「さよなら同盟第二部1」


「・・・やられた」
同盟からの放送を受信した帝国はそう言うしかなかった。

2時間前
ここは銀河帝国首都オーディン
政治の中枢である新憂無宮の一室にはローエングラム公の重鎮である幕僚が揃っている
「閣下からの緊急の呼び出しとは何だ?」
「叛徒共の動きに変化があったのか?」
勅命による収集という事態に戸惑う幕僚はオーベルシュタインの報告により事情を知った。
「ヤンウェンリーがイゼルローンのテレビ局を通じて生放送をするとの情報が入りました」
「では何か?我々はペテン師のテレビを見るために集まったという訳か?」
最初に怒声を上げたのはロイエンタールであった。
「くだらんな、たかが一軍人にしかすぎん」
ビッテンフェルトやファーレンハイトも同意する。
「その番組というのは政府主催では無いのでしょう。単なる民間の番組でしかない」
メックリンガーの言葉にアイゼナッハが無言で頷いた。
「しかし今までヤンウェンリーがその手の番組に出演したことは唯の一度もありません。これはヤンウェンリーの人となりを見るチャンスではありませんか」
ミュラーの言も一理ある。
「同盟の軽薄なテレビ番組に何の意味があろうか?くだらん」
ケスラーとワーレンが口々に言い席を立とうとした時、キルヒアイスと皇帝が部屋に入ってきた。
一斉に立ち上がり、華麗な敬礼をする配下を見渡しラインハルトは命じた。
「卿らがそう言う事は想像が付く。だからここに呼んだのだ」
その口調は軽い。
「皆でテレビ鑑賞などという年でも無いだろうが個人では絶対に同盟の番組など見ないだろう。予も興味は無い。だが出演はあのヤンウェンリーだ。彼の人柄を知る事は今後の戦略にも役立つのでは無いか?」
「お言葉ではございますがペテン師の人格を知ったところで戦術に影響するとは思えません」
ラインハルトは面白そうにロイエンタールの顔をみやった。
「奴は軍事力や兵力で勝利するのでは無い。頭脳で奇策を用いるのだ。ヤンウェンリーの思考を知ることは有益だと予は考える。どうだ?」
皇帝にそう言われては誰も反論出来ない。
たかが2時間。
敵国の放送を見るだけだ。
そのぐらいの我慢出来なくてどうする。
幕僚は諦めにも似た感情で腰を下ろした。
「まあ卿等の気持も判る。ラグナロック作戦を前にテレビ観戦などに費やしている暇は無いというのが正直な感想だろう。だが今日は気を楽にしてヤンウェンリーなる敵将を見物してもいいのではないか」
完全に愉しんでいる口調だ。
こういう時のラインハルトはとても機嫌がいい。
部下に対する思いやりも持っている。
過労気味の幕僚に対し、何か理由をつけてでも休暇を与えてくださる心配りなのだろう。
確かにこの様な事でも無いと皆休まない。
帝国軍では週に一度休暇を取るよう規則が設けられているが、今の幕僚には当てはまらない。
無理矢理時間を取ることも可能だがそうしないのはラグナロックが近いからだ。
最終目的である同盟制圧、宇宙の統一という偉業を前にして休んでなどいられない。
一種興奮状態がずっと続いていたのだ。
「テレビを見た後、別室に席を設けてある。久しぶりに酒でも飲み寛ぐがいい」
皇帝がここまで寛容なのはラグナロックに絶対の自信を持っているからだ。
もうすぐ手に入る宇宙を思えばこの機嫌の良さも頷ける。
仕掛けは万全であった。
愚かな叛徒と貴族はラインハルトの計画通りに動いている。
後はこちらが宣戦布告をするだけ。
合法的に、何ら恥じることなく自由惑星同盟に侵攻する。
帝国史上最大の遠征となるだろう。
そして歴史上先例の無い、宇宙で初めての統一国家が出来上がるのだ。
武者震いにも似た感動が幕僚達に広がる。
その時、設置された大画面から軽薄な音楽が流れた。
イゼルローンリアルタイム。
叛徒共の浅はかなニュース番組である。
幕僚はしらけた表情を浮かべながらもテレビに目を向けた。