「さよなら同盟7」


「一人の暴君によって民が圧政に苦しむのを黙って見過ごせません」
「だからローエングラム公は立ち上がったのでしょう」
その通りだ。だが認めたら民主主義の根源が崩れる気がしてインタビュアーは頷けなかった。
「ローエングラム公が暴君にならないという補償はありません」
「来るか分からない不安定要素のために現実を認めないのは愚かです」
「民主主義の理念はどうなるのですか?」
「それは同盟で守ればいい、帝国には帝国のやり方があります」
「間違っているのに?」
ヤンはまじまじとインタビュアーの顔を見詰めた。
「何故民主主義が正義で君主制が悪だと決め付けるのですか?」
「・・・え?」
「今まで帝国を悪だとしてきたのはルドルフが自身を神格化し人民の権利と自由を迫害したから、そして後継者も世襲制で選ばれルドルフの思想を追従してきたからです。君主主義が悪なのではありません。その制度を自己の利益に利用したゴールデンバウム王朝と門閥貴族が悪なのです」
「しかし、たった一人に権力を与えるのは間違っています」
「そうでしょうか、あなた方は皇帝という立場を地位と権力を意のままにする独裁者というイメージでしか捉えていない。だが本来の意味は違います。皇帝というものは、支配者とは全ての帝国臣民に対して責任があり、正当な統治をする義務を負う存在なのですよ」
華麗な暮らしをすることでは無い。
贅沢三昧をする事では無い。
「皇帝と言う響きは良いかもしれませんが言い換えれば最高責任者です。部下に対し、市民に対しての全責任がたった一人の肩に圧し掛かってくる。その重圧たるやすさまじいでしょう」
私なら絶対にごめんこうむりますね。
しらっとヤンはのたまった。
「民主主義は政治の責任者、軍部の責任者、そして民衆からの議会、権力が分散されています。君主主義はそれが一点に集中しているというだけの事」
「それが問題なのではありませんか?」
「本人の自覚と強い精神力が必要となります。かつて民主主義の指導者だったルドルフですら誘惑に負け暴君に成り下がってしまった」
「ローエングラム公ならそうならないと?」
「さあ、私は魔術師で無いので未来は分かりません、ですが彼は優秀な指導者としての素質を持っている。彼が真の名君となるかはこれからの政策によって記されるでしょう」
「暴君になってからでは遅いのでは?だからこそ帝国を民主主義へと啓蒙する必要があるのではないですか?」
「民主主義が最高の政治形態だと信じているとしたらそれは同盟の傲慢です」
 ヤンの瞳に怒りが過ぎった。
「民主主義は個人の自由と権利を認めている。ならば何故他国の思想の自由、権利を認めないのですか?」
「ですが・・・ローエングラム公は国民によって選ばれた指導者ではありません」
「そう、彼は軍事力と政治力を持って帝国を掌握した。しかし帝国臣民はそれを指示している」
「自分達で選んだのでは無いのに?」
「民衆によって選ばれた指導者が正しいとは限りません。
今の同盟のように」
ヤンはため息をついた。
説明するのに疲れたからだ。
「力を持って権力を手に入れる行為が正しいとも思いません。ですが前王朝を倒すのに一番効率的ではあった。ドラスティックな改革は民主主義では中々成し得ない。
だからこそ見定めなければいけません。イレギュラーな方法で手に入れた地位と権力をローエングラム公がどう使うのか。今のところ彼は自己の利益に使用していない。それだけでも前帝国や同盟より指導者としての質が優れていると思いませんか?」
誰も、何も言えない。
反論出来ない。
同盟はヤンを読み間違っていた。
その事にようやく悟る。
ヤンウェンリーは民主主義の信望者で具現者。
間違いだったのだ。
彼はどの思想にも偏っていない。
民主主義を守るために戦っていながら君主制度を容認する。
一体彼は何を信じて戦っていたのか?
何に信念を置いて生きてきたのか。
「ならば、帝国に亡命などと言うのではなく同盟で、この地で改革してください。ヤンウェンリー」
インタビュアーは叫んだ。
全同盟市民を代表して。
「今の政府が愚かだというのならそれを正してください。
民主主義の枠から外れたとしても、武力を持ってしても構わない。あなたなら出来る。あなたにしか出来ない。それがあなたの務め、義務でしょう」
人に責任を押し付ける、それが帝国の君主主義となんら変わりないという事に叫んだ本人は気が付かなかった。
「私には無理です」
「何故?あなたは英雄で魔術師です。同盟を改革する力は十分に持っています」
「私にはそれだけの情熱が無い」
ヤンは苦笑した。
「ローエングラム公ほどの情熱と誠意を私は持っていません。だからこそ君主主義の形態では無く民主主義を支持するのです」
柔らかな、幼子に対する微笑でヤンは答えた。
「私は自分の能力の限界を見切っています。権力を握り全てを掌握しながら自我を抑えて民衆のために自分を捨てる覚悟を持っていない」
私の夢は歴史学者になることなのですよ。
「個人の才覚に酔いしれる事が出来ない。だから民主主義を支持するのです。個人に任せるよりも多数の・・・民衆の意見を尊重する。自分に出来ないから他人にも求めない。一人で決める事が出来ないから多数の、民衆による政治、民主主義に肩入れするのです」
卑怯者、インタビュアーは喉まででかかっていた言葉を飲み込んだ。
そう、ヤンの言っている事は正しい。
英雄などそう簡単に生まれない。
何十年、何百年に一人だから英雄と呼ばれるのだ。
まれに見る、奇跡にも等しい一人のために世界の行く末を委ねるのは危険だ。
ならば民衆により判断すればいい。
それは間違えることもあるだろう。
しかし謝ったからと言って人の責任には出来ない。
皇帝のせいには出来ない。
全て自分達で選択した事なのだから。
「民主主義というのは権力を分散させるだけでは無い。責任も分散させるのです。市民全員が選択の咎を負う。それが民主主義の理念です」
同盟は名こそ違え同じ道を歩もうとしていた。
ヤンウェンリーというカリスマを拝み奉り彼に全責任を負わせようとしていた。
ヤンはその事に気が付いていた。
だから卑怯者とそしられようとも、裏切り者と断罪されようとも亡命という手段を取るのだ。
民主主義が本来の意味を失わないために。
そして放送を通じ国民に問いかけたのだ。
責任を果たせと。
民主主義の根本に立ち返れと。
国の、軍の、帝国のせいにするのでは無く己等の頭で考え行動しろと。
「軍人である私が公の場で政府批判をするのはシビリアンコントロールの原則に反しています。ですからこの放送が始まると同時に責任を取って辞表を提出しました」
一方的ではあるがハイネセンに通信を送ってある。
「政府は許可しないのでは無いですか?そんな勝手な事をして」
インタビュアーは恐る恐る訪ねるとヤンはにっこりと笑って言った。
「それがどうした」