「さよなら同盟9」


「ヤン提督、本当に私達を連れて行ってくださらないのですか?」
イゼルローン艦隊のデッキ
幕僚に詰め寄られヤンは頭を掻いた。
「ミスグリーンヒル、申し訳ないがそれは出来ない」
「俺ならいいでしょう。さっき軍に辞表を提出してきました」
そう言うアッテンボローにヤンは首を振った。
「駄目だ、辞表は上官である私が受理しない」
「提督はもう軍人じゃないくせに」
ポプランとコーネフがつっこみを入れる。
「そうだけどアッテンボローには私が留守の間イゼルローンを守っていてほしいんだ」
「留守?という事は帰る意思はあるんですね」
「当たり前さ、ここ以外帰る場所は無いよ」
その言葉に皆目頭を押さえる。
「小官を護衛で連れて行く気は・・・ありませんね」
残念そうにシェーンコップが呟いた。
華奢な見かけと違ってこの上司は強情だ。
だからこそローゼンリッターは忠誠を誓ったのだ。
「すまないね。気持だけ貰っておくよ」
「まあ帝国がヤン提督に危害を加える事はありえないと分かっているから一人で行かせるんですけど」
ヤンはぺろりと舌を出した。
「言っただろう、私はペテン師だって」
放送でヤンは亡命したら処罰の対象となると言い切った。
最悪死刑になると
だから部下を連れて行かないのだと。
しかし本心は違う。
市民に不安感を与えないためだ。
ヤン艦隊全部が亡命すれば見捨てられたと市民が動揺するからだ。
決して帝国で処罰されるから連れて行かないのでは無い。
「ローエングラム公ともあろう方が戦争責任を個人に押し付ける訳無いよ」
軍の最高責任者は処罰の対象になるだろうが
「シトレ元帥もロボス元帥もアムリッツァの責任を取って辞任しちゃったからね、クブルスキー本部長も辞表出しているし」
となれば当然責任は政府にいくんじゃないかな
しらっと言うヤンを中心に笑いの波が起こる。
「全くあなたと言う方は。帝国だけでなく同盟市民全員にペテンを仕掛けるとは」
「あそこまで言わないと市民は立ち上がらないだろ」
「今ハイネセンはすごい有様らしいです。ヤン提督一人に責任を押し付けたとしてトリューニヒトはつるし上げを食らっているらしいです」
ムライが報告しパトリチョフが後に続く。
「提督は悲劇の英雄だと同盟の全放送で流されています。命をかけて同盟を救おうとする英雄だそうですね」
「・・・政府によって作られた英雄ねえ」
全員の視線がヤンに集まる。
「嘘も方便ってね、私が死ぬってとこまでいかなきゃ同盟は目を覚まさなかったんだからこれでいいんだよ」
終わりよければ全て良しさ。
「ですが本当の課題はこれからです。同盟政府は和平を申し入れるか、帝国はそれを受け入れるか?」
フレデリカの言葉にヤンは暢気な答えを返す。
「大丈夫だろ、生放送であれだけはっきり言い切ってやったんだから、これで戦争でもしたら避難の嵐だよ」
ヤンが放送中に言った事は方法の一つでしかない。
和平という可能性を提示しただけだ。
もしかしたら帝国が侵攻してきてローエングラム公の統治下に入った方が長い目で見て同盟にとって幸せな事かもしれない。
「それに気が付くか気が付かないかは同盟市民次第だね」
ヤンの弁説に酔いしれ、ペテン師の魔術にかかり和平のみしか道は無いと思い込むのであればそれでいい。
他の道、帝国に対しあくまで対戦するのであればそれも民衆の選んだ結果だ。
「ここは民主主義の国だから、市民は楽をせず自分達で考え決断しないといけない」
自分はきっかけを作っただけ。
どうするかは民衆が決めることだ。
「後始末をしないで家出ですか」
「だから私はペテン師と呼ばれるのさ」
頭を掻くヤンにユリアンが近寄った。
「僕は・・・僕も連れて行ってくれないんですね」
「ごめん、ユリアン」
「分かっています、だから、だから絶対帰ってきてくださいね、待っていますから」
涙声でそう言う息子をヤンは抱きしめた。
「帰ってくるさ、ここが私の家なのだから」
ぽんぽんっと肩を叩くとオートマチック、自動操縦にセットされた小型機にヤンは乗り込んだ。
「それじゃあ行ってくるよ。みんな元気で」
手を振るヤンに皆が声をかける
「帝国に無事付くよう祈っています」
「迷子にならないでくださいね」
「お土産期待しています」
苦笑しながらヤンは小型機の中へ入っていった。
その時、彼の目に光る物が見えたのは気のせいだろうか。
提督はペテン師だからな、俺達もペテンにかけようとしている、とポプランは言いながら目元を拭った。
お涙頂戴なんてヤンイレギュラーズらしくありませんなっと言いながらムライ、パトリチョフも目をしばたかせる。
号泣するユリアンの横を通り過ぎたシェーンコップの目尻が赤いのに気が付いたのはアッテンボローだけだった。
全くみんな素直じゃないんだから、呟きながら空を見上げる。
でないと不覚にも涙がこぼれそうだったから。
提督、帰ってきてくださいね、イゼルローンに
我々の家、マイホームに
言葉にはしない思いを乗せてヤンは帝国へと旅立つ。

 

 

 

宇宙暦799年 8月16日
同盟最大の智将ヤンウェンリーは帝国へ亡命した。
全てはここから始まる。