ。
慌てるディレクターや放送局幹部を諌めたのはアッテンボローを中心とするヤンイレギュラーズの幕僚であった。
「放送を止めたら同盟市民の不満でブーイングの嵐ですよ、このまま続ければピュリッツア賞間違いなしの特ダネです。大人しくしていてください」
そう諭されてはマスコミ魂が疼く。
結局イゼルローン放送局はこのまま続行することで同意した。
ヤンは彼等に視線を送り、安心した笑みを浮かべた。
最初に浮かべていた穏やかな作り笑いでは無い。
途中の冷笑でも、真実を語る魔性の微笑みでも無い。
仲間に向ける無垢な笑みが画面に映し出される。
スタジオは、画面の前にいる視聴者は誰もがその笑顔に釘付けとなった。
惹き付けられる。
目を逸らせない。
そしてヤンは告げた。
「私、ヤンウェンリーは帝国に亡命します」