「夜会2」



ワルター フォン シェーンコップがヤンウェンリーと初めて会ったのは796年、
全宇宙を驚愕させるイゼルローン攻略より一ヶ月前の4月であった。
統合作戦本部に呼び出されなんと国家元首直々に命令をされたのだ。
「ヤンウェンリーを護衛しろ」・・・と
最初に抱いたのは疑問だった。
ヤンウェンリーと言えば今をときめくアスターテの英雄だ。
シェーンコップの様な帝国からの亡命者を護衛に付けるのは不審すぎる。
自分で言うのも何だがローゼンリッターは政府から信用されていない。
軍の鼻つまみ者だ。
原因はその構成が帝国亡命者の子息で成り立っているから、そして過去何人もの連隊長が帝国へ逆亡命をしたからだ。
同盟最強の陸戦部隊でありながら不遇の扱いを受けているのは亡命者への差別だと受け止めている。
だから今同盟で最重要人物であるヤンウェンリーの護衛などという大役にシェーンコップは戸惑ったのだ。
「薔薇の騎士連隊への命令では無い。君個人をヤンウェンリーの警備に就任したのだよ」
国家元首、ヨブトリューニヒトは薄っぺらい笑いを浮かべた。
「シェーンコップ大佐。私は君の能力を高く評価しているのだ」
褒められても嬉しくないのは国家元首の本心が透けて見えるからだ。
ヤンウェンリーは英雄だが派閥に属さない変わり者だと聞く。
厄介者の護衛は鼻つまみ者に任せよう、という腹だ。
まあ仕方ない。
アスターテの後、大きな戦争はしばらく無いだろう。
同盟は先の大戦で疲弊しきっている。
ローゼンリッターの出番も今年は無いだろう。
ならば英雄の子守でも引き受けるか、という軽い気持を押し隠しシェーンコップは優雅に敬礼して見せた。
「かしこまりました。ワルター フォン シェーンコップ大佐任務承ります」
「結構、ヤンはかけがえの無い同盟の英雄だ。傷一つ付ける事無いようしっかり護衛を頼むよ」
トリューニヒトは薄ら笑いを浮かべたままシェーンコップに握手を求めた。

護衛の相手、ヤンウェンリーはシェーンコップが驚く程に貧弱な男だった。
とても軍人とは思えない。
華奢な体躯、繊細な造作、顔は東洋系のためか男らしさが微塵も無い。
何時もぼんやりと本を読んでいる。
そうでなかったら昼寝をしている。
政府主催のパーティーにも参加せず、群れをなすマスコミの取材にも応じず淡々と日常をこなしている。
シェーンコップが護衛に付いた事も気にしている様子は無かった。
「君も大変だね」
そう言うと頭を掻きながら小さく笑った。
「よろしく頼むよ、シェーンコップ大佐」
印象の薄い英雄。
ヤンウェンリーの護衛はシェーンコップにとって退屈極まりない物となった。


ヤンウェンリーはヨブトリューニヒトと懇意らしい。
シェーンコップが護衛についてから10日、すでに数回二人は会っている。
トリューニヒトの邸宅にヤンは数度呼び出されていた。
ヤンが酷く憔悴している時を見計らったかの様に電話で呼び出しを受ける。
そもそも何故ヤンが憔悴するのかシェーンコップには疑問だった。
同盟至上類の無い昇進スピードで少将となった彼の前途は揚々としている。
今は大した仕事も無く半分遊んでいる状態だ。
軍など戦争が無ければ無用の産物なのだから。
誰がどう見てもヤンの生活と地位は羨ましいものだ。
なのに彼は時々酷く辛そうな顔をする。
悩んでいるのか鬱になる。
トリューニヒトから連絡が来るのはそんな状態の時だ。
監視カメラでもあるのか、それとも自分以外にも監視がいるのか的確なタイミングで呼び出しを受ける。
彼はそれを嫌々ながらも承諾していた。
だからシェーンコップは二人を旧知の仲だと思っていた。
政府主催のパーティーや統合作戦本部での会合、高級店での接待などでは無く個人的に私宅に呼び出されるという事はそれなりの付き合いなのだろう。
ヤンは悩みをトリューニヒトに相談しているのかもしれない。
二人きりで会うのは英雄の鬱を秘密にしたいから。
シェーンコップはそう解釈していた。
・・・あの晩までは


その日は月も星も見えない夜だった。
何時もの様に英雄を国家元首の邸宅へ送り届け車の中で待機。
退屈な仕事だ。
煙草をふかしながらヤンの帰りを待つ。
大抵二時間か三時間で済む。
戻ってきた時の彼は疲れているが全身に纏う倦怠感が無くなっている事が多い。
きっとトリューニヒトに慰めてもらったからだろう。
「男相手にその表現は変だな」
苦笑し、もう一本煙草に火をつけようとした時、トリューニヒト家の家来が車の窓を叩いた。
「なんだ?」
「申し訳ありません。ヤン少将が寝込んでしまったので車まで運んでもらえないかとトリューニヒト様からの伝言です」
チッと舌打ちをしてシェーンコップは車から降りた。
男を抱きかかえて運ぶなどごめんこうむりたいがこれも任務だ。
仕方なくシェーンコップは指示された部屋へと向った。
「ワルター フォン シェーンコップ大佐、入ります」
ドアをノックして入室した。
そしてそのまま不覚にも立ち竦んでしまった。
「どうした?大佐、ドアを閉めたまえ」
トリューニヒトはブランデーの入ったグラスをくゆらせながら面白そうにシェーンコップを見ている。
紫のガウンを羽織った姿はこの場に不釣合いだ。
否、一番合っているのかもしれない。
ベットにはシェーンコップが護衛をする英雄がいた。
全身に鞭で叩かれた跡が残っている。
両手はまだ縛られたままだ。
シェーンコップは瞬時で全身を観察し息を飲んだ。
ヤンの・・・英雄の後蕾には玩具が入れられていた。
まだブブブッと鈍い音を立てて振動している。
気絶している彼の奥を掻き回している。
醜悪な光景にシェーンコップは目を潜めた。
「なにをしている・大佐、早くヤン少将の身支度を整えたまえ」
トリューニヒトはそう言いながらベットに腰を下ろす。
「どうした?君は百戦錬磨のつわものだと聞いていたが噂でしかなかったのかね」
トリューニヒトの作り笑いがシェーンコップの出方を見詰めている。
「分かりました」
これも任務だ、心を無心にしてシェーンコップは玩具を抜いた。
「ああぁっ」
気絶していても感じるのかヤンの腰が揺れる。
僅かに持ち上がっている男の証を無視してシェーンコップはタオルでヤンの全身を清めた。
数分もかからず服を着させシェーンコップはヤンを抱きかかえる。
「ご苦労だったね、彼はよくプレイの最中に寝てしまって困っていたのだ。これからは君にこの役目を頼むよ」
厚顔無恥にのたまう国家元首にシェーンコップはきつい瞳を向けた。
「何か意見でもあるのかな。大佐」
瞳に宿るシェーンコップの苛立ちにトリューニヒトは笑みを向ける。
「これは・・・ヤン少将も同意の上での行為ですか?」
「もちろんだよ。ヤンには私が必要なんだ」
「では小官が口を挟むことではありません」
「これからも頼むよ」
「一つだけ、何故私にこのスキャンダルを教えたのですか」
男同士など気持ち悪い。
二人だけで乳繰り合っていればいいものを何故自分に知らせたのか。
「君はヤンの護衛だからね、知る権利があるし彼を守る義務がある」
トリューニヒトは薄ら笑いを崩さなかった。
「君をヤンの護衛に命じたのは私の一存だ。私は期待しているのだよ。シェーンコップ大佐。君の活躍に」
嫌な奴だ。
何故ヤンはこんな男と付き合っているのか理解に苦しむ。
シェーンコップは嫌悪を押し隠して敬礼し、部屋を退出した。


家へ戻る車の中、ヤンはようやく目を覚ました。
「ここは?」
「もうすぐ自宅に着きます、それまでお休みになられた方がいい」
ヤンは瞬きをして自分の服を確認して小さく苦笑した。
「すまない、迷惑かけたみたいだね」
その一言は何時もと変わらない。
淡々とした口調には先程の乱交は見る影も無い。
だから、つい疑問が口に出てしまった。
「何故、あの男と付き合っているのですか」
同性愛者の気持は判らないが、それにしてもあれは趣味が悪すぎる。
そういう気持が顔に表れていたのだろう。
ヤンは苦笑を深くした。
「色々しがらみがあるんだ」
「脅されているのですか?」
返答は無かった。
それで確信した。
ヨブトリューニヒトは卑怯にも英雄を脅迫して情欲の対象としているのだ。
怒りが込み上げて拳を握るシェーンコップにヤンは儚く微笑んだ。
「いいんだ。私が我慢すればそれですむ話だから」
そう言ってヤンは俯いた。
「私が悪いんだ、だから仕方無いんだ」
その声があまりにも小さくて、辛そうだったから泣いているのかと思った。
それ以上追求出来ずシェーンコップはヤンを自宅へと送り届けた。
それ以外自分に出来ることは無かった。