「クロプシュトップ事件」


銀河帝国36代皇帝 フリードリヒ4世はこの年63歳
即位して34年を迎えた。
取り立てて名君でもなく暴君でもない
凡庸な灰色の皇帝といわれる由縁である。
だからこそ、貴族が幅を利かし、特に皇帝の縁故にあるブラウンシュバイク候など莫大な権力を持ち私物化していた。



その晩、皇帝の孫でありブラウンシュバイク候の孫でもあるエリザベートの誕生会が行われていた。
ブラウンシュバイク候の主催であるそれは戦時下にありながら中世ヨーロッパの夜会さながらに華美で豪奢に彩られている。
ラインハルトも出席者の一人であった。
本来ならこのような馬鹿げた、しかもブラウンシュバイク候の催しなど出たくは無いラインハルトだが、皇帝が出席するのであれば逃げ出すわけにもいかない。
下手に欠席すれば彼の足元を掬おうとする輩が不敬罪を唱えてくるだろう。
だが目の前で繰り広げられる貴族達の馬鹿話に付き合うきにもなれず、ラインハルトは一人壁にかかった絵画を鑑賞していた。
その時、背後から声がかかる。
「これはこれは華麗なる天才児どの、どこにいるのかと思えばこんな片隅で絵の鑑賞ですかな」
耳障りな声の持ち主はブラウンシュバイク候の甥、フレーゲル男爵であった。
実力も無いくせに叔父の権力をかさにきてラインハルトをライバル視している男だ。
「ま、どれもこれも一流の貴族にふさわしい一流の絵画ばかり、 特にこの肖像画などは落ち目の自分が持っているよりブラウンシュバイク候に持っていていただいた方がふさわしいと頭を下げて謙譲されたほどですから」
ラインハルトは絵を見上げた。
確かに芸術的な価値はあるのだろうが題材が悪すぎる。自分ならルドルフの肖像画などどのような名画であろうとも絶対にもらわないだろう。ましてブラウンシュバイク候に謙譲など考えもつかない。
「 ほう、どなたですか?そういう愚かなことを考えるのは」
「ほれ、あそこに座っているクロプシュトップ侯爵だ」
「クロプシュトップ候?」
ラインハルトが視線を向けるとそこには一人の老人が座っていた
昔、権勢家だったクロプシュトックも没落し、ブラウンシュバイクに絵画を渡さねばこの夜会に参列できなかったのであろう。
「なるほど、勢威あるものの所には名画もあつまると言うことですな」
ラインハルトの言葉にフレーゲルは自慢げにうなずいた。
「「そういう事だな、貴公は天才児などとおだてられ爵位も得て、こうしてこの華麗な夜会にも参列を許されているが、所詮成り上がり者、こうしてルドルフ候の名画を謙譲されるブラウンシュバイク家とは格が違うということだ」
フレーゲルの嫌味にラインハルトはうなずいた。
「そうですな、私は絵画など貰ったことはありませんから」
「天才などと煽てられても下流の出、身の程をしれということだ」
フレーゲルが皮肉気な笑いを浮かべるとラインハルトは静かに胸元に手を当てた。
「確かに私は下流の出、ルドルフ大帝の名画など身に余る、私にはこれで十分です」
言いながらラインハルトは胸元から一枚の写真を取り出す、
「なんだ?それは」
「量産品ですよ、名画などとは違うたんなる生写真です」
ラインハルトはちらりとそれをフレーゲルに見せた。
「そっそれはっ」
フレーゲルの瞳が驚愕に見開かれた。
「同盟のアイドル ヤンウエンリーの生写真ではないか」
「しかもお宝秘蔵ショット、着替え中の生写真、全宇宙で100枚限定のものです」
まあルドルフ大帝の絵画に比べればたいしたことありませんがね、
ラインハルトは見せ付けるかのようにひらひらと写真を振った。
「みっ見せろっ俺だって手に入れようとしたが叶わなかったのに」
そうなのだ。
フレーゲルがブラウンシュバイク候の権力をたてにして手にいれようとしたが、生写真は同盟から闇ルートでフェザーンで限定発売された超レア品
さすがのフレーゲルも手に入れられなかったのである。
「よこせっいや、売ってくれ、いくらでも出す」
「ご冗談を、フレーゲル男爵」
ラインハルトは勝ち誇った笑みを浮かべた。
今やこのレア写真、マニア、コレクターの間では天文学的金額がついていて名画以上の価値があるとも言われているのだ。
「貴公はルドルフ大帝の名画を眺めているがいい、謙譲されたものだけで喜んでいるから生写真は手に入らないのですよ」
ラインハルトはその実力、手腕、コネの全てを使いこの写真を手に入れたのだ。
これこそ実力の差、いや執念の差といっていいだろう。
「つけあがるなよ、小僧」
悔しげににらみつけるフレーゲルに ラインハルトは勝利の高笑いを浮かべた。
「うちに帰ればまだまだありますから、ヤンウエンリーの生写真、写真集、フィギア 関連商品は全てコンプリートしてあります」
「なっなんだと」
「おっと誤解なきよう、これは全て同盟、反乱軍を知るための極秘資料なのです」
フレーゲルは慌ててラインハルトに擦り寄った。
「貴公の言い分はわかった、私もぜひその極秘資料を見たいのだが」
ラインハルトに頼むのは嫌だがそれよりヤンマニア垂涎のお宝が見たい。
なにせフレーゲルはまだ普通の生写真10枚しかコンプリートしていないのだから。
「いやいや、フレーゲル男爵は庶民の楽しみプロマイドよりルドルフ大帝の名画のほうが好みでしょうから」
ラインハルトはそう言い放った。

 



去っていくラインハルトの背後をにらみつけながらフレーゲルは屈辱に身を震わせた。
「俺だってこんなおっさんの名画よりヤンヤンの生写真のほうがいいっ」
心の中で叫ぶフレーゲル
だがそれは貴族である以上言ってはいけない本音であった。
その後、フレーゲルが更にラインハルトを敵視するようになったのは言うまでも無い