「さよなら同盟6」



人間はあまりにもショックが強すぎると脳が思考を停止する。
それがこの放送を見ていた人々の感想だろう。
今ヤン提督は何を言った?
亡命?誰が?どこに?
どうして?
いち早く立ち直ったのはインタビュアーであった。
仕事に対する責任感からか、ヤン提督に唯一質問できる立場という使命感からか震える声で問いかけた。
「どこへ・・・・亡命を?」
「帝国です」
再度激震が襲う。
「何故ですの?何を考えておいでですの?」
まるで悪戯に成功した猫のようにヤンは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
魅力的な人間らしい表情は人心を捉えて離さない。
「同盟の行き過ぎた軍事活動の根源は私です。政府は自分達が作り上げた英雄というのにその力を過信しすぎました」
ヤンウェンリーさえいれば勝てる。
少量の兵で膨大な敵を倒せる。
「単なる宣伝工作だったのに仕掛けた本人が作った嘘を信じ始めてしまった。現実の戦力差、実力の差を考慮せず英雄などというまやかし物の力をあてにしています」
何が原因か。
ヤンウェンリーが必要以上に期待に答えた事。
「それを覆さない限り同盟政府は、市民は現状を直視しないでしょう」
邪魔なのは誰だ?
ヤンウェンリーだ。
彼がいるから人は夢に溺れる。
正義の騎士などと奢ってしまう。
「私は戦況から見ればイレギュラーな存在です。ヤンウェンリーなどという英雄がいては戦争は終わらない。長引く戦争は同盟にとっても帝国にとっても不利益です」
「だからと言って帝国、敵本土へ行くなんて」
「だからこその帝国なのです」
ヤンは言った。
「私はこの放送で全てを暴露しました。帝国でも傍受されているでしょう。帝国はどう動くか、それが鍵です。現帝国は貴族社会へのクーデターで生まれた。いずれ来るローエングラム王朝は先人と同じ愚は冒さないと信じています」
「どういう意味ですか?」
「我々が帝国に対し和平を提案すればそれを受け入れる余地があるという事です」
ヤンは言葉を続けた。
「ですがそれには障害がある。私です。同盟が戦争へ先走るのも私の責任ならば、帝国が必要以上に警戒するのも私の責任でしょう」
自信過剰とは言えなかった。
ヤンウェンリーの存在はそれだけ大きくなっていたのだ。
「作られた英雄に踊らされているのは同盟だけでは無い。多少帝国も情報操作に影響を受けているでしょう。私がいては和平に差し障りがある」
「でも、帝国に亡命するのは我々に対する裏切りではないのですか」
「そう受け取られて結構です」
ヤンは頷いた。
「多分、私が帝国に亡命すれば戦犯として扱われるでしょう。一亡命者というにはあまりにも帝国にもたらした被害は甚大です。それを無視する訳にはいかない。よくて強制収容所送り、悪くすれば戦犯及び政治犯として処刑されます。私は味方の被害を最小限に食いとどめるよう心がけましたがその分帝国に膨大な死者を、被害を与えました。帝国が同盟侵攻すれば私は戦犯として帝国に引き渡されるでしょう。結果は同じです。しかしそれでは遅すぎる。まだ交渉の余地がある内に手を打たなければなりません」
「囚われる事が分かっていてあえて行くのですか?」
「そうです、それ以外にローエングラム公を納得させる術を見出せません」
静まり返ったスタジオ、ヤンの声だけが響く。
「新帝国には同盟と和平を結ぶだけの度量があります。現に皇帝亡命というチャンスを与えてくれた。それを生かせなかったのはこちらの落ち度です。ではどうすればいい?向こうが皇帝という最重要人物を亡命させたのならこちらはまやかしの英雄、最危険人物とされるヤンウェンリーを亡命させればいいのです」
インタビュアーは付いていけなかった。
質問は子供のように何故?どうして?を繰り返すばかりである。
「ローエングラム公がこちらを試したように今度は同盟から新帝国をテストするのです。彼が本当に平和を望んでいるのか、暴君であるのかを」
ヤンの言葉は真摯だった。
「もちろん皇帝とヤンウェンリーは立場が違います。皇帝はまだ子供なのに因習を押し付けられただけで彼個人には罪は無い。私は違います、自分の意思で、能力で帝国に被害を与えた。帝国は私を返還したりしないでしょう。公平な裁判により処罰する筈です」
その後が問題です。
「ローエングラム公が真の統治者であるならば辺境の果てにある小さな同盟などという国家を得ても何も利益はありません。統治するのに余計な兵力と投資をしなければいけない。つまり無駄なのですよ、帝国にとって同盟という存在は。ローエングラム公はそれを分かっておられる。では何故ゴールデンバウム王朝はこの様な無駄な戦争を200年も続けてきたのか。それは皇帝の権威を見せ付けるためです。たった一人の、個人の権勢を知らしめるために広大な宇宙の果てにわざわざ遠征してきたのです。戦争に意味はありませんでした。あるのは独裁者のエゴだけです」
今まで流されてきた血は、死んだ兵士は注いできた金は無駄だったとヤンは言い切る。
「ローエングラム公が自分の権力に奢る暴君でなく民衆を思う名君であれば即座に戦争を停止するでしょう。帝国を脅かす皇帝はいない。目の上の瘤であったヤンウェンリーを捕らえていれば戦争をする理由は無くなります」
「帝国にとって無意味だったというなら、同盟は何故ずっと戦争を続けていたのですか?」
「政権を維持するためです」
「・・・まさか?」
「戦争というのは便利な道具です。人心をまとめるのには共通の敵を作るのが一番手っ取り早い。市民は疲弊するが軍部は、軍事産業は潤います。それは強力な政治資金となる」
戦争とは政治家の道具に過ぎない。ヤンは言い切った。
「ですが我々は正義を貫き通すために信念を持って帝国と戦ってきたのです」
「その帝国とは今我々が保護しているゴールデンバウム王朝を指すのではありませんか?」
痛烈な皮肉だ。
「信念と言うのなら来るべきローエングラム王朝と戦う意義を教えていただきたい」
辛辣な口調だった。
「みっ民主主義ですわ。我等は皆民主主義の使徒です。君主主義などという制度を認める訳にはいきません」
「何故君主主義がいけないのですか?」
爆弾宣言であった。
民主主義の具現者たるヤンウェンリー本人の口から出た言葉とは思えない。